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オピニオン

●「ストックホルム便り(3)」2009年9月23日

 今日はストックホルムの日常生活でいろいろと気づいた点について書いてみます。

 (1)人種差別、性差別が驚くほど少ない

 フィンランドは日本と似ており、社会がかなり閉鎖的で、外国人労働者もかなり限定的であり、差別がないというより、差別をするほど国が開かれていないという印象でしたが、スウェーデンは外国人労働者や国際的政治難民も多く受け入れており、また国際的養子縁組も沢山行っていて、しかも積極的に人種差別、性差別をしないように働きかけているように感じられます。社会的な不平等感が無いのはフィンランドですが、スウェーデンにはある程度の所得格差は認められているものの、人種的、性的差別はタブーになっているような印象をうけました。地下鉄に乗っていても、人種的にはかなり混ざっており、ニューヨークやロンドン、パリにいるのとほぼ変わりない印象を受けますが、ニューヨークやロンドン、パリでは当然のように感じられる人種差別的な雰囲気がここストックホルムでは全く感じられません。日常会話の中でも差別的な発言はほとんど聞かれないことからも、これは一種の国是、あるいはタブーの領域にあるのではないかと思いました。

 職場における女性の比重はかなり高く、警官や交通機関の運転手も女性が多いです。大学のスタッフにも多くの女性が含まれていますし、社会保険庁長官などの要職も現在は女性が占めています。国会議員の半数(正確には47.3%、2006年11月時点)は女性だそうです。また、国王は、男子の子供がいるにも関わらず長女を跡継ぎとして指名することを決めて、それを認めるための憲法改正までしたそうです。

 今回、私のスウェーデン滞在中の受け入れを準備してくれたStefan Folster氏の祖父母はグンナー・ミュルダールとアルバ・ミュルダールで、グンナーはノーベル経済学賞をアルバはノーベル平和賞を受賞した、いわばスウェーデンの良心のような存在ですが、ノーベル賞記念館でもこのスウェーデンの誇るべき夫妻に関する記述はごく限られたもので、絵葉書などはおいてありません(アインシュタインやタゴール、ヘミングウェーなどはあるのですが)。Stefanによれば、これはスウェーデンの悪平等の表れで、決して国家的な英雄は作らせないという、一種の嫉妬心の反映でもあるということでした。確かにそういう面もあることは報告しておいた方がいいでしょう。

 (2)トイレは男女共用です

 びっくりするのは、デパートやレストラン、学校などではトイレは男女共用です。家庭では特に男女別のトイレがあるわけではないので不思議ではないのかもしれませんが、公共の場のトイレが同じというのは、フィンランドでもありませんでした。実際には、男女別のトイレを作るよりは、一箇所にまとめて、トイレの中に個室領域を大きめにとって、中に洗面台や化粧スペースをつける方が、より個人的に快適な空間が確保できるという発想なのでしょう。しかし、公共の場のトイレは有料のことが多く、不特定多数の人がモラルハザードを発揮して汚く使うことを阻止しつつ、有料化することで掃除人を常に雇っておけるのでいつも清潔に保たれているということのようです。先ほどの性差別がないと言ったことには、女性の社会進出だけではなく、こういったところにも反映されているのです。

(3)社会的な平穏さ

 フィンランドでもスウェーデンでも人びとの表情が穏やかだと思います。言語も比較的抑揚のない穏やかな発音をするせいもあるかもしれませんが、街角でいらいらしてどなっている人も見かけませんし、親が子供に接する態度もすごく落ち着いています。日本のスーパーに買い物に行くと、母親が大声で子供をしかる光景をよく見かけますが、こちらでは全くといっていいほど、親が子供を怒鳴りちらすような光景には出会いませんでした。

 世界的に見れば日本人も穏やかな方でしょう。世界のホテルマンが選んだ好ましい観光客ナンバー1は日本人、最低がフランス人という結果が出て、この夏はフランスのメディアを賑わせていましたが、確かに、海外に出たときの日本人は静かな方だと思います。しかし、国内ではバブル崩壊後、ささくれ立った気持ちからか、駅員に暴言をはくサラリーマンをたびたび見かけますし、子供のための教育かもしれませんが、内容の無い試験問題の答えを子供に反復させ、間違うとヒステリックな怒鳴り声を発する母親を受験シーズの電車の中で見かけることもあります。もちろん繁華街の酔っ払いには閉口します。

 スウェーデン国内全体を隈なく見て歩いたわけではないので、確定的なことは言えませんが、かなり成熟した大人の社会でありながら、子供も多く、それでいて穏やかなところに好印象を受けました。また、これを可能にしているのは、仕事と家庭のバランスが良く取れているということなのでしょう。日本人から見れば、男性が半年から1年間、育児休暇をとるということはまだ考えられないかもしれませんが、それが社会的に常識になっているということを今回の滞在中強く印象づけられました。

(5)ストックホルムの中の日本

 ストックホルムで驚くのはすし屋の多さです。東京でもこんなにすし屋を街の各コーナーで見かけることは無いので、これは驚きです。こちらに来た当初(2−3日)は、ストックホルムよりヘルシンキの方が日本文化を受け入れているのかと思いましたが、その考えは全くの間違いでした。箸を使ってすしを食べること、緑茶を飲むことがストックホルムでは日常的な光景になっており、みんな実に上手に箸を使いますし、すしの「うまい、まずい」の区別もアメリカ人やイギリス人よりよほど出来ているように思いました。おそらくスウェーデン人はサーモン、エビ、魚卵類などを食べてきた経験があり、すしに違和感はないのだと思いますし、魚の鮮度の良し悪しも知っているのだと思います。

