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研究の目的

 近年、世代間で利害が対立する問題が日本だけでなく世界各国で続出している。とくに公的制度としての年金や医療・介護は所得の世代間再分配を基本線としており、人口高齢化が進んだり人口が減少したりすると、世代間対立がますます先鋭化しかねない。世代間の衡平基準が定まらないなかで、各国とも場当たり的ともいえる対応に追われており、強大な政治力を有する高齢者に過大な所得再分配が行われ、それによってもたらされる資源配分上の悪影響を心配する声も多い

また雇用については、高齢者人材の有効活用を求める声がきわめて大きい一方、若年失業率が高まっていること、ニート・フリーターなどが増加していること、女性を中心に就業形態の多様化が顕著なことなど、雇用機会の世代間分配問題は日本をはじめとする主要国のいずれにおいても緊急性の高い重大な社会問題の1つとなっている

本研究では世代間衡平性について従来の考え方を整理し、その一般化を図りつつ、異時点間にわたる資源の有効配分原理を体系的・包括的に考察する。そして年金・医療・雇用の3つの問題に着目し、世代間衡平性に関する研究成果をふまえながら、経済学的アプローチによって世代間問題の諸側面を可能なかぎり包括的に明らかにする一方、問題克服のための具体的方法を提言する

分担研究課題別の研究目的等は以下のとおりである

1. 世代間衡平性と異時点間資源配分の効率性

世代間衡平性の概念を中心に据えて異時点間にわたる資源の有効配分原理を体系的・包括的に考察する。第1に、世代間衡平性の概念を倫理学的に研究する。功利主義哲学者H.シジウィックは将来世代の効用を現在世代の効用と比較して割引く考え方を、異なる世代に対する処遇の衡平性の観点から批判した。しかし現代の異時点間資源配分の理論においては、効用流列の割引現在価値の最大化が標準的な目標設定として用いられており、代替的な仮説設定に関する大きな前進は見られていない。この分野で研究分担者の鈴村は伝統的な規範的経済学の帰結主義的な枠組みを超える分析の可能性をすでにかなりの程度まで開拓してきた。本研究では世代間衡平性の考察に焦点を合わせて、上記の拡張された枠組みをさらに開発し、適用を図りたい。第2に、従来の社会的選択理論は主として、ある特定世代内部の利害対立を処理するための理論であった。異時点間における資源配分の論脈におけるその理論展開は漸くその端緒についたばかりである。T.クープマンスの時間選好理論を継承し、異時点間における資源配分の評価方法に関するジレンマを示したP.ダイヤモンドの不可能性定理を解消する方法を発見して積極的な理論の道筋をつけること。それがここにおける基本的課題である。第3に、従来の研究は特定の世代内における資源配分問題に関心を絞って、人々の間で羨望が生じないという意味の衡平性とパレート効率性との両立可能性の問題に専ら関心を寄せてきた。本研究では異なる世代が隣接ないし重複して生存する状況における衡平性の概念を定義する。そして衡平性と効率性のジレンマを異時点間資源配分の論脈で厚生経済学的に考察する。そして以上の3つの研究で得られた知見を総合し、世代間利害対立の処理に資する政策提言をまとめる

2. 年金をめぐる世代間問題

年金制度を長期的に持続可能とするものは加入者の制度加入意欲(incentive compatibility)と法令遵守(compliance)の2つである。とくに若者や企業が年金離れを起こさないようなシステムの設計が必要である。本研究ではそのシステムを具体的に設計する。つぎに公的年金改革においてもバランスシートアプローチが有効であるものの、バランスシートの作成方法については国による違いが大きい。本研究では各国の専門家と意見を交換しながら、その共通化に向けた取組みを開始し、具体的な提言につなげる。さらに雇用の流動化・多様化に適応した年金制度の再構築も日本をはじめ世界各国で焦眉の急となっている。本研究では、日本の現状に鑑みつつ、国外における最近の対応を参考にしながら、パートタイマー・派遣労働者など非正規労働者の年金制度加入問題を可能なかぎり包括的に考察し、問題克服のための具体的処方箋を書く。そのさい完全個人単位化や夫婦間の年金分割そして事業主負担のあり方(保険料賦課の対象となる賃金範囲の見直し)についても検討し、成案を得る。なお年金における世代間問題は人口減少下でいっそう先鋭化するおそれが強い。ただ、人口減少社会については国内外で研究の蓄積がこれまでのところ、あまりない。そこで本研究では、技術進歩や子育て費用のネットワーク効果を考慮しながら、人口減少社会の経済的側面についても理論的に究明する

