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研究の必要性

 本研究は研究代表者・高山憲之の過去30年間にわたる分配問題研究の成果を踏まえて構想されたものである。高山は当初、人的な所得・資産の分配問題と貧困問題に関心を有し、貧困計測用の新指標(後にノーベル経済学賞を受賞することになったA.センの貧困指標を単純化し、理解を容易にした新指標)を提案して学術研究の国際舞台にデビューした(その新指標は貧困計測の仕方を論じるさいに引用されるのが常となり、学会の共有財産となっている。後述の引用文献欄のSen (1979a, 1979b, 1981), Clark-Hemming-Ulph (1981), Kakwani (1981, 1993), Chakravarty (1983), Kundu-Smith (1983), Foster-Greer-Thorbecke (1984), Hagemaars-van Praag (1985), Foster- Shorrocks (1988), など参照)

その後もマイクロデータを駆使し、主として高齢者世帯の経済的側面を究明する研究を進めた。そして従来の通年であった「高齢者かわいそう論」が1980年代以降、日本では総じて根拠薄弱となっていること等を示した(この事実を引用した論文として、例えばDeckle (1990, 2000), Cambell (1993), Ito (1996), Horioka (2002) などがある。後述「引用文献」欄、参照。

そうした研究を推進する中で「世代間の分配問題」にも次第に関心を寄せるようになり、人口高齢化下の年金問題を中心に考察しはじめた。そして、その研究成果を逐次、研究書や学術論文にとりまとめ、発表してきた (それらの研究成果を引用した論文として、例えばThompson (1983), Schmahl (1997), Bosworth-Burtless (1998), Liu (2000), Farugee-Muhleisen (2003), Oshio (2005) などがある。後述「引用文献」欄、参照)。

平成12年度からは5年間にわたり特定領域研究「世代間利害調整」プロジェクト(略称PIE)を領域代表者としてリードした。そのプロジェクトの事後評価はA+(期待以上の研究の進展があった)であり、最も高い評価となった。国外においてもPIEは徐々にその存在感を増しており、世代間問題に関する世界的な研究情報発信拠点として注目と期待を集めつつある(例えば後述「(7)文献」欄のHolzmann-Hinz (2005) を見よ)。このような期待には誰かが何らかの形で応えていく必要がある。なお高山論文のSSCI(Social Science Citation Index)における被引用回数は2005年10月時点で94回、またGoogle Scholarでの被引用回数は193回となっている

分配をめぐる対立軸は、かつては地主と小作人、商人と製造業者、資本家と労働者、市場経済国と社会主義経済国、経済先進国と発展途上国、男性と女性、などにあった。しかし今日、その主要な対立軸は地球温暖化や年金・医療・雇用などの問題にみられるように世代間にあると確信している。ただ、そのような研究の社会的重要性や緊急性はきわめて高いのにもかかわらず、総じて研究の蓄積状況は今のところ質・量ともに十分とはいえない。問題の設定そのものが比較的新しいことにその理由があり、世代間問題の研究を継続することの高い必要性はまさにこの点にある

世代間問題という新しい切り口から年金問題を分析すること(本研究では高山が担当する)は今や世界の常識となりつつある。ただ、その問題を克服するための手法は未だ開発途上にある。したがって、その問題克服方法の具体的提示は単に学術上の多大な貢献となるだけでなく、地球的規模で社会的緊急性をもつ懸案を解決することにつながるだろう

本研究において鈴村興太郎が分担する「世代間衡平性と異時点間資源配分の効率性に関する倫理学的・厚生経済学的研究」への関心も現在、非常に高まっている。その背景には、地球温暖化問題を巡る国家間・世代間対立の高まりや隣接(ないし重複)世代間の年金と社会保障制度を巡る負担の衡平性など、様々な重大問題が原理的な分析と有効な政策的選択肢を求めているという事実がある。このような事実をふまえて、鈴村はInternational Economic Association Roundtable Meeting on Intergenerational Equityを平成17年3月に主催した。この国際会議には上記の問題に関心と先端的業績を持つ世界の一流研究者が結集し、重要な研究論文を数多く発表した。その成果は来年春の公刊(IEA Conference Volume, Palgrave)を待っている

