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オピニオン

●「日本銀行総裁人事に関して思うこと」2008年3月20日

 日本銀行総裁が3月20日から不在になっている。今回の日本銀行総裁人事に関していくつかの点でおかしなことになっているので、それを指摘しておきたい。

 第一に、この事態に陥った日銀総裁人事に関する運営のまずさは、内閣に最大の責任がある。これは国会での合意人事であり、衆参政治勢力の逆転があるから難しいのだなどという他人事のような言い訳はこの期に及んでは全く通用しない。政治的制約の中で重要な物事を決めるのが政治であって、国家の最も重要な経済機構である日本銀行の総裁を決められない現状は極めて遺憾である。また、この点を制度上の欠陥と捉えて、日銀法を改正し、衆議院の多数決で決定が出来るような、仕組みに変えようという意見もあるが、日本銀行総裁、公正取引委員会委員長、人事院人事官、会計検査院検査官など政治的中立性の要求される職務については国会の総意として任命するのが望ましい。候補者の所信聴取した時点で、意見が割れているのであれば、衆参両院の本会議での採決に持ち込む前に、両院議員運営委員会で意見が収束するまで議論すべきであり、採決はあくまで合意に達したという意思表示の場とすべきである。

 第二に、総裁・副総裁人事は一つのパッケージとして行うべきものである。この人はだめだが、この人はいいという、「はないちもんめ」ではないのだから、少なくとも総裁が決まらない限り副総裁は決まらないというのが組織の常識ではないだろうか。副総裁は総裁を補佐し、総裁の資質に欠ける部分があればそれを補う人材がなるべきであって、副総裁を2名決めて、それに合うような総裁を決めるというのは、総裁になる人に対しても失礼であり、総裁が力を発揮できるようなチーム作りをするという基本にも反している。今回の副総裁に関してはやり直しはきかないだろうし、どのような総裁になっても総裁をサポートしていただける方だと思うので、しかたないとは思うが、基本は総裁を決めてから副総裁を決めるというのが順序であることだけは指摘しておきたい。

 第三に、野党は財務省出身者であるとか、経済諮問会議の推進した政策が気に入らないといって、候補者を拒否してきているが、総裁・副総裁・政策審議委員も含めた9人が金融政策決定会合の場で話し合い、そこで様々な意見を交わすことによって、よりバランスのとれた金融政策が決定されるというのが大前提である。とすれば、この9人の中に出来るだけ多様な考え・視点・経歴を持った人を任命することが重要になってくる。似たものを9人集めるのと、違った個性を9人集めるのとでは、出てくる知恵はどちらがあるかということは議論するまでもないだろう。政策決定会合で緊張感のある白熱した議論が出て、それに対して日本銀行の事務方が、最大限の能力を発揮して的確な情報を上げるような仕組みを良しとすべきである。 そのためには、財務省からの天下り反対論などに縛られるべきではなく、財政から経済を見る人、民間経営から経済を見る人、消費者の立場から経済を見る人などが入って当然である。さらに望むならば、外部から観察されることを意識して自分のポジションにしがみついて議論をする人ではなく、自分で状況を判断し、人の意見に耳を傾け、国民経済として望ましい状況に柔軟に対応できる人、そして、市場を説得できるだけの議論が作れる人が選ばれるべきであろう。BISやG7での会合を意識して英語能力や経済学博士号の有無を総裁の条件とする論者もいるが、私から見れば総裁の必須条件は通貨の番人としての揺るぎなき信念とそれに関する見識、総合的な判断力と市場とのコミュニケーション能力を持った心身ともに強靱な人物だと思う。それを持ち合わせた人物であれば海外でも通用するだけの議論はできる。日本銀行総裁が一目置かれるのは学術雑誌に論文を何本載せたことがあるかということではなく、日本経済・金融の運営をいかに巧緻に行っているかということにあるのだから。言うまでもないことだが、博士号を持ち、英語が堪能でも信念も節操もない人は有害であり、総裁としては不適切である。

 内閣からも、自民党からも、もちろん野党からもこのような議論はほとんど出ていない。関係者はもう一度膝をつき合わせて話し合っていただきたい。