本稿では,感染症流行の社会的,経済的影響について歴史的観点からの整理を試みるとともに,現代への含意を探る.その際,近代日本における感染症流行とその対応,とりわけ百年前のインフルエンザ流行を振り返るとともに,人間の営みが外的なショックへの対応に大きな影響を与えた感染症流行以外の事例も振り返る.疫学的にみると共通する面が多い感染症であっても,社会や経済に与える影響は大きく異なり得る.百年前のインフルエンザ流行に際しては,経済活動を抑制して流行を抑える措置はほとんど実施されず,特段の経済対策の発動もなかったのに対して,今回は,社会的距離等に関する措置が経済活動を縮小させ,これへの対応が政策上の論点となっている.当時と現代とで感染症流行の社会的,経済的影響が異なる背景として,この間の歴史的経緯に伴う社会的規範の変化が挙げられる.歴史から教訓を引き出すにあたっては,政策や行動の基準に関わる規範的な課題と,基準に基づく目標の実現に関わる実証的な課題とに分けて考えることが有用である.