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論文要旨

Vol. 71, No. 2, pp. 144-169 (2020)

『享保元文農地法の成立 --市場拡大と社会的安定の平衡--』
中林 真幸 (東京大学社会科学研究所)

江戸幕府は小農の土地所有権を保障し,それが小農に低利の土地担保金融を提供した.同時に,江戸幕府は,社会的安定のために,土地所有の集積を防ぎ,自作小農経営を維持しようとした.この緊張関係をはらむ二つの目的の平衡をはかるために,18世紀前半,徳川吉宗政権は土地法制を整備した.すなわち,土地所有権を保障する一方,債務不履行にあたって,担保権を執行(流地)する条件として,債権者が土地税と雑税(年貢諸役)を納めることを求めた.徴税の事務は村に委任されていたことから,債権者は,債務者のモラルハザードを防ぐために,年々歳々の土地税と雑税の実費ではなく,事前の契約によって定めた定額を払う契約を好んだ.しかし,そうした契約は,幕府司法機関による担保権執行の条件を満たさない.それゆえ,この規制は村外の債権者の保護を弱めることを意味した.この規制によって,幕府は,土地担保金融市場の拡大によって村の境界を超えた土地集積が進むことを抑制しようとしたのである.