第T章 方法論

    1.CIAの推計方法

      (1)概  説

      (2)現行価格表示の1970年GNP

      (3)要素費用価格表示の1970年GNP

      (4)GNP構成要素の成長指数

    2.論争







 
1.CIAの推計方法


    (1)概  説

    上で述べたように,CIAはソ連の長期GNPについて,1982年と1990年の二度にわたって推計結果を公表している(CIAは,自身の推計をGNP推計と称しており,したがって本稿もそれにならったが,実際にはGDP推計であると思われる。というのは,CIA推計でいわれている輸出や輸入の中では,ソ連国民が外国で稼得した賃金や外国に投下された資本の収益,あるいは外国人がソ連で稼得した賃金やソ連国内における外国人の資本稼得は考慮されていないと考えられるからである。しかしいずれにしても,ソ連におけるGNPとGDPの差は,きわめて小さかったと考えられる)。しかし1990年の推計は,基準年次を1970年から1982年に改め,また多少サンプル品目の数を増やしただけで,基本的な枠組みは前者と同様である。推計改訂の理由は,主として,1970年以降の価格改定,すなわち1970年代の小規模な改定に続く1982年1月の大規模な工業製品価格改定,あるいは1970年代末からの数回にわたる農産物価格引き上げ等によって,1970年の価格が基準年次としてふさわしくなくなったためであって,推計方法の改定によるものではない(JEC,1990,p.2)。実際のところ,基準年次の変更に伴うウェイトのシフトは,ソ連の実質成長率を劇的に変えるにはいたらなかったといえよう(1970年価格による1951-60年の年間平均成長率は5.6%,1961-70年が5.2%,1971-80年が3.2%,1981-84年が2.4%であったのに対して,1982年価格では,それぞれ5.2%,4.9%,2.4%,2.0%となった(JEC,1990,p.8)。このように価格基準年をより新しく改めるとそれだけで成長率が低下するというのは,通常見られる現象であって,指数効果と呼ばれることもある。このような現象が起こる理由は,以下のとおりである。すなわち,一般に生産が急激に増加する商品の価格の上昇(下落)の程度は,他の商品にくらべて相対的に小さい(大きい)。したがって,より新しい価格基準を用いたときのこれらの商品のウェイトは,旧い価格基準を用いたときよりも小さくなる。その結果,全体としての成長率が相対的に小さくなるのである)。本稿では,主として方法論に関心を抱いているので,先に発表された,より説明の詳しい1982年報告書をもとに,そのGNP推計方法を説明していくこととする。やや先回りして1990年報告書における基準年次変更以外の主要な改正点を述べておくと,1982年報告書では,現行価格表示から要素費用表示への変換の際に方程式体系の中の未知数として求められた全部門均一収益率rが,1990年報告では先験的に12%とされたこと,工業,修理・個人日用,レクリエーションの各部門における成長指数の計算方法が,サンプルのアヴェイラビリティに基づいて若干変更されたこと等であろう。

    さて,CIAの長期GNP推計方法は,基本的に次の4ステップから成る。

    @現行価格(established prices)による基準年(1970年)のGNPの計算。GNPは,最終需要(つまり国民総支出)と付加価値発生部門(つまり国民総生産)の二つの側面から計測される。

    A現行価格GNPの調整要素費用価格(adjusted factor-cost prices)GNPへの転換。

    B各GNP構成要素の成長指数の計算。すなわち,最終需要別GNP構成要素,つまり,消費,投資等々,および発生部門別GNP構成要素,つまり,工業,農業等々の各部門の,基準年を100とする対象各年次(1950−80年)の成長指数の構成。

