第1章 貧困と権原となっています。南アジアやアフリカの地域研究に関心ある人にとっては、本書に収められた事例研究は必読です。講演「飢餓撲滅のための公共行動」では、インドのケーララ州やマハーラーシュトラ州の事例も紹介されています。また、世界の食糧問題や途上国の貧困問題全般に関心ある人にとっては、本書の分析フレームワークが多いに役に立つでしょう。
第2章 貧困の概念
第3章 貧困--特定と集計
第4章 飢餓と飢饉
第5章 権原アプローチ
第6章 ベンガル大飢饉
第7章 エチオピア飢饉
第8章 サヘル地域の旱魃と飢餓
第9章 バングラデシュ飢饉
第10章 権原と剥奪
講演 飢餓撲滅のための公共行動
訳者解説 『貧困と飢饉』--その後の二十年
南アジア農村研究への道
大学生の時の関心は南アジアの貧困と農村の開発にありました。学部は東京大学教養学科第二「アジアの文化と社会」といういまだもって何をやっているところなのかよく分からないところを卒業。卒論のテーマは「西ベンガルの土地改革」でした。全く分析的なことは何もできませんでしたが、緑の革命という技術変革が持ち得るインパクトと、土地改革というまさに政治的なプロセスとの相関の問題は現在まで私の頭の中にくすぶりつづけています。最近、もう一度、きちんとした経済学のツールを使ってこの問題に戻ってみたいな、とアイデアを練りはじめているところです。
学部生時代の憧れであったのが、日本の途上国研究の中心として活躍しつづけてきたアジア経済研究所。当時お世話になったアジ研の先生方の深い南アジアへの造詣に、自分など全く手の届かないものを感じていたのですが、物事はどう転ぶか分からないもので、気づいたら研究職の職員としてパキスタン経済を担当することになっていました。
仕事を続けるうちに、研究をまとめる上で単なる関心のみが先だってやたらに現地のことだけを調べていても、本質的なことはわからないように感じ、経済学のディシプリンをきちんと勉強する必要を感じました。スタンフォード大学に留学し、食糧研究所(Food Research Institute)という大学院で開発経済学と農業経済学を勉強したのが現在の自分の研究の出発点となっています。
今でも一番楽しいのは、フィールドで新しい事実の発見がないか探る時。右上の写真は、そんな私のパキスタン・パンジャーブ州の調査村で撮った一枚です。郷に入れば郷に従えで、やはりローカルなドレスが一番!
著作紹介
細かい論文は、「日本語による研究業績」を見てもらうとして、ここでは思い出深い本3点を紹介しましょう。まずは、私の最初の単著から。
Takashi Kurosaki, Risk and Household Behavior in Pakistan's Agriculture
(Tokyo: Institute of Developing Economies. I.D.E. Occasional Papers Series No. 34., 1998, ISBN 4-258-52034-9 C3033, \3675).
天候次第でどうにでもなる不確実性のもとに、無数の農民がインダス河の水を利用して作物を植え牛を飼ってきたのがパンジャーブの大地です。この一見何百年も変わらないかに見えるのんびりとした風景を、リスクに対応する農家行動という観点からミクロ経済学で解き明かすのがこの本です。
上の写真にもあるパキスタン・パンジャーブ州シェフプーラー県のファルーカバード地区での農家家計調査データを利用して、農家行動に関する理論モデルを実証的に検定しました。その結果、この地域の農家は作付けパターンの調整や家畜の売り買いなどを通じて個人的にリスクに対応していることがわかりました。言い換えれば牛を飼う有畜混合農業によって市場の不完全性に農家が対応しているのです。
絵所秀紀・山崎幸治編『開発と貧困--貧困の経済分析に向けて--』
(アジア経済研究所、研究双書、No.487、1998年、3000円).
これは途上国の貧困問題を経済学的に分析した総合的研究書で、南アジアの例も多く取り上げられています。各章の構成と著者は
第1章 開発経済学と貧困問題 絵所秀紀となっています。貧困問題に関する専門書は日本語ではこれまであまりなく、その意味で役に立つ本となることを目指して作りました。アマルティヤ・センの貧困と開発経済学への貢献については、第1章、第2章で詳しく取り上げられています。
第2章 開発経済学のパラダイム転換と貧困問題 絵所秀紀
第3章 貧困の計測と貧困解消政策 山崎幸治
第4章 公共支出と貧困層へのターゲッティング 井伊雅子
第5章 貧困とリスク--ミクロ経済学的視点-- 黒崎卓
第6章 貧困と慣習経済--マニラにおける1990年代の変容-- 中西徹
特集にあたって(絵所秀紀・山崎幸治)となっています。両方まとめて読んでいただければ幸いです。
経済成長、生活水準と公共政策(山崎幸治)
「スリランカ・モデル」の再検討(絵所秀紀)
パラドックスのなかの貧困:ジンバブウェにおける農地改革を展望する(平野克己)
パキスタン・北西辺境州における貧困・リスク・人的資本(黒崎卓)
韓国の貧困緩和と職業教育(野上裕生)
バングラデシュにおけるマイクロクレジット政策の理念と現実(中村まり)
家計データからみた南アフリカ共和国の貧困分析:特に家族内送金と移住行動について(赤林英夫・井伊雅子)
第1章 開発はなんのため(2話)となっていて、一見硬そうですが、例えば第4章の「インフレ」の話の副題は「やめられない、とまらない」など、とにかくわかりやすく書くことが徹底しています。私も「備えあれば憂いなし」という題で貯蓄のことを説明しました。この本を読んで開発経済学に関心を持った方のために、以下の2冊を紹介しておきましょう。
第2章 発展プロセスと構造(5話)
第3章 開発戦略(5話)
第4章 マクロ経済管理(6話)
第5章 開発の恵み(4話)
内容の簡単な紹介: 第1部「開発と人間」で貧困と不平等、二重構造と失業という低開発の病理に焦点を当て、開発の課題を明らかにする。第2部「開発のメカニズム」では経済成長、人的資源、企業家など、低開発から抜け出すためのメカニズムを解き明かす。黒崎の章はここに入り、「農業」というタイトルで、途上国農村でどのように人々が暮らし、そこにどのような経済的論理が貫徹しているかを、平易に語っている。第3部「開発への取り組み」では開発を促進するための政策の役割、望ましい政策体系といったことを共通のテーマとし、開発戦略、技術移転、資本移動、金融開発、構造調整とマクロ安定化、環境問題などを取り上げる。さて、この本は開発経済学の現時点の横断面分析としての概観を提供するのには打ってつけの本だと思います。と同時に、経済学あるいは政策と深く結びついた政治経済学のテーマとしての経済開発について、現時点にいたるまでの長期的な局面(時系列分析)を理解することも開発経済学の入門には欠かせません。このような観点からの最大のお勧めは、