アジアの株式市場の成長と機関投資家の役割(2)

− シンガポール・マレーシア・タイのケース −



丸  淳子




3.証券市場の整備

アジアへの投資増加は当然、アジアの経済ファンダメンタルズを重視した結果である。海外機関投資家の多く、とくに、欧米系は株式をそのファンダメンタルズによって購入していることが実感される。また、株価動向は海外機関投資家の動きと対応している。しかし、投資家のもう一つの関心は株式を購入するためのその他の条件である。たとえば、ファンダメンタルを重要視するということは、それを判断する情報が必要であり、リサーチが重要視される。また、株式は、実際に市場で迅速に売買されるかという流動性および売買後の確実な決済・受渡が重要視される。証券取引システムの改革、証券ブローカーの育成、流動性の創出が海外投資家誘導のカギとなる。

株式市場の拡大は株式市場の制度の整備をともなった。アジア各国では経済成長のさらなる発展において市場メカニズムを利用したシステムの構築をめざした。その目玉が株式市場の育成である。政策当局の強い姿勢は株式市場の改革をスピードアップさせた。改革の第一は市場のハード面の整備であるが、取引所のコンピューター化は各国が自己開発するのではなく、海外のシステム・パッケージを購入することにより迅速に進展した。表3は3カ国の市場整備の概要である。1980年代後半から1990年代前半にかけて、取引の自動化、受渡・決済システムの整備など日本を上回るシステムが完成しているし、電子取引への整備も進んでいる。

アジア各国の株式市場の整備はそのスピードが速いことが大きな特徴である。その理由は株式市場の発展・整備が政策当局の意向で進められていること、当局の意向の実施がトップ・ダウン方式で迅速であること、株式市場のコンピューター化は海外の既存の技術の活用が比較的廉価であること、たとえば、システムのパッケージを購入すること、海外で教育をうけた人材が多いこと、などがあげられる。さらに海外の投資家や証券ブローカーの影響が大きい。


4.海外機関投資家の影響

(1)直接的影響:証券市場のプレーヤー

海外機関投資家の投資戦略はグローバルな分散投資である。限られた資金の効率的運用ためにかなり積極的に行う。ここで重要なのがファンダメンタルズである。アジアへの欧米機関投資家の積極的投資はアジアの経済成長力を買ったからである。アジア国内の投資家が個人投資家偏重であり、国内機関投資家が必ずしも機関投資家としての充分な機能を発揮していないということは、株価がファンダメンタルズを反映しにくい状況を作り出している。海外機関投資家の増加は証券市場のプレーヤーとして株価形成にプラスの影響をあたえると考えられよう。

海外投資家の増加は海外資金の流入であり、歓迎すべきものであるが、度を超すとマイナスの面があるので、警戒されている。1つは海外資金の流入は気まぐれであるという指摘がある。海外機関投資家は自己の資金の利益追求のため、資金を頻繁にシフトさせるから、規模の大きくないアジアの株式市場はこのシフトのために株価変動が激しくなることが予想される。もう1つは海外投資家の投資増加は国内企業の支配権が海外にシフトしてしまうという懸念である。このため、制約の少ないシンガポールでも一部の企業については海外投資家に対して、保有制限が設けられている。マレーシアでは30%、タイでは49%以下という保有制限があり、両国とも、企業によりこの水準以下の制限も可能となっている。海外投資家が保有制限に達すると、株式取引は外国人専用フロアで売買され、多くはプレミアムがついている。すなわち、海外投資制限は有効であるということである。


(2)間接的影響:証券ブローカーの成長

海外機関投資家はファンダメンタルズ重視から、情報収集・分析を自ら行うばかりでなく、証券ブローカーを選択するときにも売買の執行力とともにリサーチ力を評価している。証券市場が発展途上にあるアジアでは、ローカル証券ブローカーは規模が小さく、リサーチ力も低かった。海外投資家の進出はローカルの証券ブローカーに大きな影響をあたえてきた。海外投資家のリサーチ要請には情報収集・分析経験豊富な海外証券ブローカーが応じることが多かった。しかし、海外機関投資家のローカル市場参入には制限があり、マレーシアとタイでは、株式保有制限から海外証券ブローカーの取引所会員取得は不可能である。また、シンガポールではインターナショナル会員として7社(内4社が日本)が取引所に参加している。