    C第Bステップで得た各構成要素の成長指数を,第Aステップで得た要素費用価格GNPのそれぞれのシェアでウェイトづけすることによって,各年の実質GNPを計算する。

    これを図示したのが,図A−1である。第@ステップは図の左上,第Aステップは左下,第Bステップは右上,第Cステップは右下にあたる。ステップ@,A,Bは,それぞれ本稿の第U,V,W章で具体的に説明される。ただし図A−1で示したのは,代表的なGNP構成要素(たとえば最終需要項目でいえば消費,あるいは発生部門項目でいえば工業)の計算方法について示したものであって,これ以外の方法によって計算されるGNP構成要素もあるのは,下に示すとおりである。以下本章では,これらの各ステップについて,前もって簡単に解説することとする。







 
1.CIAの推計方法


    (2)現行価格表示の1970年GNP

    まず最初に,ソ連経済を構成する4つの経済単位,すなわち家計,独立採算企業,予算機関,コルホーズのそれぞれについて,1970年における現行価格での収入と支出が計算され,それが二つの勘定,すなわち家計勘定と公共部門勘定の収支に集約される。この方法は,Bergson以来の,この分野における米国の知的伝統に従ったものである。家計勘定には,後述するように帰属計算が含まれている。また米国のそれと違って,ソ連の家計勘定は,農産物の現物消費と個人による投資(特に住宅建設)を明示的に含んでいる。家計以外の三経済単位は,まとめて公共部門とされる。データ不足のために,政府の最終支出と生産活動は区別されず,その結果公共部門支出には,政府行政支出とともに独立採算企業の投資も含まれることになる。一方公共部門収入には,独立採算企業やコルホーズに留保された利潤とともに,国家予算への租税支払が含まれることになる。米国のGNP勘定にはこのほかに外国貿易勘定が存在するが,ソ連の場合貿易は国家独占であり,公共部門と分離することができない。そのため外国貿易は,公共部門のネット・アイテムとして示されることになる。また同様に米国のGNP勘定には貯蓄・投資勘定があるが,ソ連の場合,企業投資を国家投資と分離することができないためにこの勘定も存在しない。

    家計勘定と公共部門勘定をもとに,最終需要別のGNPと付加価値発生部門別のGNPが計算される。両勘定に含まれる移転支払は,財とサービスに対する支払を示すものではないので,GNP計算の際には除かれる。それぞれのGNP構成カテゴリーは,表A−1に示されている。CIA推計では,まず最初に,より信頼性の高いと考えられる発生部門別データからGNP総額が計算され,そこから各最終需要要素が差し引かれ,その残余が表A−1,【最終需要】3.c.その他の支出,となる。

    最終需要面での,米国のGNPのカテゴリーとの違いは,次のようなものである。いくつかの消費サービス,たとえば金融サービス・不動産売買サービス等は,ソ連では存在しないか,あるいはそれに関するデータが全くない。また,大修理が投資に含められ,さらに家畜純増加が新規固定投資に含まれる。ソ連においては,政府の活動が広範囲にわたるため,その取り扱いが米国とは異なることとなる。つまり,政府の保健,教育,レクリエーションへの支出は,米国のように政府支出ではなく,消費支出として勘定され,また国家予算を使った政府の投資財の購入も,政府支出ではなく投資として取り扱われている。

    1970年に生産された付加価値は,その発生場所に応じて,各生産部門に配分される。これが発生部門別GNPである。部門分類は,ソ連の分類に従う。ソ連でいう工業は,米国でいう製造業のほか,鉱業,公益(utilities)部門を含むので注意が必要である。さらに,最終需要別,発生部門別のほか,基準年GNPウェイトの計算のために,所得種類別のGNPも推計される。