鈴村が分担する研究は平成12年度からの5年間にわたる特定領域研究「世代間利害調整」と過去30年間にわたる鈴村の厚生経済学と社会的選択理論の研究を踏まえて構想されたものである。すでに上記の「研究目的」欄で述べた3つのサブ・プロジェクトを並行的に推進し様々な知見を総合することによって、世代間衡平性の問題について高度な学術的成果を踏まえた政策提言の基礎を作ろうとしており、その点が類例を見ない独創的な研究となっている。成果への期待は既に高く、本研究の推進過程で確立される国際的研究ネットワークの水準とカバレッジの広範性は将来における国際的共同研究の基礎としても高い期待を担っている。なお特定領域研究「世代間利害調整」とIEA Roundtable Meeting on Intergenerational Equity によって培われた国際ネットワークをタイムリーに活用したいという緊急性も本研究にはある

玄田有史は若年就業問題について、これまでの雇用創出・喪失研究などを踏まえ、労働経済学の立場から初めて本格的な問題提起と政策提言を行ってきた。そこでの指摘の一部は、すでに若者自立・挑戦プランなど若年支援策として応用されている
今後、低成長による限られた雇用機会に対する世代間分配のあり方が、ますます重要な社会的課題となる。その中で雇用に関する世代間問題についての理解進展が従来以上に必要となる。本研究では、中堅・高齢世代の就業に関する経験やノウハウを若年就業支援に活かすための方策およびキャリア形成プログラムの2つを具体的に提示することで、世代を超えた就業機会が創造される可能性があるという理論仮説に基づき、雇用に関する世代対立を世代協調に転換するアイディアを提示する。それは学術上、多大な意義と価値をもつと確信している

高齢者人材の有効活用問題を共有する先進国では米国のHRSが1992年から、英国のELSAが2002年から、大陸欧州のSHAREも2004年から11カ国でそれぞれ実施されている。中でも先駆的なHRSはミシガン大学が中心となり、約2万人のサンプルに対して1回あたり数億円、1人当たり数百ドルを投入する調査である。一方、日本では就業・健康・経済・家族・社会的サポートなどを調査項目に含み科学的な分析に十分耐えうるようなパネルデータは、現在ほとんどない。高齢化最先進国の日本でこうしたパネルデータがないことに疑問を持つ研究者は世界に少なくない。本研究においては清水谷諭が上述のようなパネル調査を実施する。その必要性は、きわめて大きい

現在、わが国における医療政策の最大課題は、高齢化に伴う老人医療費の増高にいかに対処するかにある。ただ、現在のような年齢を切り口とした高齢者医療制度は、単に現役世代に経済的に過大な負担を強いるだけではなく、医学倫理的にも合理性を見いだせない。ちなみに全く同じ重症度の糖尿病患者について60歳であれば3割の自己負担を、70歳であれば2割、75歳であれば1割の自己負担を日本政府は求めようとしている。それは水平的公平性の基準に反する。また現実に糖尿病を患っている60歳の患者には3割の自己負担を強いるのに、健康な75歳の高齢者には1割の自己負担しか求めていない。これは、垂直的公平性に悖る

一生を通じていかに生活習慣病を予防し良好な健康管理を続けるインセンティブを生み出すことができるのか。それが医療システムにとっては今後、重要なポイントとなる。生活習慣病の発生は多くの場合、中年期である。したがって高齢者だけを対象とした保険制度は、生涯を通じて予防や良好な健康管理を維持するインセンティブと両立しないおそれが強い。若年・壮年期だけの保険制度についても同様である。しかし、こうした生涯を通じた健康・疾病管理に関する本格的な学術研究は、わが国はもちろん国際的にも未だ始まっていない

