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論文要旨

Vol. 72, No. 2, pp. 169-193 (2021)

『ゲーム理論と社会的選択理論の接点 --規範経済学の方法論的省察--』
後藤 玲子 (一橋大学経済研究所), 岡田 章 (一橋大学名誉教授)

本稿は,ゲーム理論と社会的選択理論が提起した囚人のジレンマとリベラルパラドックスを合わせ鏡として,ヒュームとルソーが残した認識論的テーゼと道徳論的テーゼの未接合問題を検討する.それは近代が残した難問,慎慮と正義の相剋,認識と行為の矛盾を鋭く抉り出す.本稿は,一元化アプローチ(因果的必然性)に傾きがちな実証科学の到達点と限界を問い,規範への多元論的アプローチの妥当性と実現可能性を探る.より具体的には次の諸点を明らかにする.個人的な目標としての道徳や倫理は本人の合意や納得のもとで,特定の個人に非対称的な不利益を押し付ける結果となりかねない.一元的な効用指標に基づく分析は現にあるはずの不正義を覆い隠しかねない.それを防ぐ鍵は,利益主体であり,認識主体であり,行為主体でもある個人の選好評価における多元性の尊重にある.問題の在り処と解決の糸口を明晰に示す理論は,多様な個人が,自己の個別特殊な問題状況を一定のモデル(範型)やカテゴリー(範疇)で記述し直す営み,それにより,個人的問題をより普遍的問題として公共的討議の場に提起する営みの一助となる.