    このようにして,いわゆるNMP体系から,すべてのサービス生産の価値を含むSNA体系への変換が行われるが,さらに注意しなければならないのは,いわゆる第二経済の存在と,帰属計算である。第二経済は,通常,あらゆる種類の私的な生産活動と定義されるが,この種の活動の大半は,合法的なものである。これには,私的な農業生産,私的な住宅建設,医療・教育・レクリエーションに関する私的サービスの販売等が含まれる。CIA推計は,これらすべての活動をカバーしようと試みているが,当然のことながら推計漏れの可能性がある。こうした合法的な活動以外の第二経済として,たとえば密造酒の生産や国有財産の窃盗・販売等の非合法活動が挙げることができるが,米国での慣行と同様,こうした非合法活動はソ連のGNPには含まれない(ただしこれは,報告書(JEC,1982;1990)執筆当時のことであろう。少なくとも1993年SNAでは,当事者間に合意の存在する場合の不法行為は,合法的行為と同様に国民経済計算の勘定に記入されることが謳われている。現に,たとえば密輸品は,輸出あるいは輸入される財貨として処理される(欧州共同体委員会他,1995,pp.84,382))。

    ソ連当局の公式統計に含まれていないもう一つの部分が帰属計算であるが,CIA推計はこれについても考慮を払っている。主要な帰属計算は四種類ある。第一は,農業生産における現物消費と現物投資(家畜在庫純増加)であって,評価づけはそれぞれの種類の農産物の実現された販売価格,あるいは家畜の評価価格でなされている。第二は,軍隊への食料や衣類の現物支給で,これらはそれぞれの小売価格で評価されている。第三は持ち家の帰属家賃である。この場合には,国営住宅1平米あたりの平均家賃で計算されているが,この家賃は補助金を含むものであるので,国営住宅の場合と同様のゆがみがここでも生じることになる。第四は,住宅所有者による住宅建設で,所有者の労働は,同様の建設労働者の賃金によってインプリシットに評価される。







 
1.CIAの推計方法


    (3)要素費用価格表示の1970年GNP

    次に,(2)で推計された現行価格のGNPは,調整要素費用価格表示のGNPに変換される。というのは,実質成長率計算のウェイトとして用いるには,現行価格表示のGNPはあまりに歪みが大きいと考えられるからである。一般にソ連の価格は,通時的な生産ポテンシャルを測定したり,資源配分のパターンを研究したりするために必要とされる最適資源配分に関する理論的要請とはかけ離れていると考えられる。調整要素費用価格は,A.Bergsonによって提案されたものであって,生産可能性の成長の正確な測定にために必要な理論的基準,すなわち二つの生産物の価格は,それらの限界変換率に比例していなければならないとする要請をできるだけ満たそうとした仮想的な価格体系である。

    ソ連経済における価格が,財・サービスの相対的な希少性を反したものでないことは広く知られていた。価格体系の歪みをもたらすものとして第一に挙げられるのは,巨額の取引税の存在である。取引税は,主として消費財に課せられる間接税であるが,その賦課は表A−2に示したように非常に選択的である(また後掲の表B−6も参照のこと)。表A−2から明らかなとおり,取引税は,主として食品工業,軽工業,そして燃料工業から徴収されている。さらに同一部門によっても,品目によって差がある。たとえば,機械工業の取引税はほとんどが自動車(価格の53%が取引税),ラジオ(同15%)から集められる。また食品工業の中でも,魚,肉,乳製品,小麦粉,野菜,果物には課せられていないが,砂糖工業の総生産の30%,アルコール製造の56%は取引税である。

    一方,取引税と逆方向の流れとして補助金が挙げられる。補助金が最も多く与えられるのは,農産物に対してである。スターリン時代以降,農産物,特に肉と乳製品の調達価格が引き上げられる一方,小売価格が据え置かれた。この差額を補うために補助金が与えられたが,それは農産物の買い手である軽工業,食品工業へ与えられる形になっていた。補助金は次第に増加し,1975年には,両部門で200億ルーブルの補助金が与えられることになった。ここからわかるとおり,食品工業は多額の取引税をとられる一方,多額の補助金を得ていることになるが,これらが双方の効果を相殺しあっているわけではない。食品工業の中でも,砂糖,アルコールは,前述したようにそれぞれの生産額の30%,56%が取引税であるが,肉,乳製品は,それぞれ生産額の−48%,−22%が補助金である。したがって,砂糖,アルコールは人為的に高価格に,逆に肉,乳製品は人為的に低価格になっている。

