(1)第1次産業生産の推定

 

 戦後の国民経済計算では、生産勘定を作成するに当たって詳細な産業分類ベ−スで実施するのが通例である。しかし、第2次世界大戦以前については、多くの国で統計の情報量は産業間で相違が大きく、各産業別に同水準の精度が期待できる推定方法を適用することは困難である。このため、ここでの推計では、生産勘定を以下の3大産業分類別に推計を進めることにしたい。

 第1次産業: 農業、林業、水産業、

 第2次産業: 鉱業、製造業、建設業、電気・ガス・熱供給業、

 第3次産業: 商業、金融・不動産業、運輸・通信業、サ−ビス業、政府サ−ビス、対家計非営利サ−ビス。

この分類では、通常の国民経済計算では「産業」から分離されている政府サ−ビス、対家計非営利サ−ビスも第3次産業に含まれている点に注意されたい。この章では、第1次産業の生産統計の吟味と、付加価値についての長期系列の推計を試みることにする。

 KOREA についての生産統計を、国民経済計算の生産勘定ベ−スで整理するためには、以下の手順で作業を進める必要がある。

 (A)戦前統計について生産金額をもとめる。

 (B)戦前統計について生産額を付加価値額に変換する。

 (C)戦前統計について生産数量より実質生産金額を推計する。

 (D)戦前統計について実質付加価値を計算する。

 (E)これらの4デ−タを南北分割する。

 (F)南朝鮮の名目生産金額および付加価値金額を韓国の統計に接続する。

 (G)南朝鮮の実質産金額および付加価値金額を韓国の統計に接続する。

 (H)北朝鮮の数値を朝鮮民主人民共和国の統計と接続する。

現在のところ朝鮮民主人民共和国の統計情報は、解放直後と最近の若干の年次に生産数量が公表されているが全体的には極めて限られているので、(H)の大部分は将来の作業に残されている。

 

(1−1)耕種作物生産推計

 

 この節では、第1次産業の中核をなす農業の内、耕種作物の生産を取り上げることにする。章頭で述べた作業(A)に対応する耕種作物の生産金額推計に使用できる統計は、比較的豊富である。解放前の朝鮮では、1911年以降朝鮮総督府が、地方行政機関から送付される農業生産数量に関する報告の集計を実施していた。これらの集計結果は、毎年発行されていた

 朝鮮総督府 『朝鮮総督府統計年報』

       『農業統計表』

に公表されてきた。ただ、章(0)でも述べたように、朝鮮が植民地化された初期の時点では調査のカバレッジが十分でなかったため、集計量は下方バイアスをもっていたと想定される。朝鮮総督府でもこの問題はある程度意識されており、1940年に公表された農業統計表では植民地領有初期の生産量についての調整も部分的に行われている。この種の調整作業でバイアスが十分補正されたかどうかについては、今後より詳細に吟味される必要があろう。今回の長期系列の作成に当たっては、比較的この種のバイアスが少ないと思われる 1915年以降に本推計を限定することにし、それ以前の数値は参考系列として表示することにした。

 ところで『農業統計表』では、米類、麦類、豆類、雑穀類、薯類について類別生産金額を集計するとともに、品目別の生産数量と金額を表示している。ただ、ライ麦のデ−タが 1926年以降についてのみしか公表されていない例にみられるのように、推計期間の一部に数値が得られない品目も少なくなく、これらの欠損値をどのように処理するかという問題がある。しかし、上記の5類別に属する結束値をもつ品目については、公表開始される時点での生産金額が小なものが大半を占めている。また「その他豆類」等の生産金額に含まれると想定できるものもあるので、この5類別については欠損値の存在は大きな問題にはならない。

