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オピニオン

●「ストックホルム便り(4)」2009年9月24日

 スウェーデンの公的年金制度について調べたので簡単にレポートしておきます。現行のスウェーデンの年金制度は1999年にスタートしています。それまでは現行のアメリカや日本の年金制度と似たような制度だったものを、このまま旧制度を続けていくと、早晩、制度的に破綻するという危機意識から、政治家が中心になって年金改革に着手したということです。日本でも多くの専門家がスウェーデンの年金制度については解説をされているので、ここでは制度の説明は簡単にして、昨年の金融危機以来、問題になっている年金給付の切り下げ問題について報告します。

 スウェーデンの公的年金制度は職業や年齢にかかわりなく一定水準以上の所得がある人は保険料の負担が義務付けられています。これには法的強制力があり、納めない人は脱税と同じ犯罪とみなされます。徴収主体は税務当局であり、スウェーデン社会保険庁は直接徴収には関与していません。

 保険料は所得に保険料率をかけて計算しますが、計算に使用する保険料率は18.5%に固定されていて、自営業者は保険料の全額を自己負担し、会社員など被用者は事業主が負担します。18.5%のうち16%が賦課方式年金(inkomstpension)に行き、2.5%が積立方式年金(premium pension)に回ります。賦課方式部分は年金財政状況に応じて給付を行う「自動財政均衡メカニズム」が適用されています。

 スウェーデンの公的年金制度には、所得比例年金だけでなく財源を全額税金とする最低保証年金があります。最低保証年金とは、所得が一定水準に満たないなどの理由で保険料を負担していない人も一定額の年金を受給できるように年金の財源を全額税金としています。しかし、これは日本の基礎年金とは別で、年金制度は基本的に所得比例年金であり、所得が低い人に限り、また所得が不足している分に応じて最低保証年金を補填するという考え方です。言うまでもありまんが、この最低保証年金によって、老後の生活保障というセーフティーネットが張られていることになります。最低保証年金は、スウェーデンあるいはEUの居住年数が40年以上であれば満額受給できますが、スウェーデンの居住期間が3年あれば受給資格を満たすことができ、居住年数に応じて最低保証年金額が計算されます。

 もう一つ日本と違うのは、保険料を財源とする所得比例年金には受給資格を満たすための最低加入期間がないということです。現在の日本では加入が一定期間に満たない場合は支給されないことになっています。これでは年金加入者が減少するのも無理はないでしょう。スウェーデンでは、一回でも保険料を払えば、自分で貯蓄するより高い利回りで資金が回り、年金を得られるという制度になっており、年金に掛けたお金が無駄になるということはありません。年金の支給開始年齢は所得比例年金も最低保証年金も原則65歳ですが、日本の公的年金制度と同様に70歳まで支給を繰り下げることができます。所得比例年金は61歳から繰り上げて受給することもできますが、最低保証年金は支給開始年齢を繰り上げることはできません。

 年金の支給額は、所得比例年金の場合、平均賃金、退職時の年齢集団の平均余命と将来の平均賃金の上昇から予想された基準を用いて決定します。最低保証年金は、物価基準額の何倍の所得比例年金を受給することができるか、そしてスウェーデンの居住年数が何年間であるかをベースに計算します。計算式は、年金の受給者が単身者なのか夫婦なのかで異なり、また、一定水準以上の所得比例年金を受給できる人には最低保証年金は支給されません。これによって、高額所得者は税金から補填された年金は受けずに、自ら払った保険料で賄われた年金を受給するという極めて常識的な制度になっています。日本で民主党が主張しているような基礎年金を全額税方式で賄うという制度では、高所得者も低所得者もともに、税金によって賄われた年金を受けることになり、本来削減できる年金給付にまで税金が使われることになります。もちろん高所得者は消費額も大きいので税金も多く払っているという議論はできるでしょうが。

 所得が低い人に払われる年金額は、最低保証年金と自己負担分の所得比例年金を合わせてもそれほど高くはありません(月額14万円程度。最低保証年金だけであれば月10万円程度)。しかし年金受給者に対しては住宅補助(housing allowance)が出ており(最大住宅費支出93%まで補助)、これが高齢者の生活を支えているようです。ちなにみ、住宅費に関連して、家賃制限がかけられており、家賃は勝手に決められない仕組みになっています。住宅費については自己申告制でこれを、地方政府が所得・資産査定して(means tested)、補助額を決めているようです。

 現在問題になっているのは、年金給付額が経済危機によって、賦課方式年金の部分で債務超過になり、制度設計に従えば、給付額を切り下げなければならない状況に陥っているということです。制度設計通り切り下げると−4.5%の給付カットになるそうですが、来年選挙を控えた政治家たちは、これに反対して、制度設計を今年度の債権債務バランスから給付額を計算するのではなく、過去3年間の平均バランスから給付額を計算する方式にして切り下げ額を-3%に抑えようとしています。日本ではこの春先にかけて、スウェーデンの年金制度が危機的状況にあると報道されましたが(朝日新聞、「政策ウォッチ」、2009年2月24日)、その実情は、給付額をとりあえず来年1年間に限り4.5%引き下げるか、来年度以後3年間に渡って1−3%程度切り下げるかといったことであって、これをどうして年金制度の危機と呼んだのか理解できませんが(経済危機で10万円の年金が9万5千500円に一時的に削られることが退職者にとって危機的な状況を生じさせるとは誰も思っていない、とこちらの専門家は言っています)報道がスウェーデンの年金方式に関して間違った印象を与えたことは否めませんので、ここで正しておきたいと思います。

 こちらの専門家に聞くと、全ての人が現行の制度設計通り調整をした方がいいし、景気回復の効果も早く出るという意見であり、政治的な妥協には反対だということでした。しかし、現在、行われている国会では3年間の平均による調整方式にシフトするという議案が可決される予定だそうです。この修正法案は、景気回復後、再びもともとの制度設計に戻すのかどうかは決めていませんが、年金制度全体から見ればきわめて小さな修正だということであり、スウェーデンの年金制度の危機などでは決してないことを強調しておきたいと思います。

北村行伸@ストックホルム

 

将来の年金受給者(左)と水辺で遊ぶ子供たち(右)  stockholm4-1  stockholm4-2