    第三に,利潤は部門間であまりに不均一であり,生産に対する資本の貢献の,信頼できる指標と見なすことはできない。たとえば1967年の価格改革によって,石炭,石油,ガス,鉄鉱石,非鉄鉱石等の価格が大幅に引き上げられたためにこれらの部門の赤字が解消されるなど,企業利潤は人為的に設定される価格に依存するところが非常に大きい。また,サービス部門の多くは,国家予算によってファイナンスされるために,まったく利潤が存在しない。これらの部門では,資本ストックの使用に対していかなるコストも支払う必要がないから,その分だけコストや価格が過小評価されることになる。

    第四に,ソ連の財・サービスの価格は,その生産に使われた資源の相対的なコストを反映しないばかりか,その製品の価格が買い手によって異なることがある。この価格差別がどの程度の規模で行われているかは判然としないが,とりわけ燃料部門にその例が多い。

    さらに,よく知られている問題として,いわゆる「新製品」の導入に伴う不合理な価格設定の問題がある。この新製品価格に関する問題には二つあって,第一の問題は,従来の製品がほんのわずかの改変だけで新製品と認められ,国家価格委員会によって不当に高い価格を与えられるケースが多いことである。第二の問題は,次のようなことであった。つまり,本来であれば新製品導入の際の,研究開発コストを含んだ高価格は,その後次第に低下していくものと考えられるが,ソ連の場合には導入当初の高価格がその後もそのまま維持されるという問題である。前者は,名目だけの新製品を導入し,それに高い価格をつけて利潤を稼ごうとする省や企業の行動パターンに由来するものであり,後者は,計画作成と管理の容易さを追求する計画当局の姿勢に由来するものであって,いずれも計画経済に特有の現象と考えられる。

    Bergson(1961)は,こうした価格体系の欠陥のために現行価格をソ連の経済成長の研究に使うことはできないと考え,そのかわりに,調整要素費用価格基準を提案した。もし,GNPが生産ポテンシャルを計測するものであるとするなら,完全競争,要素市場において価格の歪みがないこと,すべての生産要素が完全に利用されることといった強い仮定が必要である。この場合には,経済は生産可能性フロンティア上にあると考えられる。彼は,ソ連経済はこの生産可能性フロンティア上にではなく,それに届かない実行可能ローカス上にあると考えた。生産可能性フロンティアと実行可能ローカスとの差は,さしあたり,計画経済による官僚的非効率,あるいは資源の誤配分によるものと考えられる。さらに彼は,この実行可能ローカスは,生産可能性フロンティアと大体において平行であると考えた。これらの仮定から出発してBergsonは,この実行可能ローカスによって示される生産ポテンシャルの成長を計測することのできる価格設定のルールを導出した。これが,彼の調整要素費用価格である。