 しかしこのような想定は特用作物、野菜、果物に属する生産金額の推計には適用できない。まず野菜については、1932年以降 13品目についてのデ−タがえられているが、それ以前の時点については大根と白菜の2品目についての生産統計に限定されているからである。このため、石川滋(1973)では、2品目の生産の動向を指標にして 1910-1931年の野菜生産金額の推計を行っているので、本論ではその数値を利用する。果物統計については、1910年以降林檎、梨、葡萄のデ−タが、また 1930年以降について桃、梨のデ−タがある。これについても石川の補正推計があるのでこれを利用する。特用作物については、19品目についてのデ−タが与えられており、一部品目を除けば推計対象期間の途中から数値が示されている。ただ、それらの統計がとられる初期の時点での数値が比較的小さいことから、それ以前の生産を無視しても大きなバイアスはないように思われる。なお、解放前後の数値を比較するに当たっては、解放前特用作物には煙草、朝鮮人参が含まれているのに対して、韓国の農業統計でこれらが「専売品」として別建てになっていることに注意が必要である。本論の作業では、比較の便を考慮して「専売品」も特用作物に合算して推計を行っている。耕種作物生産と関連のあるものに、藁加工品を中心とする「副産物」の生産と、緑肥・たい肥生産がある。これらは、『農業統計表』では生産統計の枠外の形で計上されているが、その精度は他の作物統計には及ばないと推測される。しかし、その調整方法は当面考慮できないので、副産物についてはそのままの値が利用されている。また、緑肥・たい肥生産については、その精度の問題が深刻であると思われるので生産金額には加えないことにする。この結果、付加価値の計算では、これら自給肥料は中間投入として取り扱われないから、解放前の朝鮮での付加価値率は低くなるだけでなく、金肥の増大に伴って付加価値率が低下する傾向がみられる点に注意が必要である。

 解放前の農業統計を巡って問題となるのは、1920年代から 1930年代にかけて指摘されている米生産の「過少評価」の補正をどのようにするかということがある。朝鮮総督府では、1936年に新しい生産調査を実施したが、その結果同年段階で米生産に大幅な過少評価が発見された。この結果によって、その後の米の生産統計は、新調査に基づいた方法実施されることになった。この点に着目して東畑・大川(1939)では、この改定による落差を 1935年以前の変化に配分することを提案し、その後幾つかの試みも行われたが確定的な方法は開発されていない。この計算では、未修正の数値を利用した推計を主系列とし、Suh, (1978)で提案されている方法による補正結果を、表1−5の最後に「参考 米(補正)」として付すことにする。既述のように『朝鮮総督府統計年報』は 1942年まで公表されているが、米等の主食に対応する農産物の生産については 1940年までの数字が記載されているにすぎない。幸い、Ban(1978)には、(その出所は明らかでないが)1941年と 1942年の統計が掲載されているので、それを利用することにした。

 作業(E)に対応して解放前の耕種作物の名目ないし実質生産金額を南北分割するに当たっては、石川(1973)に示された品目別・道別の生産数量デ−タが利用された。この数値を前章に示されたル−ルで南北分割すると,表1−5に示されているように数量の品目別南北分割比率が得られる。解放前の朝鮮の物価統計は、道別には得られないので、全朝鮮に一律の物価を想定する方法を取らざるを得ない。この前提の下では、数量の南北分割比率をそのまま名目ないし実質金額の分割に利用できることになる。表1−1に示された南朝鮮(解放前)の耕種作物の名目生産金額は、このようにして計算される品目別の南朝鮮分の名目生産金額を合計したものである。また、表1−4には、全朝鮮および南朝鮮について名目農業生産の作物別の構成比が示されている。

 次に作業(B)に当たる付加価値を求めてみよう。既存の研究の多くでは、特定年度についての米等の生産費に関する調査を利用して付加価値率を計算し、付加価値推定を行ってきた。しかし、この方法では時間の経過に対応する中間投入の変化、例えば肥料投入の増加等が反映されない。一方、中間投入の中心である肥料の時系列デ−タが存在することを考慮すると、より直接的な接近方法が考えられる。すなわち、購入肥料購入金額とたい肥・緑肥生産金額は『農業統計表』から毎年の値が得られるが、後者についてはすでに生産金額から除外されているから前者のみが中間投入となる。一方、第2に重要な投入要素である種の使用量は、長期的には生産数量に比例すると想定することにより求めることができる。この計算では 1961年の生産費調査の結果を利用して、種の投入比率を以下の様に定めた。

 米:1.5 % 、麦類 3.5% 、薯類 6.0% 、豆類 3.5% 、雑穀 3.5%、特用作物 6.0%、野菜 1.0%

これらの2大中間投入要素以外の投入要素についての、使用金額に関する時系列情報は見いだせない。そこで、1961年の農家経済調査を参考に作物生産金額の 2% を計上することにした。この結果得られた付加価値率の平均は、

