本稿の目的は、合併に伴い従業員の雇用と処遇にいかなる変化がもたらされたか、すなわち、合併と聞いて従業員が感じるキャリアの不安の実態を解明することにある。1990年代に合併が行われた都市銀行を対象に、公刊されている職員録に掲載された長期にわたる人事データをもとに分析を行い、次のような結果を得た。
雇用に関する分析では、1990年代の銀行の合併行動は、行員数を有意に減少させていた。本稿の主たる分析対象であるさくら銀行では、合併前や非合併行に勤務する同世代と比較した結果、さらに合併後も世代が若くなるにつれ、行員の退職時期が有意に早期化していた。中でも、合併直後に低位の役職層や出向に再配分された者が早期に退職していた。
処遇に関する分析では、都市銀行の合併は先行研究同様、平均給与月額を有意に上昇させていた。しかし、さくら銀行のデータをもとに分析した上位役職昇進可能性については、合併前や非合併行に勤務する同世代とも比較した結果、合併が有意に低下させることが示された。
合併と聞いて従業員が感じるキャリアの不安は必ずしも外れていなかった。しかし、上位役職に昇進できる者にとっては合併は必ずしも悪いニュースではなく、Shleiferら(1988)が主張する暗黙の契約の破棄は観察されなかったと考える。