 また、街の中を歩き回ると、和紙を専門に売っている店や日本茶の店、日本製の陶器や民芸品の店、日本のアニメや漫画の店、漫画のキャラクターのコスプレ用品店など様々な店があります。アーレンスという大きなデパートには「無印良品」が入っており、日本の商品や文化については広く受け入れられているように思いました。TVでも北野武監督の映画や日本版ホラー映画などが放送されており、政治経済ニュースだけではなく、ルーシー・ブラックマンさんの殺人事件のドキュメンタリー、日中戦争のドキュメンタリーなども放送されていました。

 振り返って、日本におけるスウェーデンを感じるところといえば、IKEAやH&M、あるいはコスタボーダのガラス器、あるいは赤坂のレストラン・ストックホルムぐらいでしょうか。スウェーデンの年金制度の関心を払う人はいますが、スウェーデンの社会文化生活に関しての情報は日本ではほとんど知ることができません。この情報の非対称性は、日本人がアメリカに関してはよく知っているのに対して、平均的なアメリカ人は日本に関してまったく無関心という状況に似ているのかもしれません。今回の滞在で、北欧に関しては私が個人的に関心を持っただけではなく、他の人にも関心を持ってもらいたく思いましたし、そのためにはある程度の広報活動も買って出ようかと思っています。

(6)物価

 ストックホルムに来る前の予想では、生活費は日本よりはるかに高いだろうというものでした。しかし、実際に日常生活してみると、実感としては、ユーロ圏よりは安く、日本円と比べても安めです。これはスウェーデン政府・中央銀行がスウェーデン・クローネを低めに誘導しており、為替レートで変換すると物価が安く感じられるということもあると思います。

 しかし、日本で買えるようなものの値段が比較して安いというだけではなく、全体の価格の適切性というものが感じられます。例えば、ストックホルムで最高級のレストランでの食事でも、一人当たり1万円を超えることはまずありません。ロンドンやニューヨーク、パリ、ミラノ、日本であれば、5万円を超える店だってざらにあります。デパートで売っている衣料品の価格もそれほど高くはなく、アンティックショップの骨董品や絵画も、実に的確な値段がついているという印象です。

 これは、一つには会社が接待でレストランを使うというような文化がないということなのかもしれません。社員が5時に帰宅してしまっては、夜の接待など出来るはずも無く、また、ビジネスと家庭生活を分離しなければ、ワークライフバランスなど達成できるはずもないですね。サラリーマンの平均月収は約24000クローネ(336000円程度)だそうですから、これから税金社会保障費を50%近く引かれると、手取りは16万円ぐらいになり、それほど贅沢なことはできないし、ましてや長い夏休みのためにある程度貯金をしておくとなると、日常的に支出できる金額は少ないというのが実情なのでしょう。

 スウェーデンで感じるこの適切性、常識、穏当さというものが、すごく心地よく思われます。以前の日本にはこのような基準があったと思うのですが、バブル経済以後たがが外れたように、非常識な価値観が蔓延して、いかがわしい人たちがセレブとしてもてはやされ、物事の軽重を判断できなくなってしまった状況から、スウェーデンを見るときわめて健全な社会に見えます。日本社会ももう一度、大人の常識、穏当さを取り戻して、控えめでありながら、物事を深く考えて行動するようになってもらいたいと切実に思いました。

(7)ストックホルムに来てから行ったコンサートについての報告

@チャイコフスキー作曲オペラ「スペードの女王」王立オペラ座、2009年9月7日午後7時半開幕。指揮Christian Badea

これはクラシックな演出で、歌手もなかなか上手で、聴き応えがありました。スウェーデンのオペラの水準の高さを感じさせてくれるものでした。

Aヨハン・シベリウス「バイオリンコンチェルト D minor Ops 47」, グスタフ・マーラー「l交響曲1番」王立交響楽団、2009年9月10日午後7時半開演。指揮Sakari Oramo、バイオリン独奏Lisa Batiashvill

このコンサートにはスウェーデン国王および王妃が出席されていました。国王が入場すると同時に誰からともなく起立をして、国歌の合唱が始まり、国王と国民関係はかなり良好なことが感じ取られました。演奏はフィンランドで聴いたのと、同じシベリウスのバイオリンコンチェルトで、演奏したのは若手女性バイオリニストで、ストラディバリウスのバイオリンを見事に弾きこなして喝采をあびていました。マーラーの1番も力の入った演奏でした。今シーズン初めの演奏であり、どうも指揮者も初登場らしく、また国王の前でということもあり、力が入っていたようです。

北村行伸@ストックホルム

 

ガムラスタン遠景(左)と地下鉄エステルマルム駅構内のアルバ・ミュールダールの壁画(右)  stockholm3-1  stockholm3-2
スカンセンでの結婚式(左)とエステルマルム市場の魚屋さん(右)  stockholm3-3  stockholm3-4