第X章 実質GNP

    1.概説

    2.推計結果

      (1)推計結果の要約

      (2)推計の信頼性

        (ア)基準年の選択に対する成長率の感応性

        (イ)残差のパターン

        (ウ)ソ連公式統計との比較

        (エ)他の西側推計との比較







 

1.概  説

既に第U章において,最終需要,発生部門別に,それぞれのGNP構成要素が1970年においてGNP全体に対してどれほどのシェアを占めるかが,要素費用価格表示で求められた(表C−1)。また第V章において,GNP構成要素の成長指数が求められた(表D−6D−7)。そこで第T章1.(1)で示した第四のステップ,すなわち,GNP各構成要素の成長指数を,1970年におけるGNP全体におけるシェアでウェイト付けして,各年の実質GNPを求めるという最後のステップのみが残されていることになる。その結果の一部,すなわち各年の1970年価格によるGNP額とその成長率が表E−1に示されている。もちろん推計結果のもっと詳細な記述も可能で,事実CIA報告書は,推計結果を各年の最終需要・発生部門別の構成要素も含めた金額ベースのほか,成長率,指数,各年の構成要素のシェア等,様々な形で掲載している(JEC,1982,pp.52-81)。





 
2.推計結果

(1)推計結果の要約

最後に,CIA自身による推計結果の簡単な分析と,推計の信頼性に対する評価をまとめておこう。

CIA推計においても,1950年以降ソ連経済が急速な経済成長を経験したことが確認された。 1980年における生産は1950年のそれの約4倍であり,この間の平均成長率は年率4.7%であった。この数字は,西側先進国との比較においてもマズマズの実績であり,たとえばOECD諸国と比較するとほぼその中位,あるいは中の上にあることになる。OECD諸国の中で,同時期の実績が明らかにソ連を上回っているのは日本,トルコ,スペイン,西独等であり,イタリア,カナダの成長率にほぼ等しい。また米国よりも1%以上高い水準にある。

ソ連の経済成長の特徴は,年々の成長率の振れの大きさと,その長期低落傾向にある。成長率の振幅の大きさは,主として農業生産の年々の変動によるものである。ソ連の農業は,その気候的な条件等から生産の振幅が大きく,その年々の変動幅はたとえば米国の3倍あるという。また,ソ連経済における農業の比重は比較的大きく,1970年価格で1980年においてGNPの14%を占める。したがって,農業生産の変動が総生産に与える影響が大きく,GNPの振幅もまた大きくなる。

一方,ソ連経済の成長率の長期低下傾向はよく知られている。CIAのGNP推計においても,その年間平均成長率は1950年代後半の5.9%から1970年代後半の2.7%へと低下している。この総生産成長率低下傾向の主たる原因は,そのGNPに占める大きさからして工業の動向である。つまり工業は,1980年においてGNPの37%と最大のシェアを占めるが,その成長率は,1950年代の8−12%から,1970年代の3−4%へと低下しているのである。

1950年以降,ソ連経済の構造は劇的に変化した。最も重要な変化は,工業のシェアの拡大と,農業のシェアのたえざる縮小である。ソ連の長期にわたる工業重視政策の結果,工業部門で生産される付加価値のシェアは,1950年の20%から1980年の37%へと増大した。ただし工業シェアの増大率は次第に低下し,1970年代後半にはそのシェアはほぼ一定となった。一方農業のシェアは,1950年の31%から1980年の14%へと,ほぼ一貫して低下し続けた。

さらに,運輸,通信,商業のシェアは,1950−80年において増大を続けた。これらの部門に対する需要は,主として工業部門から派生すると考えられ,したがって工業の拡大に応じてこれらの部門も生産を拡大していった。この傾向は特に運輸部門に著しく,工業内の分業の深化,工業のシベリアへの拡大に伴って,その重要性を増していった。

CIA推計によれば,サービス部門のシェアは,意外なことに低下している。つまり1950年には29%であったそのシェアが,1970年には20%になっているのである。また1970年代におけるそのシェアは,ほぼ一貫して20%前後であった。一国の所得水準の上昇は,平均を上回るサービス部門への需要をもたらすのが通常であるから,ソ連の事態は変則的であり,おそらくは政府による意図的なサービス部門発展抑制政策の結果であろうとCIAは述べている。ただし,前章で見たようにサービス部門の指数の多くは,雇用量等の実物指数であり,ありうべきサービスの質の改善は考慮されていない。この点で成長を過小評価しているのではないかとの批判を招いたことは,既に第T章2.で述べた。

