Top

オピニオン

●「ケニア便り(2)」2006年3月12日

7年ぶりにマサイ・マラに来た。今回はマラ・セレナ・ロッジというマラ川沿いの丘陵のうえに建てられたホテルに泊まった。マサイの芸術的な才能を反映させた建物で、中にいるだけで非常にくつろげるが、外気が常に流れ込んでくる開放的な構造になっており、マサイマラの風の音をいつでも聞くことが出来る。7年前に来たときにも感じたことであるが、耳にするのは風の音と鳥と虫の鳴く声ぐらいである。都会の喧騒の中に身をおいているとまったく経験の出来ない感覚である。多くの旅行者はライオンやゾウやキリンを見ることを目的にマサイマラに来るのかもしれないが、マサイマラの最大の魅力はこの風の音だと思う

サファリジープに乗って平原に行くとさまざまな動物がのんびりと草を食べているかあるいは肉食獣は食事のあとでごろごろと昼寝をしている。ここでは生き残りのための戦いの中にいるが、どこを歩こうが何を食べようがすべて自らの意志で決めなければならない。先進国の動物園に閉じ込められれば生き残りのための戦いもなければ縄張り争いも、ハーレムの主導権争いもないかもしれない。また食料も探さなくても定刻になれば飼育係がえさを与えてくれる。しかしマサイの草原で行動しているような家族や種族間での助け合いも、えさを求めての大移動、あるいはどこにえさがあるかを種族の記憶として残しておくことも出来なくなってしまう。ここに来れば動物が本来の生き方をしていることを見ることが出来る。これはマサイマラの第二の魅力だろう。

マサイマラはオローロロ丘陵やその他の丘に囲まれており、朝夕の日の変化が盆地である京都に似ている。すなわち朝は太陽がいきなり海から昇ってくるのではなく、山の向こうから朝日が少しずつ色を変えながら山際を変える。平安の頃より、われわれは夜が明けて山際が白んでくる様子を東雲(しののめ)と呼び、その後の日の昇ってくる山の際が白から美しい朝焼け色に変わってくる様子を曙(あけぼの)と呼んできた。清少納言が「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる。」と書いたように、この現象は山に囲まれた土地だけで見られるもので、その色の変化によって平安人は朝を少なくとも6通りに区別していたという。マサイ族が朝を何段階に分けて区別しているかは知らないが、おそらく日の昇り方に応じて区別しているものと思う。現在、日本の小学生のかなりの割合が日の出を見たことがないという。日の出を見たことがなければ、それを空の色の変化に応じて区別していることなど何の意味も持たないかもしれない。しかしそれは明らかに人間の意識の劣化をもたらすものである

かく言う私もマサイ・マラに来て、サファリにいくために夜明け前に起きる必要があるので夜明けの空の変化を刻々と感じ取ることが出来たのである。マサイ・マラに来ることの効用は、動物や人間の本来の生活や感性を思い出させてくれることにあると思う。いくら生活が便利になったからといっても、夜明けを経験したことのない人間や餌を求めて草原をさまようことのなくなった動物は何かとんでもなく重要なことを忘れ去ってしまう気がしてしかたがない。地球が自転していることが知覚されないことをもって再び天動説を唱える人がいるように、夜明けの刻々の微妙な空の色の変化を言葉で表現した平安人の感性を忘れてしまい朝を朝としか表現できない高度に便利になった文明社会の貧しさがわれわれの感性までも支配するとすれば、それは大いなる後退である。アフリカやアジアの夜明けの価値はことのほか大きいと思う。

北村行伸@マサイ・マラ

マサイ・マラの曙
akebono