表4はシンガポール・マレーシア・タイの株式市場での証券ブローカーのリサーチ力と売買執行力についてのアンケートに対する海外機関投資家の評価をしめしたものである。この手のアンケート調査はいろいろ行われているが、大きな特徴はランキングの上位は欧米の証券ブローカーに占領されているということである。ちなみに、シンガポールでは日本の大手4社が取引所会員として進出しているにもかかわらず、日本の証券ブローカーはランキング上位に顔を出していない。海外証券ブローカーはリサーチ力にまさり、大口投資家の要望にマッチしたので、取引の執行はローカル証券ブローカーを通すことによって証券業務を行うことが多くなった。この過程で、ローカル証券ブローカーの成長が進み、大手証券ブローカーの中にはリサーチ部門を拡充させるようになった。証券ブローカーの成長・成熟は株式市場の情報生産や取引の効率性をもたらす。これは株式市場の価格形成をより好ましくするであろう。


5.おわりに

アジア各国の証券市場において、海外機関投資家の進出は海外投資家にとってはグローバル戦略の投資可能フロンティアを拡大させるから歓迎される。他方、ローカル市場からみると、海外機関投資家の影響はプラス効果ばかりではなくマイナスの効果もあろう。ただし、現段階では、アジアの経済が順調に成長していることもあり、急激な資金シフトは生じていないので、比較的マイナスの影響が表面化されていないと考えられる。逆に、株式市場の急速な発展におけるシステムのハード面以上にソフト面での海外投資家の影響は非常に大きかったと考えられる。海外機関投資家の参入は株式市場の量的拡大とともに質的拡充をもたらしたのである。海外機関投資家のファンダメンタルズを重視するグローバル投資戦略は株式市場の株価形成を効率的にしたであろう。海外機関投資家の増加は証券ブローカー業を拡大させたが、海外機関投資家の要望に的確に対応できたのは海外証券ブローカーであった。かれらは豊富な経験と情報力を駆使して、ローカル証券ブローカーの非力をカバーしてきた。この過程でローカル証券ブローカーは着実に力を付けてきた。しかし、これは海外機関投資家や海外証券ブローカーの市場参加に制限を設けてきた結果でもあった。機関投資家の参入制限や証券ブローカー参入制限は海外からの急速な進出を緩和させ、国内証券業務の育成・成長に導いてきたのである。しかし、国内市場の拡大とともに海外からの証券市場の自由化要請が強くなるとき、国内の機関投資家や証券ブローカーの国際競争力が問われるであろう。

最後にわが国の機関投資家や証券ブローカーがアジア市場でどのような行動しているのかをみておこう。図5Foreign Equity Investment in Singapore1987-1994, Department of Statistics Singapore によるシンガポールへのポートフォリオとしての株式投資の動向を示したものである(2)。香港は近隣国としてのシンガポールに1980年代からかなり投資していた。欧米投資家は1980年代後半からシンガポールへの株式投資を増加させた。また、1993年の株価急騰時前から投資が増加している。他方、日本のシンガポール投資は1993年のピーク時の急増が特徴である。さらに、ピーク後の欧米投資と日本の投資も対称的で、前者は減少していないが後者は急減している。つまり、日本のアジア投資は1993年の株価急騰に乗じた一過性のものであり、グローバルの見地からアジア投資を行っていたとは考えにくい。

前述したように、アジアの各証券市場における日本の証券ブローカーは上位にランキングされていない。シンガポールでは7つのインターナショナール会員権のうち4つは日本の大手4社が獲得している。1992年にシンガポール証券取引所(SES)が日本に過半数の会員権を認可したのは、わが国の年金等の膨大な資金がグローバル投資の一環としてアジアに流入するとの期待からであった。日本の機関投資家は日本の証券ブローカーを利用するという日本的慣習をも考慮したのである。しかし、SESの目論見は1993年以外は完全に期待外れであった。日本からの資金も少なく、4大証券会社の現地法人はシンガポールのブローカー業務でも苦戦を強いられている。

シガポールに資金運用のために進出している機関投資家の多くは、ただし、数は多くないが、証券ブローカーとして日本の証券会社はワン・オブ・ゼムであり、リサーチ力や執行力に勝る海外証券ブローカーがあれば躊躇なくそちらを選択している。日本国内の系列や慣習を踏襲していては、パフォーマンスを高められないからである。


参考文献

丸淳子「機関投資家の機能」『証券経済研究』第6号、日本証券経済研究所、1997年3月.

丸淳子「国営企業の民営化と株式市場への影響ーシンガポール・マレーシア・タイのケース」『武蔵大学論集』第45巻第1号、1997年6月.

丸淳子「投資信託の経済的機能再考ー香港・シンガポール・マレーシア・タイの投資信託の比較からー」『証券経済研究』第8号、日本証券経済研究所、1997年7月.

(まる・じゅんこ 武蔵大学経済学部教授)






 





2)株式投資は取引所上場株ばかりではないが、上場株式投資のおおよその動向は推察できよう。