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論文要旨

Vol. 71, No. 3, pp. 237-258 (2020)

『徳川日本農村の資産分配 --二本松藩仁井田村(1720-1870年)を事例に--』
有本 寛 (一橋大学経済研究所), 黒須 里美 (麗澤大学国際学部)

本稿は,二本松藩仁井田村の資産分配とモビリティに関する基礎事実を定量的に示し,徳川日本農村の資産分配に関する論点を整理する.仁井田村の人別改帳に記載された,世帯ごとの持高とその移動を分析した結果,1)資産分配は比較史的にみても平等だった,2)持高には一定の流動性があり,流地による市場的配分と同程度に,村による行政的配分(上地・主付)もおこなわれていた,3)持高は過剰な世帯から過少な世帯へと均等化するように移転していた,4)行政的配分のうち,1796年実施の割地では,各世帯に最低持高を保障するような再配分がおこなわれたが,経常的な上地・主付はむしろ資産分配の不平等を拡大させた,5)各世帯が所持すべき持高の下限が規制された形跡があり,これが持高のジニ係数の低下やいえの存続率の向上といった一連の構造変化と同時期に生じている,ことが判明した.これらの事実は,村請制の下での,むらといえの最適化行動の結果として解釈ができる.年貢皆済のため,むらは生産力を維持しようとする.いえの跡絶を予防する持高下限規制は,持高分布の左裾を狭める.豊凶に依らない定量現物の年貢負担リスクは,資産の期待収益を下げ,資産蓄積のインセンティブを削ぐため,持高分布の右裾の膨張を抑制したと考えられる.