3. 雇用をめぐる世代間問題

就業機会の創造ならびにその分配について世代間相互作用メカニズムを実証的に明らかにする。そのさい個別の企業内部に注目する場合と、労働市場に注目する場合に分けて分析する。企業内部に注目する場合、企業内部の世代間人口構成がその組織から創出される雇用機会全体に与える影響を、事業所調査統計などを用いて究明する。そこでは雇用創出の基盤として企業内部の生産関数を推計し、生産要素としての高齢世代、中堅世代、若年世代の補完性・代替性の度合いを計測する。労働市場における世代間問題としては、主に団塊世代の引退が若年および中堅世代の採用と人材育成に与える影響に注目する。この問題の理論的背景ならびに実情についての分析は未だ十分ではない。そこで定年延長や年金制度などの制度的変化を考慮しながら、出生年代別コーホート分析による就業動向ならびに将来に関するキャリア構想(以下「希望」と呼ぶ)の世代的特徴を明らかにする。加えて若年間で今、求職活動や開業準備をしている完全失業者や非正規雇用として就業している「フリーター」さらには求職活動を行っていない無業者「ニート(NEET: Not in Education, Employment, or Training)」が増加中である。研究分担者である玄田は、ニート研究について労働経済学ならびに若年雇用問題解明をリードしてきた実績を活かしながら、本研究では人口構成の高齢化が若年就業ならびに無業に及ぼす影響を、政府統計を特別集計することを通じて実証的に明らかにする

4. パネルデータ作成による引退プロセスの研究

個人がいつまで現役世代として働き、いつから引退世代となるかは「世代間問題の経済分析」を考える上で最も根本的な論点の1つである。ただ、日本では引退プロセスの研究が遅れており、その主な理由は健康状態・経済的地位(特に年金受給)・家族関係と就業状態等を同時に十分把握できるデータが欠けていることにある。そこで本研究では、50歳から65歳までを対象にした包括的なパネルデータセットを構築する。上記のデータセットは就業状態・健康状態・経済的地位(特に年金受給や資産)・家族構成等、引退行動に影響する諸変数を含む。このデータセットによって、これまでもっぱら経済的要因に偏っていた引退プロセスの総合的な検証と実証研究に基づく有効な高齢者人材活用策の企画立案が日本で初めて包括的に可能となる。研究期間内に2年おきにパネル調査を3回実施し、同一世帯の追跡を試みながら、世帯固有の特徴を考慮した引退プロセスの包括的分析と政策提言を行う。なお上記の問題を解明するため、アメリカではHRS (Health and Retirement Study)、イギリスではELSA (English Longitudinal Study of Ageing)、大陸ヨーロッパではSHARE (Survey of Health, Ageing and Retirement in Europe) など「世界標準」のパネル調査が同時進行中である。中でもHRSはすでに数百本の論文で利用され、アメリカを中心とする社会保障政策を企画立案するさいの不可欠な実証的裏づけを提供している。しかし日本でこうした「世界標準」の高齢者パネルを構築しようとする試みはこれまでなかった。そこで本研究の中で経済学者・医学者をはじめ学際的な研究者の知見を結集し、日本でも大規模かつ包括的な長期パネル調査を開始する

5. 医療保険制度における世代間問題

第1に、わが国の被用者用医療保険料は老人医療への拠出金(純粋な負担部分)と被用者の医療費にかかわる受益部分から構成されている。そこで企業(事業主)負担分について労働市場の構造を分析しながら、帰着理論を再検討した上で、厳密な実証分析を行う。第2に、高齢者の医療需要の特性を明らかにする。現在、日本の高齢者医療保険制度は高齢者の医療が特殊であることを前提としている。しかし医療の必要性を前提とした場合に高齢者の医療が特殊かどうかは科学的に検証可能である。そこで、すべての年齢について各疾病の罹患率・罹病期間・入院リスク・死亡リスク等を算出し、それに伴う医療費負担を比較する。第3に、生活習慣病と呼ばれる慢性疾患のダイナミックなリスク特性を大規模なパネルデータを利用しながら明らかにする(これまでデータの制約から、こうした分析は存在しなかった)。そして現在の各保険者間に慢性疾患のリスクがどのように配分されているかを究明する。その上で保険者間のリスク調整についても単純な罹病率の調整で十分かどうか、経時的な特性に基づいた調整が必要かどうか、などを検討する。上記の研究は、いずれもわが国における医療経済学研究の空白地域となっており、誰かがそれを埋める必要がある
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