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論文要旨

Vol. 71, No. 2, pp. 175-204 (2020)

『日本における人的資本と成長 --1885-2015年--』
深尾 京司 (一橋大学経済研究所), 攝津 斉彦 (武蔵大学経済学部), 牧野 達治 (一橋大学経済研究所)

本稿では,教育の効果と労働の産業間配分効果を同時に考慮した労働の質計測に基づき,1885年から2015年にいたる130年間を対象に成長会計分析をおこなった.推計の結果,この130年の間に,日本の労働生産性は46倍になったが,この増加のうち39%は資本装備率の上昇,25%は労働の質の上昇,36%はTFPの上昇に起因することが示された.これを第二次世界大戦の前後で分割すると,戦後の労働生産性上昇率は戦前の2倍に加速したが,このような成長率の違いは,戦前は労働の質の上昇が労働生産性上昇を主導したのに対し,大戦後は資本装備率上昇とTFP上昇の寄与が大きかったという労働生産性上昇の要因の違いによって説明可能である. このような日本の経験を,海外の事例と比較してみると,日本は他国よりも順調に教育制度の導入および普及が進み,1935年には,人口1人あたりGDP水準が低いにもかかわらず,平均就学年数が例外的に高い国になった.さらに,戦後には,中等教育の就学率が急上昇したが,高等教育に関しては,現在に至るまで米国の水準にキャッチアップできていない状況が続いている.戦前における教育制度の速やかな普及は,1885年から1940年にかけての年率2.2%という労働生産性上昇をもたらし,これは,米国の1899-1941年の2.2%に匹敵し,1856-1937年の英国の1.2%を大きく上回っていた.高度成長期の日本は,年率7.5%という歴史上例のない労働生産性上昇を長期にわたって経験したが,その源泉はTFPと資本装備率の上昇にあった.しかし英米と比較すると,産業構造の変化による労働の質上昇もまた労働生産性上昇に大きく寄与していた. このように,労働の質の上昇は,長期で見た日本の経済成長に無視できない影響を与えていたが,労働の質が上昇するメカニズムは,戦前および1970年以降における教育水準の上昇,高度成長期の再配分効果と,時代によって異なっていた.教育水準の上昇と産業構造のスムーズな転換の促進双方が,経済成長を実現する有効な手立てとなり得るということを,日本の経験は示している.