 1915-20 年  4.9%

 1921-30 年  6.2%

 1931-40 年  9.9%

となっている。これらの比率は、1950年代韓国の値が 12% 前後であることを考慮すると一見低めに思われるが、自給肥料が中間投入に参入されていないことを考慮すれば、納得できる数値のように思われる。本来ならばこのような作業を全朝鮮と南朝鮮別におこなうべきであるが、この計算方法自体にある程度の誤差が見込まれることを考慮して、南朝鮮の付加価値率は全朝鮮のものと同一であると想定した。名目付加価値の推定結果は表1−2に示されている。

 (C)の作業である実質生産金額の推定に当たっては、生産数量の時系列デ−タが重要になる。解放前の朝鮮に関する『農業統計表』では、上述の生産金額が示されている品目について品目別生産数量も表示している外に、米類、麦類、雑穀類、豆類については類別の生産数量合計も示している。この数値は、類内の品目間の構成比に大きな変化がない場合、近似的に各類別の実質金額指数とみなし得るものであるが、解放前の朝鮮ではこの想定が成立するように思われる。ただし、薯類については「換算薯」による数量化が発表されているので、これを利用することにした。次にこれらの数量についても、上述の(F)についての作業を適用して南北分割が行われた。特用作物、野菜、果物の3類については、類内の品目間に共通の重量単位を想定することは困難であるので、代表的な品目を選択して生産指数を作成して実質金額の推定を行うことにした。代表品目の選択基準としては、解放後への接続作業にも配慮して、解放前朝鮮及び近年の韓国のいずれかにおいて生産額が相対的に大であったものとした。具体的には、

 (あ)1940年の全朝鮮ので00万円以上の生産を行った農産物、

 (い)1990年の韓国で4億ウオン以上の生産を行った農産物、

が選択された。これらの数量デ−タの南北分割および解放後のデ−タへの接続は、品目別に行なわれ、1934-36年価格表示ないし 1960年価格表示の形で集計され,表1−1に纏められた。また表1−5には、これらの農産物と上記の5類別の数量デ−タが示されている。すなわち、表示されている類または品目名は、米類、麦類、豆類、雑穀類、薯類、特用作物(綿花、大麻、ゴマ、煙草、朝鮮人参)、野菜(白菜、大根、にんにく、西瓜、唐がらし)、果物(りんご、梨、ぶどう、桃、オレンジ)である。

 実質付加価値を本格的に計算するには、中間投入に対応するデフレ−タを計算し、実質中間投入金額を実質生産金額から差し引く作業を行う必要がある。購入肥料については、購入数量も計算できるので上記のダブルデフレ−ション方式を適用した。解放前の朝鮮では、肥料についで重要な種のデフレ−タが農業生産デフレ−タで代用できることから考えて、肥料以外の経費デフレ−タは農業生産デフレ−タで代用できると仮定した。この点については、将来改定も考えられる。

 次に作業(F)、(G)として、接続される韓国の名目生産金額および付加価値デ−タが必要になる。解放後の耕種作物に関する生産金額の品目別の詳細な情報は、1960年以降について SAF から得られる。この公表開始年は、農家の庭先価格の調査が実施されるようになった年に対応しているが、おおむね解放前の生産金額と比較可能なもののように思われる。付表1−4には解放前後の種類別金額構成比の比較が行われている。なお、既述のように解放後のデ−タを解放前のそれと比較するにあたって、韓国の分類の内「特用農産物」に「たばこ、薬用人参」および「薬用植物」が、また「野菜」の中に茸が含まれている点に注意されたい。

 一方、SAF では 1953年以降について、耕種作物、畜産、農業サ−ビス、林業、水産業別に生産金額と付加価値を名目・実質の両ベ−スで推定が国民経済計算と整合的に行われている。ただこの推計による農業生産と上記の生産金額の間に若干の相違があることに注意されたい。このため、上記の表1−4では、構成比の比較にとどめており、生産金額等の解放前後の比較は、国民経済計算ベ−スの数値によることにする。さらにこの推計が国民経済計算ベ−スで行われてきているために、改定作業が年次を逆上っておこなわれ、時系列上に断層が発生するという問題を抱えている。このため、この推計を使用するには、この断層を修正する必要があり、この作業でもより新しい推計に合わせる形での調整がおこなわれている。