最終需要面でのGNP構造の変化の最大の特徴として挙げられるのは,投資のシェアの拡大とその他の多くの支出の縮小である。投資のシェアは,1970年価格で測って,1950年の14%から1980年の33%へと増大した。しかし投資の増加率は,1950年代の年率11.5%から1960年以降の5.8%へと減少している。

CIA推計において,防衛支出は独立した需要項目とはなっていない。というのは,他の項目,たとえば投資支出にも幾分かは防衛支出が含まれていると考えられるからである。しかし大ざっぱにいって,総防衛支出は1970年においてGNPの11−13%程度を占め,1965年以降1980年にいたるまで年率4−5%で増大してきたと推計される。これは,この間のGNP成長率を若干上回っているから,防衛支出がGNPに占める比率も次第に上昇していったと考えられる。

一方消費支出は,そのGNPシェアを,1950年の60%から1980年の54%へと低下させた。消費を財とサービスに分けると,この30年間における消費財支出の増加率が4.3%であったのに対して,消費サービス支出は4.2%であった。生活水準という面から見てよりふさわしい指標である一人あたり消費で見ると,1950−80年における平均増加率は2.9%であり,また1970年以降で見るとこれが2.2%に低下する。この低下は,全体としてのGNP成長のスローダウンとGNPに占める消費シェアの減少の結果である。一人あたり消費の増加率をOECD諸国と比較すると,ソ連にとってGNP成長率の比較の場合よりも芳しからざる結果となる。特に1970年代後半の成長率は,OECD平均をかなり下回ることになる。





 
2.推計結果

(2)推計の信頼性

CIAは,自身の推計の信頼性を,次の4つの方法によってチェックしている。

@基準年(base year)の選び方に対するGNP成長率の感応性(sensitivity)

A推計の残差成分のパターン

Bソ連公式統計(NMP)との比較

C他の西側の推計との比較

そしてCIAは,その推計がこれらのテストに合格すると判定しているようだ。以下で,これらのテストを簡単に説明しよう。





 
2.推計結果 (2)推計の信頼性

(ア)基準年の選択に対する成長率の感応性

ある年の価格体系を基準として30年という長期にわたる経済成長を計測する場合,基準年から離れた年の成長率は,その間の相対価格の変動のために歪められる可能性がある。CIA推計の場合もこの危険にさらされているわけであるから,この問題がどの程度深刻であるかをチェックしなければならない。そのために,1960年と1976年について経常価格によるGNPが計測され,その価格をウェイトとし,本稿表D−7の指数を用いて成長率が計算された。その結果が,表E−2に示されている。表から明らかなように,たしかに1960年価格をウェイトとした場合の成長率は,1970年を基準年とした場合よりも高くなるが,両者の差はそれほど大きなものではないというのがCIAの判断である。このように1960年を基準とした場合の成長率が高くなるのは,比較的に伸び率の大きな工業部門の価格が,1960年において相対的に高く評価されているからである。一方1976年を基準年とした場合には,1970年基準との間にほとんど差が見られない。かくして1970年価格を用いたCIA長期推計は,第一のテストをクリアしたと考えられる。

ただしCIA自身も指摘しているように,上の3つの基準年による成長率の計算には,同一の指数(表D−7)が用いられた。これらの指数は基本的に1970年価格を用いて集計されたものであり,これらの指数の集計に1960年価格,あるいは1976年価格が用いられたとすれば,基準年の違いによる成長率の違いは,より大きくなったと考えられる。





