6.規模・地域別生産額の推計



6.1 内地・近代工場部門(除外資工場)の推計

6.2 内地・手工場部門

6.3 内地・外資工場

6.4 東北・工場部門



前節では『中国工業調査報告』の統計数字の修正を行った。しかしそこではいくつかの省が脱漏していたり、政府の軍需工場も除外されている。これらの問題は『中国工業調査報告』の吟味だけでは解決することができない。既に2節で述べたように、巫宝三等は1933年の国民所得推計作業の一環として、『中国工業調査報告』の中冊をベースにその遺漏部分を補い、同時に手工業部門、外国人工場部門および東北三省の生産額の推計も行い、全面的な工業生産額の把握に努めた。本節の課題は、内地・近代工場部門については、前節での『中国工業調査報告』の修正値をベースに、その後の巫宝三等が行った追加・修正部分を考慮し、最終的な生産額の推計結果を提示する。次いで同・手工業部門、同・外資工場部門、東北三省(満州)・工場部門の順に、既存推計の問題点を指摘し新たな生産額推計を行う。

6.1内地・近代工場部門(除外資工場)の推計

まず巫推計の特徴を要約しておく。内地の工業生産額の推計は工場と手工業に分けて行われた。工場は『中国工業調査報告』中冊と同じく、職工30人以上を雇用し機械を使用する作業場と定義された。手工業は工場以外の独立した作業場と家庭付属の作業場などを含む。

巫推計では工場部門の生産額推計の基礎資料として『中国工業調査報告』中冊・14表が使われているが、重要なことはその遺漏部分が補われたことである。

すなわち『中国工業調査報告』では調査されなかった遼寧・吉林・黒竜江・熱河・甘粛・新疆・雲南・貴州・寧夏・青海の各省および河北・秦皇島・昌黎一帯の工場が新たに追加された。また貨幣製造などの産業も調査された。いくつかの産業(紡績業、マッチ製造業、煙草製造業)については、税務署統計を使って独自の補充作業が行われた。このように、巫推計による近代工場部門の生産額推計は『中国工業調査報告』の中冊を発展させたものとみなすことができる。

しかしいくつか問題もある、『中国工業調査報告』では工業部門に含まれていた金属精錬業とセメント製造業は鉱業に、政府系の造船工場は公共行政部門に、また鉄道車両工場は交通業に移された。さらに『中国工業調査報告』と同様軍工廠の調査は行われていない。

最大の問題点は『中国工業調査報告』下冊がほとんど利用されなかったことである。巫推計ではその一部が工場部門ではなく手工業部門の生産額推計に利用されているものの、大部分は未利用の状態に置かれている。そこでわれわれは『中国工業調査報告』の貴重な情報を有効に活用すべく、近代工場部門を『中国工業調査報告』の中・下冊を両方含むように「機械を使用するすべての工場と職工30人以上の手工場の集合」と定義し、前節の修正結果を基本データとし、巫推計独自の貢献部分をそれに対する調整項目として利用しながら、近代工場部門の生産額の最終推計値を提示する。最も重要な作業は既に前節で終了している。したがってここでの作業は、大部分の産業については巫推計の工場生産額に、前節で修正した職工30人未満の機械工場と中冊に含まれていなかった30人以上工場の生産額を追加するだけですむ。以下ではこれ以外の推計方法を使った産業だけを解説しておく。

船舶・車両製造業:巫推計は政府工場を除外しているので、『中国工業調査報告』中冊の政府工場を追加した。

石灰製造業:巫推計の工場生産額に中冊の湖北省の60千元と下冊の湖北省の修正生産額を加えた。

紡績業・たばこ製造業:巫推計では『中国工業調査報告』を使用していない。そこで、前節で修正した職工30人未満の機械工場と中冊に含まれていなかった30人以上工場の生産額と中冊の生産額の比率を計算し、その比率で巫宝三の工場生産額を上方修正した。

政府兵器工廠:『中国工業調査報告』では調査対象外で、巫宝三等も推計していないので、新たな作業を必要とする。われわれは、『中国近代兵器工業档案史料』から生産量・単価が明示されている一部の品目を選び、表10のような推計結果を得た。兵器工廠の兵器生産額は、それを含んだ内地・中国資本機械工業生産額40,353千元の29.1%にも達する。機械工業に占める兵器工廠の比重は極めて高かったことが判明する。

以上をまとめた産業別の推計結果は表11に示した。

6.2内地・手工業部門

巫推計の最も重要な貢献は、断片的な資料を収集して手工業部門の生産額を推計したことにある32。巫推計の全面的改訂は率直に言って不可能である。本推計ではその部分的手直しを行う。

巫推計の手工業生産額の推計手続きは基本的に二つの分類される。@)まず工業生産総額を求め、それから工場生産額を控除し残余として手工業生産額を求める方法(残余推計)。A)独立に手工業生産額を推計する方法(個別推計)。本推計の大部分の産業の修正もそれら二つの方法に依存する。

@)残余推計による産業

@工業生産総額の推計に『中国工業調査報告』が使われていなければ、巫推計の工業生産総額を変更する必要はなく、前節で修正した職工30人未満工場の生産額分を巫推計の手工業から控除すればよい。