    特に調整要素費用価格は,次の条件を満たさなければならない。

    @すべての製品価格は,第一次投入,すなわち土地,労働,資本に対するコストに帰着されなければならない。

    A部門ごとの賃金の違いは,労働生産性と労働者の不効用を反映している。

    B地代は,他の土地よりも生産性の高い土地および天然資源の使用に対して課せられる。

    C資本の費用は,減価償却引当と,平均的な資本の生産性に対応した利子率に基づく利子支払いとから成る。

    D財・サービスの価格は,一定の市場エリア内では均一である。

    以上のようにして決められた調整要素費用価格体系は,もとより生産ポテンシャルの尺度としては不完全であるし,これを実際に適用する場合には,さらに不完全性が増す。とはいえそれは,現行価格における主要な価格の歪みを取り除いているがゆえに,生産ポテンシャルと資源配分の変化の尺度としては現行価格よりもはるかに優れているというのが,Bergsonの考えであった。CIAは,こうしたBergsonの主張を受け入れ,さらに産業連関表を利用することによって分析に彫琢を加えた。現行価格から出発して,取引税と補助金の影響を取り除き,均一の利子率を想定した新しい価格体系を計算する具体的な手順は,本稿第V章で記述される。また,現行価格表示のGNPと要素費用表示のGNPとの比較も,第V章,特に表C−1に示されている。要素費用表示に変換することによって大きくシェアを減らすのは,最終需要別では消費財,逆に増大するのは消費サービスであり,発生部門別で減少するのは軽工業,食品工業であり,逆の増大するのは商業と住宅である。いずれの変化も,取引税・補助金の除去が主たる原因であると考えられる。このようにして得られた要素費用表示による1970年の各GNP構成要素のシェアが,長期にわたる実質GNPの成長を計測する際のウェイトとなる。







 
1.CIAの推計方法


    (4)GNP構成要素の成長指数

    ある年(t年)の名目GNP額をΣptqtとし,実質GNP額をΣp0qtとしよう。ここで,p,q,はそれぞれ価格,数量,また0年は,基準年を示す。実質GNP額を,基準年のGNP額との比で表した指数は,Σp0qt/Σp0q0と書けるが,これは基準年価格をウェイトとするラスバイレス型の数量指数であるから,実質値を求めることは,ラスパイレス型の数量指数を求めることと同値である。

    さて,実質GNPの計算方法には二種類ある。第一は,いわば間接法であって,各年の名目GNPを価格指数を使ってデフレートする方法である。つまり,

                     Σptqt 
       (1) Σptqt ÷ --------------- = Σpoqt
                     Σpoqt 

    である。ここでデフレータは,(1)式で見るように,比較年数量をウェイトとするパーシェ式の価格指数でなければならない。たとえば日本における実質GNPは,ここでいう第一の方法によって計算されており,項目別のデフレータを用いて計算された個別の実質値の集計となっている。したがってGNP全体のデフレータは,事後的に計算されたいわゆるインプリシット・デフレータになる。つまりインプリシット・デフレータは,

            名目GNP       Σptqt         Σptqt
       (2) ----------- = ------------------------- = ------------
            実質GNP    Σ(ptqt/(pt/po))     Σpoqt

    となるので,形式的には,名目GNPをパーシェ式価格指数を使ってデフレートしたことになる。しかし,ソ連については,この方法を使うために必要な名目GNP(Σptqt)や個別価格指数(pt/q0)に関する信頼できるデータが得られない。また,1975年の報告書(CIA,1975)を見ればわかるように,名目GNPを独自に推計するためには,膨大な量のエネルギーが必要である。CIAは1983年に,Soviet Gross National Product in Current Prices,1960-80 と題する報告書(CIA,1983)を公表したが,そこで推計されているのは,1970年以外に,わずかに1960年,1976年,1980年の値に過ぎない。したがってCIAは,第二の方法,すなわち,GNPの項目ごとにその生産量(qt)に基準時価格(p0)を掛けてその集計値(Σp0qt)を求めるという,いわば直接法をとることとなった。このラスパイレス型の数量指数は,

            Σpoqt        poqo      qt
       (3) ------------ = Σ ------------ ・ ------
            Σpoqo       Σpoqo     qo   

    と書けるから,生産量指数(pt/q0)を,基準年の金額をウェイト(p0q0/Σp0q0)として加重平均したことになる。より具体的にいえば,CIAが計算の際にウェイトとして用いたのは,最終需要別GNPの場合には1970年の項目別の支出額,発生部門別GNPの場合には,同年の部門別の付加価値生産額であった。