また被用者保険の医療保険料に関する世代間の負担を分析するさいに、その半分を占める企業負担分について、経済学者の多くは「法律的な債務の配分は経済学的な債務の帰着には影響を及ぼさない」という経済学の命題に従って、企業負担を従業員負担と区別すべきではないと考えている。これに対して、厚生労働省は「企業負担分は企業が負担する」という立場にあり、両者は公然と対立している。この対立を克服する必要もある

上述のような論点に着目しながら、本研究において小椋正立が医療保険における世代間問題を分析することの必要性はきわめて高く、その研究成果がもたらす学術上の意義も測りしれないほど大きい

本研究では、上記の特定領域研究「世代間利害調整」プロジェクトのうち国際的に既に高い評価を得ていると思われる個別分野のみを研究対象とした

引用文献

Sen, A., “Issues in the Measurement of Poverty,” Scandinavian Journal of Economics, 81(2), 1979a, pp.285-307

Sen, A., “The Welfare Basis of Real Income Comparisons: A Survey,” Journal of Economic Literature, 17(1), 1979b, pp.1-45

Clark, S., Hemming, R. and Ulph, D., “On the Indexes for Measurement of Poverty,” Economic Journal, 91(362), 1981, pp.515-526

Sen, A., “Ingredients of Famine Analysis,” Quarterly Journal of Economics, 96(3), 1981, pp.433-464

Kakwani, N., “Note on a New Measure of Poverty,” Econometrica, 49(2), 1981, pp.525-526

Chakravarty, S.R., “Ethically Flexible Measures of Poverty,” Canadian Journal of Economics, 16(1), 1983, pp.74-85

Kundu, A. and Smith, T.E., “An Impossibility Theorem on Poverty Indexes,” International Economic Review, 24(2), 1983, pp.423-434

Foster, J., Greer, J. and Thorbecke, E., “A Class of Decomposable Poverty Measures,” Econometrica, 52(3), 1984, pp.761-766

Thompson, L.J., “The Social Security Reform Debate,” Journal of Economic Literature, 21(4), 1983, pp.1425-1467

Hagemaars, A. and van Praag, B., “A Synthesis of Poverty Line Definitions,” Review of Income and Wealth, 1985, 31(2), pp.139-154

Foster, J.E. and Shorrocks, A.F., “Poverty Orderings and Welfare Dominance,” Social Choice and Welare, 5(2/3), 1988, pp.179-198

Dekle, R., “Do the Japanese Elderly Reduce Their Total Wealth?” Journal of the Japanese and International Economics, 4(3), 1990, pp.309-317

Kakwani, N., “Statistical Inference in the Measurement of Poverty,” Review of Economics and Statistics, 75(4), 1993, pp.632-639

Cambell, J.C., “The Greying of Japan,” Journal of Japanese Studies, 19(1), 1993, pp.204-208

Ito, T., “Japan and the Asian Economies,” Brookings Papers on Economic Activity, No.2, 1996, pp.205-272

Schmahl, W., “Old-age Security,” Jahrbucher fur Nationalokonomie und Statistik, 216(4/5), 1997, pp.413-435

Bosworth, B. and Burtless, G., Aging Societies: The Global Dimension, Brookings Institution, 1998

Dekle, R., “The Morning After in Japan,” Journal of Economic Literature, 38(2), 2000, pp.447-448

Liu, L., “Public Pension Reform in Japan,” Social Security Bulletin, 63(4), 2000, pp.99-106

Horioka, C. Y., “Are Japanese Selfish, Altruistic or Dynastic?” Japanese Economic Review, 53(1), 2002, pp.26-54

Faruqee, H. and Muhleisen, M., “Population Aging in Japan,” Japan and the World Economy, 15(2), 2003, pp.185-210

Oshio, T., “Social Security and the Intragenerational Redistribution of Lifetime Income in Japan,” Japanese Economic Review, 56(1). 2005, pp.85-106

Holzmann, R. and Hinz, R., Old-Age Income Support in the 21st Century, World Bank, 2005
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