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オピニオン

●「ヘルシンキ便り(5)」2009年7月28日

 ヘルシンキを歩いていて感じるのは、所得格差や階級のようなものがほとんど無いということです。レストランでもデパートでも、どのような店に行っても階級差のようなものは無いように思います。すごく高級なものだけを売っている店も、ロンドンやミラノでよく見かけるいかにも上流階級然としたマダムもまだ見かけたことがありません。またホームレスや物乞いをする人もほとんど(多少居ることは否定しませんが)見かけません。

 日本で言えば三越のようなデパートに相当するStockmannというデパートでも、食料品や日用雑貨に関して言えば、街角のスーパーマーケットで売っているものとメーカーも品質も値段もほとんどかわりません。あえて言えば、多少輸入品のヴァラエティが多いということぐらいでしょうか。

 いつものように不思議に思ったので、多少、歴史を遡って調べてみました。これまで北欧4国を似たような国として扱ってきましたが、歴史的にはフィンランドとそれ以外の北欧3国(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー)とは大きく違います。すなわち、フィンランドの歴史は紀元前500年頃にフィン語族がウラル地方からバルト沿岸にやってきて、先住民族のサーミ人を北方に追いやりフィンランド南部に定住したことに始まるとされますが、次ぎに歴史に登場するのは1155年にスウェーデン王が十字軍遠征に際して、フィンランドの異教徒にキリスト教を広めたという話になります。他の北欧3国は9世紀頃から王制を敷いて激しく戦い、その中から16世紀頃には、スウェーデンとデンマークが中央集権的な封建体制を整えていき、ノルウェーとフィンランドの支配権を巡って抗争を続けたということで、その歴史は結構複雑なものです。

 フィンランドに関して言えば、1155年から650年間スウェーデン王の領土であり、ナポレオン戦争時にロシアとの戦いに敗れたスウェーデンは、フィンランドをロシアに割譲し、ロシアの領土になり、その後100年間はロシア領となりました。ようやく、1917年のロシア革命の際に独立をはたし、第二次世界戦後は一種の財閥解体、農地解放を行ったがために、多少いた産業家や地主も没落したということです。要するに、フィンランド人は被支配者であって、彼らの間での不平等度は一貫して低かったということが実態のようです。

 最近の不平等度について見ても、ジニ係数は1986年から2000年にかけて20から22に留まっており、大きな変化はありません。アメリカでは37.9(1997年)、イギリスも32(1995年)、イタリアも32(1995)などであるのに対してスウェーデンは23(1952年)とフィンランドと共に全般的な不平等度は低くなっています。もちろんフィンランドやスウェーデンの社会学者や社会保障の専門家の書いた論文を読むと、それなりに大きな社会問題を抱えており、手放しで喜べる状態に無いことはわかりますし、1990年代後半には、ITバブルの影響もあり所得分配が悪化したことが報告されていますが、比較の問題としては、日本も比べものにならないぐらい平等で、私の知る限り最も平等な国のように見えます。

 貧困家計を生活保護受給家計としてみると、1990年には全家計の6%ぐらいであったものが、1994年頃から上昇し11%ぐらいになり、2000年には再び下降し8%ぐらいにある。フィンランド人の同僚によれば、生活保護を受けるということは恥であり、出来るだけ生活保護を受けないようにするというのが普通のフィンラド人の感覚だそうです。この感覚は大切で、高福祉高負担の国で、貧困者がモラルハザードを発揮して、働こうとしなければ、負担が累積的に増加していく恐れがあります。社会全体として、モラルハザードを阻止するような社会的規範が機能していることを実感します。例えば、洗濯室の共同利用(アパートでは洗濯は共同の洗濯場でするのですが、お互いに迷惑にならないように時間を決めて利用します)、交通規則の厳格な遵守、ゴミの分別回収、公共交通機関の乗車ルール(定額運賃ですが、車掌がいませんので、自己申告制で違反が見つかれば高い罰金をとられるというもの)などいろいろな側面で日本以上に社会的な取り決めが守られています。外国人である我々滞在者にも否応なくフィンランドの社会規範が適用されます。

 よく言われるフィンランドの初等教育の質の高さについては、教育制度全般の無料化と教育の質の全国的な平等化が大きいのではないかと思います。小学校の教師の多くは修士号をもち、子供の興味に従って様々なレベルの教育を与えることが比較的自由にできるそうです。また、教育に関しては地域格差が少なく、OECDのテスト結果では,平均点の高さだけではなく、点数のばらつきも少ないというのがフィンランドの大きな特徴だとされています。これも、政府が初等教育に十分な資金をつぎ込んで、人生の出発点における平等化を計ろうという意図のあらわれだと考えられています。また、私立学校はほとんど無く(特定のミッションスクールや教育哲学を実践する私学はあるそうですが)、学校間格差もあまりないので、ほとんどの子供は自分の学区の学校に行くようです。

このような平等社会は当然ながら、税金の高さ、社会保障費負担の高さによって保証されているのですが、私がインタビューした政府関係者、企業関係者、大学関係者の話を聞く限り、労使、政府間でコンセンサスが出来ており、当面これを変更しようという意図は無いようでした。よく比較されるスウェーデンは多少社会民主主義から自由主義に方向転換をしていますが、フィンランドはいまだに古き良き社会民主主義の伝統を守ろうとしており、今回の金融危機でもその信念は揺らいでいないようです。

北村行伸@ヘルシンキ

 
フィンランド銀行の秘書たち(左)と多国籍研究者たち(右) helsinki5-1 helsinki5-2