    実質GNPの推計にこのような方法をとることによって生じる方法論上の問題点として,CIAは次のような点を挙げている。まず第一は,基準年の問題である。一般的にいって,比較される年の相対価格が基準年のそれと大幅に異なっているのでは,実質化の意味が薄れる。特に基準年の相対価格如何では,前述した指数効果,あるいはガーシェンクロン効果として知られるような成長率の過大評価が容易に生じる。しかしCIAによれば,1970年以降1980年まで,ソ連の相対価格にそれほど大きな変動はなく,したがって1970年を基準年とすることに大きな問題はないという。また,1970年代末,あるいは1982年における公定価格の改定によって,1982年を基準年とする新たな推計がCIAによって行われたことは,既述のとおりである。

    第二の問題として,サンプル品目のレプリゼンタティブネスの問題がある。もしもGNPを計測する際に,すべての品目に関するデータが得られれば問題ない。この場合には,CIA(JEC,1982,pp.42-3)が指摘するように,上で述べた第一の間接法と第二の直接法で得られる実質GNP指数は一致するだろう。しかしながら,実際にすべての品目のデータを得ることは困難である。したがってGNP推計は,サンプル推計とならざるを得ない。この場合,第一の方法で得られる指数の信頼性は,サンプル品目から得られる価格指数の信頼性に,第二の方法の場合には数量サンプルのレプリゼンタティブネスに依存することになる。推計期間中に,多数の新製品が導入される一方多くの旧製品が消えていくという場合には,特に第一の方法が望ましいという議論もあるが,上で述べたように,信頼のできるデータの欠如という理由でこの方法はとられなかった。第二の方法をとるCIAの品目サンプルの多くはソ連公式統計であり,またその他のソ連人・外国人研究者の推計も参考にされている。しかしいずれにしろ,これらは,すべての品目を尽くすものでもないし,ランダム・サンプリングによるものでもない点に注意しなければならない。

    第三に,地域による生産コスト,あるいは生産量の違いの問題がある。たとえば,同一規模の学校をシベリアに建設する場合とウクライナに建設する場合を比較すると,前者のコストは後者をかなり上回ることであろう。もしもコストの増大が資源利用の真の相違を表すとすれば,これは価格上昇ではなく,生産量の増大を意味すると考えられる。理論的にいえば,地域別の加重平均生産指数が構成されるべきであろうが,CIA推計では,データ不足のためこのような試みはなされていない。

    第四に,季節による生産の違いも,上の問題とまったく同様の問題を提起する。たとえば,冬にモスクワ近郊の温室で育てられた野菜は,夏に戸外で育てられた同じ野菜よりも多くの資源を必要とするだろう。理論的には,この二つの野菜は別の生産物として考えられるべきであり,それらを考慮した指数が作られるべきであろう。これについても,調整がなされていない。

    第五に,上述の調整要素費用価格の条件の一つである,同一市場圏における一物一価の原則は,ソ連の場合,とりわけそのエネルギー価格について,しばしば破られる。たとえば,ある部門には特別割引価格が適用されたり,あるいは同一価格にもかかわらず高品質の製品を受け取るといった例が多い。

    第六に,品質変化の捕捉の問題がある。つまり,ある製品に価格上昇があった場合,そのどこまでが品質の向上によるものであり,またどこまでが単なるインフレによるものであるかという問題である。これは,指数の計測の際には常に生じる問題であって,この問題の解決のために,たとえば価格をいくつかの品質特性の合成として考える,いわゆるヘドニック指数の採用のようなさまざまな工夫がなされている。しかし一般に,品質変化を正確に数量化することは難しい。特にソ連の場合には,この問題を考慮するのは一層困難となる。というのは,まず第一に,外部から十分長期にわたって品質変化を観察することが,事実上不可能であったからである。さらに第二に,製品価格を引き上げる口実として,旧製品にわずかばかりの変化をつけ,それを新製品と呼ぶことが一般的であったという事実がある。このような問題は,前項で説明したように,一括して「新製品」問題といわれる。しかしそれでも,CIAの主張によれば,ソ連製品についても品質の向上はあったはずであり,したがって,特に物量生産データに依存する度合いが大きく,品質変化を考慮していない工業製品については,経済成長の過小評価の可能性が大きいという(CIA,1980)。

