日本が発展途上にあった戦前期の農家経済調査は,農家の現金・現物双方の生産・収入,支出から始まり,資産,さらに労働などを詳細に調査した.この農家経済調査の構造の背景にある経済学から出発し,今日の開発経済学で用いられるハウスホールド・モデルの源流のひとつである,農家主体均衡論が生れた.それは,京都大学における農業経済学の形成と深い関わりをもっていた.
本稿では,戦前期の農家経済調査,および農家主体均衡論,それぞれの形成と展開について考察する.それは,西欧からの農業経済学と農家簿記の導入と受容,そして日本での農業経済学と農家経済調査の形成,最後に,第二次世界大戦後に日本で生れた農家主体均衡論が海外へ紹介されていく過程をあつかう.この農家主体均衡論をその源流のひとつとするハウスホールド・モデルによって,発展途上にあった戦前日本の農家の分析を行い,現代の途上国と比較することは,実りのある研究を生み出すであろう.その可能性を有するのが,戦前日本の農家経済調査なのである.