国際資本移動:資本は豊かな国から貧しい国に流れるか

 

 

 

1999年1月

 

 

一橋大学経済研究所

深尾京司

 

 

 

 

 

 

 

目  次

1.はじめに

2.国際資本移動の推移:概観

3.国際資本移動と人的資本:クロスセクションデータによる分析

4.おわりに:途上国への資本流入を規制するその他の要因

参考文献

 

図1.所得グループ別経常収支/GDP 1960-1994年

図2.高所得国の経常収支/GDP 1905-1938年

図3.途上国への形態別長期資金流入の推移

 

表1.推定結果

    表1−a.1960-81年

    表1−b.1982-95年





 

1.はじめに

 この論文では、資本は豊かな国から貧しい国に流れているか否か、流れていないとすればそれはなぜか、という問題について、長期の経済データにもとづいて実証的・理論的に考察する。

 金融論の教科書でも指摘されているとおり、金融という現象は次の3つの機能を持っている。第一に、貯蓄性向の高い黒字主体から有望な投資機会を持つ赤字主体に資金が移動することにより、限界生産性が高い場所で資本が投入され効率的な資源配分が達成できる。第二に、一時的に所得が低下したり必要な支出が増加した家計が不足資金を調達できれば、消費を時間を通じて平準化することが可能となる。通常仮定されるように効用関数が時間を通じた消費の流列について上方に凸の場合にはこのような消費の平準化は家計の効用を高める。第三に、家計の間で危険資産を取引すれば各家計が直面するリスクを小さくすることができる。

 国際資本移動についてもこの3つの視点から研究が行われてきた。1

 まず第三の危険資産取引の機能については各国投資家のポートフォリオに占める外国株式の割合が最適危険分散の視点から見て過小(ホームバイアス)であるのはなぜかが謎とされ、French and Poterba (1991)、Tesar and Werner (1992) 等の研究がある。2 また危険分散が十分に行なわれているなら、結果的に各国消費は時間を通じて連動して動き、各国の国内生産と消費の相関は低いはずであるという消費理論に基づいた実証研究が数多くある。3

 第一と第二の機能については、これまでの研究は主に、国際資本移動がどれほど活発かを測るという方法で進められていきた。まず、資本移動が完全なら北海油田のように有望な投資機会が国内で発見された場合にはその資金のほとんどは海外で調達されるため、結果的に国内投資と国内貯蓄の相関はクロスカントリーで見て相関は小さいはずなのに現実にはしばしば高い相関が見られるのはなぜか、という Feldstein and Horioka (1980) のパラドックスについて、Dooley, Frankel, and Mathieson (1987)、Bayoumi (1990)、Wong (1990)、Fujiki and Kitamura (1995)、Obstfeld (1995)、Taylor (1996) など多数の研究がある。4 また、先物カバー付きの金利裁定や実質金利および株式収益率の均等化がどの程度成立しているかについて、Marston (1995)、Obstfeld and Taylor (1997)、Goetzman and Jorion (1997) などの研究がある。

 以上のような第一、第二の機能に関する研究の多くは先進諸国間の資本移動を対象にしている。5 しかし先にあげた国際資本移動の機能のうち第一の、限界生産性が高い場所で資本が投入され効率的な資源配分を達成するという視点から見ると、先進国と途上国間の資本移動の方がより重要な意味を持つと考えられる。Summers and Heston (1991) のデータベースが示すように先進国と途上国のあいだでは資本の蓄積の程度に大きな差がある。また、生産労働者の賃金を比べても大きな国際格差があり、先進国の国境には途上国からの労働流入の高い圧力が常に観察される。これらの事実は、資本の限界生産力が途上国では先進国に比べて高いため、仮に先進国から途上国へ資本が流れれば国際的な資源配分の効率性を高めることができることを推測させる。問題の重要性にもかかわらず、先進国から途上国への資本移動については Lucas (1990) の有名な問題提起の論文を除いては研究の蓄積があまり無い。6 これはおそらく、先進国間の資本移動に比べて先進国と途上国間の資本移動についてはデータが少なくまた利用できるデータの信頼性も低いためであろう。この論文では、この問題について考えてみることにしたい。