    第七に,多くの投資財が,単独の製品(ユニーク・プロダクト)として生産されるという問題がある。実際,ほとんどの建設プロジェクト,あるいは耐久生産財の三分の一もがユニーク・プロダクトとして生産されるため,これらの製品についての真のコストは明確ではない。このためCIAは,建設の数量指数として,生産指数ではなく原材料投入指数を用いている。一方耐久生産財の生産指数については,いわゆる比較価格表示の公式統計データがそのまま使用されている。このためこの部分の推計については,成長の過大評価の可能性があるが,データ不足のために別の方法をとることはできなかったと説明されている(JEC,1982,p.44)。

    第八に,特に付加価値発生部門別GNP指数の計測に関わる問題がある。本来であれば,この指数を構成する際の数量指標(qt)として,当然,部門別の付加価値が採用されるべきであろう。しかし,付加価値をいわゆる不変価格で直接計測することはできない。その構成項目である減価償却,利潤,社会保険の変化を,価格変化と数量変化に分離することはできないからである。そのために,間接的に実質付加価値を求める工夫として,産出と投入を個別に実質化してその差を求める,いわゆるダブル・デフレーション法が開発されている。

    しかし,もしも投入と算出のデータに何らかの誤差がある場合,ダブル・デフレーションで求めた付加価値の誤差は投入・産出の誤差の平均ではなく,その総和となる。したがって実質付加価値指数の誤差は,投入・産出指数の不確実性が増大するにしたがって急速に大きくなる。このため,投入と産出に関するデータが完全である場合にダブル・デフレーションを用いることはかまわないが,そうでない場合にはむしろ,産出データのみを用いるほうが望ましい。事実CIAも,農業の場合に限ってダブル・デフレーションを利用し,その他の大半の非サービス部門の場合には産出(総生産)データを付加価値推計の際の数量指標としている。また若干のサービス部門の場合にも産出指標が用いられるが,多くの場合,マン・アワーで計測された投入労働量が実質付加価値の代理指標として用いられる。また建設部門については,実質原材料投入指数が使われることは,上述のとおりである。

    CIAがその報告書の中で指摘しているのは以上の点であるが,その他にも次のような問題点があると思われる。まず第一に,ソ連公式統計の,時代による信頼性の変化の問題である。CIAは,基本的に公式統計の物量データに全幅の信頼を置き,できるだけ価値データに依存しないように配慮している。しかし,価値データはもとより,物量データについても虚偽報告の可能性があるし,その程度が時代によって変化している可能性がある。これについては,たとえばA.Nove(1986,p.352)がいうように,虚偽の程度は時代を通じて一定であると仮定するのが通例であるし,CIAも暗黙のうちにそれに従っているが,A.Aslund(1990,pp.19-20)やG.Khanin(1991,pp.14-28)のように,それが時代を通じて変化しているとする立場からCIAの成長率推計を批判することも可能である。

     第二に,もしもこのように公式統計の信頼性が疑問視されるとするなら,必ずしも国民経済計算の枠組みを使って精密に実質成長率を計算しようとするよりも,確実にGNP成長と密接に関連していると思われる信頼のできる代理指標を用いて成長率を計測したほうが望ましいといえるかもしれない。古くはF.Seton(1960),最近ではG.Khanin(1991)の推計方法のいくつかはそれであって,たとえばKhaninは,ソ連の工業生産を求める際,ソ連統計の中では信頼性の高いと思われる電力消費データに,米国の電力消費の工業生産に対する弾力性値を掛けて推計を行っている(Khanin,1991,pp.124-6)。CIAは,自己の推計の信頼性をチェックするために,さまざまなテストを行っているが(JEC,1982,pp.23-6),このようにして得られる推計値との比較を行うことも有効であると考えられる。