A工業生産総額の推計に『中国工業調査報告』の下冊が使われている化学工業に属する一部の産業では、まず生産総額それ自体が修正され、次いで@の方法を適用した。

A)独立推計による産業

B『中国工業調査報告』下冊が巫推計の手工業生産額に使われていなければ、前記@と同様の方法を使用した。

C『中国工業調査報告』の下冊が使われていれば、本推計の手工業生産額はゼロとなる。たとえば、機械製造修理業、ガラス製造業、薬品・化粧品、琺瑯製造業などである。

B)その他の産業

金属精錬業、製塩業、セメント工業の総生産額は鉱業の部に示されている33。これらの産業の手工業生産額は、総生産額から本推計の工場生産額を控除した。

巫推計では浄産値(付加価値額)になっている琺瑯製造業、精米業については、それを生産額に戻す必要がある。琺瑯製造業は工場の付加価値比率で換算した34。精米業については以下のように計算した。巫宝三(1947a)下冊127頁によれば、手工業による精米量は2,138,159担である。『中国工業調査報告』下冊で精米単価が計算可能な地域について単価を求めると、1.99元/担となる。これらから計算した精米生産額から、前節の30人未満工場分の修正額を控除して求めた。

われわれの産業別推計結果および比較のための巫推計を表11に示した。なお産業分類は巫推計のそれに合わせた。本推計の近代工場部門の生産額は巫推計に比べ、3億元(24%)増えている。また手工業部門は40億元(70%)増えたが、これは主として精米業の格差すなわち巫推計の付加価値額を生産額に戻したことに起因している。総額では本推計は巫推計を43億元(62%)上方修正した。

6.3内地・外資工場

巫宝三は、巫(1947b)でオリジナル国民所得推計(1947a)の修正を行った35。工業部分について見ると、内地中国資本工場についてはオリジナル推計は変更されておらず、外資工場の分のみを汪馥孫推計に変更した36。なお汪は日本の東亜研究所が編纂した『日本の対支投資』・『諸外国の対支投資』を利用して推計した。本推計はこの汪推計をそのまま使う37

6.4東北・工場部門

巫宝三等は満鉄調査課の資料などをもとにして作業を行った。しかし特に中国資本工場の分については、ごく一部の産業しか把握できなかった。その後、6.3で紹介した汪馥孫が外資工場のみを対象にした新推計を発表した。彼は『満州工場名簿(1933年版)』「関東州・満鉄付属地の部」から職工30人以上の外資工場を選び、そこに1人当たり生産額を乗じるという方法を採用した。この汪推計には、@同書が「関東州・満鉄付属地」および「満州国の部」の二部構成であるにもかかわらず、後半の「満州国の部」を利用していない、A彼が用いた1人当たり生産額の出所が不明、という二つの問題がある。

本推計ではこの『満州工場名簿(1933年版)』および『昭和8年 満州工場統計(Aの1)』の二つの統計を利用する。前者からは、職工5人以上各工場の職工数と経営者の国籍(日人・満人・日満合弁・外人)が判明する。他方『昭和8年 満州工場統計(Aの1)』)からは、「関東州・満鉄付属地」に限定されているが、産業別(76業種)に職工1人当たり生産額がわかるので、「関東州・満鉄付属地」と「満州国」の1人当たり生産額が等しいと仮定して、5人以上工場の生産額を推計できる。しかも経営者の国籍が分かるから、東北地方の中国資本工場・外資工場が同時に推計できる。

他方、上記『昭和8年 満州工場統計(Aの1)』を『昭和7年 満州産業統計』と比べてみると、前者には、金属精錬業に鞍山製鉄所が含まれていないこと、製粉業の職工一人当たり生産額が著しく低い、という二つの問題があることが判明する。この二つの産業については、『昭和7年 満州産業統計』を利用して金属精錬業の脱漏部分の追加と製粉業の修正を行った。

このように、本推計は『満州工場名簿(1933年版)』をフルに利用し、しかも1人当たり生産額については、汪が使っていない原資料『昭和8年 満州工場統計(Aの1)』および『昭和7年 満州産業統計』を活用した。この点で汪推計よりもかなり信頼性が高いと言えるだろう。産業大分類ベースの生産額の推計結果を既存の巫・汪推計と併せて表12に掲げておく。

以上の工業生産額推計結果を、規模・地域別にまとめたものが表13、産業別にまとめたものが表14である38。比較のため両表ともに既存の巫推計と Liu and Yeh 推計を参考のために掲げた。総額でみると本推計の121億3414万元は、巫推計を46億元(61%)上回っている。『中国工業調査報告』下冊を修正し近代工場の範囲を拡大したこと、東北地域について新推計を試みたことの効果である。

他方下冊をほぼそのまま使った Liu and Yeh 推計と比べると、本推計は18億元(13%)ほど低くなっている。本推計との格差の最大の要因は製粉業の手工業部門の生産額にある。すなわち Liu and Yeh 推計の方が約10億元大きい。本推計は基本的に巫宝三推計に依拠したが、巫推計と Liu and Yeh 推計が用いた製品・小麦粉と副産物・麸の価格の違いが、そのような差をもたらした根本的な原因である。どちらの価格がより現実的か現段階では判断しかねる。物価推計グループの作業結果に期待したい。





 


32. Liu and Yeh 推計も巫推計にほとんど依存している。





 


33. 巫宝三(1947a)上冊53-54頁。





 


34. 巫宝三(1947a)下冊79頁。





 


35. 巫宝三(1947b)。





 


36. 汪81947)。





 


37. Liu and Yeh 推計もこの汪推計を使っている。





 


38. 資料によって産業分類が異なるため1ケタ分類に集計した。