 
2.推計結果 (2)推計の信頼性

(イ)残差のパターン

最終需要別のGNP推計には,「その他の支出」という項目がある。これには,他の部門に含まれない防衛支出,戦略的予備の変動,純輸出,在庫変動および統計的不突合が含まれると考えられる。これらは,いずれも信頼できる成長指数が得られないために,一括して「その他の支出」項目に入れられているものである。「その他の支出」は,その年の発生部門別のGNPから,確認されたすべての支出項目を控除することによって,つまり残差として計算される。この残差のトレンドがリーズナブルな動きを示すとすれば,推計全体の妥当性もある程度裏付けられることになるかもしれない。そこで,この残差としての「その他の支出」の変動パターンを,他のデータと比較することにより,その妥当性を調べてみることとする。他のデータとは,経常価格による在庫変動(ただしその総額ではない),統計年鑑から得られる輸出入に関する数量指数,1965年以降毎年4.5%の率で増大すると想定された防衛支出の3つのデータの金額表示(ただし在庫は経常価格,他の二つは1970年価格)による合計額である。この合成指標を「その他の支出」の1970年価格による金額表示と比較したところ,1978年にいたるまで,二つの指標は年々同じ方向に変化していることがわかった。したがって,「その他の支出」は,CIA推計に明示的に含まれていない支出項目の妥当な反映であると考えられる。ただし1978年以降,「その他の支出」は急速に低下しており,三種類のデータの合成指標と大きく乖離している。この原因は不明であるが,あるいはこの時期に関するGNP成長の過小評価,あるいは他の最終需要項目の成長の過大評価があるのかもしれない。





 
2.推計結果 (2)推計の信頼性

(ウ)ソ連公式統計との比較

CIA推計の信頼性のもう一つのテストとなりうるのは,CIA推計から導出されるNMPと,NMPに関するソ連公式統計との比較である。ここでNMPに含まれるとされる発生部門別GNP構成要素は,工業,建設,農業,商業,総合農業プログラム,林業および運輸・通信部門の一部である。

両者の結果が,表E−3にまとめられている。この表によると,CIAによるNMP推計は公式統計をたえず下回っているけれども,変動のパターンは同一であることがわかる。さらに詳細に,年々の変化を観察してみても同様のことがいえる。このことからCIAは,ソ連GNPの年々の変動は,CIA推計においてかなり正確に捉えられているとしている。

またCIAは,1978年以降もCIA推計によるNMPの変動と公式統計のそれとは一致しており,したがってこの時期におけるCIAのGNP推計は正確であると考えられるから,前項で指摘された「その他の部門」のシェア低下は,他の最終需要項目の過大評価によってもたらされたものであると判断している。





 
2.推計結果 (2)推計の信頼性

(エ)他の西側推計との比較

CIA推計の信頼性に関する最後のチェックは,主として1950年代,1960年代前半に関して西側で行われた他の推計との比較である。表E−4は,その結果をまとめたものである(Bergson,1961,p.149;Moorsteen and Powell,1966,pp.623-4;Kaplan,1969,p.14;Cohn,1970,p.17;Lee,1979,p.413;Becker,1969,p.128)。いずれの推計との比較においても,CIA推計は成長率を低く見積もっていることがわかる。表に示された推計のうち,Bergson,BeckerおよびLeeの推計は,いずれも最終需要の合計としてGNPを計算したものである。このうちBecker推計とCIA推計との相違のおよそ60%は,消費支出の成長の違いによって説明されるという。つまりBecker推計が消費の成長率を年率4.7%としているのに対し,CIA推計は3.5%と見積もっている。さらにこの違いの大部分は,Beckerが小売販売データのデフレータとしてソ連の公式価格指数を使っているのに対して,CIA推計が物量データを使っていることに基づくものである。Bergsonの推計とCIAの推計との違いのほとんども,消費の成長率の評価の違いに起因するものであり,この違いもまた,Beckerの場合とまったく同様の理由によるものであった。またLeeのデータは,基本的に経常価格によるものであり,それがCIA推計との相違の原因となっている。

Moorsteen and Powell,KaplanおよびCohnの研究は,基準年における発生部門別ウェイトとそれに対応する生産指数を用いてGNPの推計を行っている。Moorsteen and Powell推計とCIA推計との相違は,主として基準年の相違に帰すことができる。CIA推計に用いられた工業(高成長部門)のウェイトはMoorsteen and Powell推計のウェイトより低く,また前者の農業と住宅(低成長部門)のウェイトは,後者よりも高い。またKaplanによる推計がCIA推計より高いのは,主として工業に高いウェイトが与えられていることと,工業の平均成長率が1%あまり高いことによる。最後にCohnの推計結果は,CIA推計とほぼ同じである。以上いずれの場合も,CIA推計の妥当性が確認できると判断されているようだ。