 


    2.論   争



    CIAの方法論の個別的な説明に入る前に,先に述べたCIA推計をめぐる論争の全体像を,ごく簡単に紹介しておくこととしよう。本稿はじめに,において,CIA推計に対する批判は,1980年代後半に活発化したと記したが,実は,既に1980年代前半に,特にA.Nove,P.Wiles,P.Hansonといった英国の専門家から,CIAの資本・投資関係の推計がソ連公式統計の価値データに全面的に依存していることに対して,強い批判が生じている。彼らは,主としてソ連の経済学者の多くの論文を足がかりに,固定資本,投資に相当のインフレ傾向があること,公式統計はそれをまったく捕捉していないこと,したがって公式統計に依拠するCIA統計は固定資本と投資を過大評価していることを主張した。たとえばA.Noveは1983年に公表された論文で,当時はまだ無名であったG.Khaninに言及しながら(Nove,1990,pp.278-81),CIA推計(JEC,1982)を批判した。これに対して米国側からは,報告書第T部の執筆責任者であるJ.S.Pitzerばかりか,大御所のA.Bergson(1987)なども出馬して,CIA推計の擁護に努めた。この論争は,80年代後半に入っても続いたが,決着を見ることなく終わったといえるだろう(この論争については,栖原(1994),またそこで示されている諸論文,およびKontorovich(1989)を参照)。

    ソ連国内でも,前述したとおり80年代後半のグラスノスチの時代に入って,公式統計以外にいくつもの独自推計が現れたが,結局最も優れた推計として残るのは,G.Khaninのそれである(Khanin推計については,栖原(1995),およびそこで示されている諸論文を参照)。Khaninは,公式統計における経済成長率の過大評価を暴き,それが実際には公式統計よりもはるかに小さいものであることを強く主張して有名になった。彼はまた,CIA推計に対しても同様に批判的であるが,その最も強い批判点は,CIA推計が,相当程度公式統計の価値データに依存しているという点にある(Khanin,1993,pp.94-127)。西側における同じ立場からのCIA推計批判としては,たとえばA.Aslund(1989)を挙げることができる。さらにAslundは,資本・投資論争における英国側の立場を支持し,ソ連においては原材料投入の総生産に対する比率は増大しており,それを一定と仮定するような方法は誤りであるとして,総生産,あるいは原材料投入を付加価値の代理指標とするCIAの推計方法を批判する。またR.E.Ericson(1990)も同様に,ソ連の新たな推計をもとに,西側の推計を再検討すべきであると主張している。

    これに対して,逆にCIAの方法は,経済成長の過小評価を生み出すという主張が,M.Boretsky(1987,1990)によってなされた。彼の主張の基礎となっているのは,CIAのように,物量指数あるいは雇用量を生産された付加価値の代理指標として用いると,労働生産性の向上,あるいは品質の改善を無視することになり,結局成長を過度に低く見積もることになるということであった。M.A.Prell(1987,1990)も同様の理由で,特にサービス部門に関するCIA推計が過小評価であることを主張する。

    このような,過大評価,過小評価の両側面からの批判に対してCIAは,簡単にいえば,確かに過大評価の可能性は存在するものの,これも存在すると思われる過小評価の可能性と相殺されるから,全体としての推計数字に大幅な改正の必要はないというものであった(CIA,1988a;1988b;J.S.Pitzer,1990等)。CIAの1990年報告書は,こうした批判に対するCIAの具体的な解答とも考えられるべきものである。しかし最近の,S.RosefieldとR.W.PfoutsによるCIAの調整要素費用価格に対する批判(Rosefield and Pfoouts,1995)のように,CIA推計に関する論争は現在も続いているといってよいだろう。こうしたCIA推計をめぐる論争の詳しい紹介とそれに対する筆者の考え方は,稿を改めて述べることとしよう。