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オピニオン

●「ケニア便り(1)」2006年3月10日

今年もケニア中央銀行附属ケニア金融学校に対するJICAの技術支援の一環として研修を行いに来た。今年は、日銀の先輩で一橋大学公共政策大学院の前原康弘教授と二人で金融政策オペレーション(前原)と物価の測定(北村)の二つの講義(セミナー)を行った。このセミナーの参加者は中央銀行の調査局で調査を行っている若手、財務省、中央計画局、民間シンクタンクの研究者、主要国立大学の金融担当教授などであり、彼らの関心にはわれわれの提供した講義内容はあっていたのではないかと思う。このプロジェクトは1998年に伊藤隆敏教授がケニア金融学校を訪問されたときから始まり、翌年(1999年)春に私が研修の道筋をつけ、その夏に再びケニアに私が行って講義を始めたものである。この間、JICAが一貫してこのプロジェクトを支援してくれた。したがって私はこのプロジェクトにかれこれ7年間も関わっていることになるが、いつも振り出しに戻って支援の形を変えようということになってきた。今回の前原教授との合同セミナーは昨年3月に私がJICA本部の経済開発局の責任者と担当者と三人で金融学校を訪れて公式契約を結んだ後の初めての本格的なセミナーの開始という位置づけであった。中銀副総裁がセミナーに来てオープニングセレモニーがあり、記念写真を撮ったり、開会宣言があったりと、ずいぶん形式ばったものであったが、これがケニアでは大事なことらしい。

このセミナーを企画したときには、現地の研究者の研究成果を発表してもらって、それに対して日本側の参加者がコメントすることで、研究の質の向上にも役立つので、ぜひ現地の発表者も加えて欲しいと頼んでおいたつもりが、いつの間にか中央銀行調査局長の金融政策オペレーション概論と統計局消費者物価指数担当者のケニアにおけるCPIの概説にすりかえられており、かなり物足りない内容だった。例えば調査局長が通貨需要の安定性について言及したので、安定的な通貨需要関数が推定されるのかと質問したら、そのとおりだというので、その結果を見たいというと、今準備中なので次回には発表したいという。こういうやり取りが過去7年間ずっと続いており、ケニア中央銀行で本当の意味で調査研究というものが行われているのかが非常に疑わしくなってくるのである。もちろんケニア中央銀行の調査局に行って話をすると、それなりの理解は示しているのだが、昨年3月に行ったときにチリの大学教授から直接指導を受けて金融政策のトランスミッション・メカニズムについての研究を取りまとめているところだという説明を受けたが、今回もまったく同じ回答で、まだ論文は何も出来ていなかった。

もともとJICAの支援は人材育成という点に特色があり、これまで農業技術支援や教育面で成果を挙げてきたので、今後は金融・財政システムを強化させるような支援をしたいということの一環として金融学校に対する支援プロジェクトが採択されている。何代かに亘ってJICAケニア事務所の所長や担当者と話していても、他の案件は着実に成果が上がっているのに、金融学校は非常に進捗が遅い、あるいは中央銀行という組織の性格からかJICAに支援を要請するというより、「支援したいならしていいよ」という高慢な態度が見え隠れして、極めてやりにくいという反応が返ってくる。開発途上国における人材育成や教育の重要性については繰り返し主張されていることではあるが、実際に自分がその立場に立って研修を繰り返してみるとその効果が出ていることを実感することはほとんどない。大学のように同一の生徒に対して教育を行えば、その成長振りを見ることが出来るが、不特定多数のしかも毎回違う相手に対して研修をしても砂漠に水をまくようなもので、そこから芽が出て木に育つ様子を目にすることはなかなかないのである。

現在のところ、とにかく水もまき続ければやがて芽が出るということを信じて研修を続けているが、もしかしたらもう少し効率的な教育の方法があるのではないか、もしかしたら他の機関とパートナーを組んだほうが有効なのではないかと迷うことも多く、またこの点についてJICAの方や大使館の方、開発経済の専門家たちと議論を詰めなければならないと思っている。

北村行伸@ナイロビ

 
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