 実質生産金額の解放前後の接続は、SAF でもこれらの類別に対応する数量が示されているので接続することが可能である。ところで、韓国の農業統計では、1960年代に大幅な改革が行われたが、数量表示の改定もその一貫として行われた。例えば米の生産量は解放前および解放後の 1950年代までは「石」表示で行われてきたが、1960年代以降は「トン」表示となった。農業統計の年鑑等には農産物別に「容積・重量換算率」が示されているので、理論上は2者の接続は可能なはずである。しかし、両表示が重複している時点について換算率を用いて2種の推計を比較してみると、品目によっては予想外の相違が発生していることが分かる。その原因としては、推計の単位の変更以外に調査方法の変更等が実施されたためと推測される。この考え方に立って、重複時点の2種の推計の比率をそのまま利用して系列を作成することにし、その結果は表1−5に示されている。このようにして得られた実質指数系列に、基準時点の生産ないし付加価値金額を接続すれば、品目別の実質金額系列が得られる。表1−11−2の南朝鮮・韓国系列は、これら品目別実質系列を合計して求められている。

 

(1−2)その他の第1次産業の推計

 

 耕種作物以外の解放前朝鮮の第1次産業生産ではでは、耕種作物の他に養蚕、畜産、林業水産業の生産の生産を加えなければならない。これらの合計は、耕種作物に比較して小さな比重を占めるにとどっまっており、また統計数値の量・質の両面で見劣りがする。この為、本推計に当たっては、比較的簡単な推定方法を適用した。まず南北分割にさいしては、既述の「簡易分割法」を適用した。また、付加価値の推定に当たっては、養蚕業以外については解放前の期間全体に一定の付加価値率を適用することにした。これらについては、作業量の増加を厭わなければある程度の改善は期待できる。ただそれからもたらされる改善効果が作業量の増加にみあうようには思われない。

 この内養蚕については、繭の生産量と金額が『農業統計表』に与えられているので、前者から実質生産金額が、後者から名目生産金額が得られる。一方、名目付加価値の計算には農業生産の一部となっている桑生産金額と燃料費等のその他の費用として生産金額の 1% を投入費用として差し引いている。生産金額の南北分割については、作業量を軽減するために既述の簡易分割法を適用した。戦後の韓国の国民経済計算ベ−スの統計では、農業が耕種作物と畜産生産よりなるようになっており、養蚕の取り扱いは明らかでない。以下の解放前の数値では、耕種作物と畜産生産に養蚕を加えたものをは農業合計として表示している。

 解放前の朝鮮で畜産は農家の副業として実施されたおり、その生産金額もそれほど大きくない。『朝鮮総督府統計年報表』は 1930年以降について「畜産物」のタイトルの下で、かなりの品目別の畜産生産について金額と数量を表示しているが、それ以前の時点については、推定生産品目数は大幅に減少する。ただ、生産数量の変化を推測するための補助的情報は存在する。例えば鶏卵の生産量は、1930年の生産量をベンチマークとして、鶏飼育数で延長することができるし、牛肉の生産量の延長には牛の屠殺頭数を利用することができる。通常の手続きとは逆に、畜産生産ではこのようにして推定された実質金額系列を名目金額に変換する手順がとられた。実質金額をインフレートするための物価デ−タは、溝口(1972)からとられた。付加価値の計算に必要な付加価値率は、解放後の韓国の情報を参考にして 50% と想定した。

 林業生産の生産デ−タが得られるのは1933年以降であって、この時期については、名目・実質生産額が計算でき、また解放後の韓国デ−タとの接続も可能である。1932年以前の林業統計は営林署関連のものに限定されており、かなり大胆な想定を行わない限り本格的な推定作業を行うことはできない。幸い Suh(1978)では、離散的な情報を利用して、名目・実質生産額を計算しているので、その推計を指数化して、われわれの 1933年以降の推計に接続して補外を行った。付加価値率は解放後の韓国の推計で一率 90% とされていることに着目して、解放前の推計にもこの比率を適用した。

 水産業については、漁労、水産養殖、水産加工品別に生産高のデ−タが得られる。問題は水産加工品の原料に使用される水産物が漁労生産・養殖生産の中に全て含まれているこどうかである。このような問題は畜産についても存在したが、解放前の朝鮮では畜産加工品の生産がそれほど大ではなかったため、加工品原料は畜産物生産に全て含まれることにしていた。水産業についても同様な仮定を適用せざるを得ないが、この結果本推定が若干の下方バイアスを持っている可能性は否定できない。水産物の情報は水揚げ数量・金額の両者について与えられているので、上記の問題を無視すれば、名目・実質生産額の推計は可能である。水産業生産の南北分割は水揚げ港を基準に行われた。解放前の水産業の付加価値率についての情報はほとんど存在しないので、解放後の韓国のデ−タを参考にして、70% とした。