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オピニオン

●「大学が保証する教育ローン制度の提案」 2004年7月26日 New

これまで文部科学省の管轄下で、国立大学の学費や運営の仕方などすべて一律に規定されてきたが、2004年4月より国立大学は大学法人化し、大学運営や経営上の独立性を確保できるようになった。大学法人化して旧国立大学は運営交付金をたよりに学校を運営するだけではなく授業料の設定や徴収の仕方に自由度が増えたのである。しかしながら現状では旧国立大学から学費をめぐる経営上の新しいアイディアはそれほど出されてはいない。

これまでは親が学費を出して、自分の生活にいささかの不自由もなく、大学側に学生を強制して勉強させるメカニズムが不足していたがために、学生は遊んで楽をして卒業しようとしてきたし、少子化の影響もあって大学入試に対する競争もはるかに軽減され、この傾向はますます助長されてきているように思われる。

私立大学、旧国立大学にかかわらず、このような問題に対処するために、ここで提案したいのは、大学入学者に対して、大学が保証人になり、学生が教育ローン契約を金融機関と結ぶというものである。学生の卒業後の雇用に応じてローンを返済するというもので、基本的には就学中には返済は求めない(オプションとしては返済の可能性は含める)。教育ローンは政府や第三者機関(学生支援機関)が保証するのではなく、当事者たる学生の属する大学が保証することで、教育する側とされる側ともに緊張感が出るというメカニズムを利用しようというものである。すなわち、教育ローンを担保に学生をきっちりと教育しなければ、そのコストが大学に跳ね返ってくるという仕組みにすれば、教育に対する取り組み方、就職支援への取り組み方も違ってくるだろう。もちろん、就職を視野にいれるといっても教育内容を実務的に専門化する必然性はない。むしろ、世の中の長期的な変動に柔軟に対応できるような総合的な教育を与えるべきであろう。

学生にとっては就職できないというリスクがある。これは経済状況や雇用者側だけの問題ではなく、香山リカ『就職がこわい』(講談社、2004年)で指摘されているように学生の側に漠然とした不安感があるということも大きいようである。それに対しても自らがローンを抱えているということで、モラトリアム期間を持たせることなく、積極的に就職活動をするという後押しの効果も出てくるのではないだろうか。18才にもなれば、自分の学費や生活費は自分の責任で調達するという考えが社会的に受け入れられれば、学生の態度も変わってくるだろう。また、これがパラサイト・シングルといわれる親に延々と寄生している子供の自立を促すことになるのではないだろうか。

具体的な制度としては次のようなものを考えている。

(1)大学教育ローンが効果を持つためには出来るだけ多くの学生がローン契約を結ぶことが望ましい。ただし、留学生や卒業後海外へ留学したり、海外で就職する予定の学生、就職する意志のない学生は対象外としてもいいが、これはあくまでオプションであり、基本的には全学生が入学時に教育ローン契約を結ぶべきである。

(2)大学教育ローンは「入学金・授業料」コース、「入学金・授業料・教育関連支出」コース、「入学金・授業料・教育関連支出・生活費」コースなど様々な額から選べる。また返済も、卒業後の初任給から月々返済するコース、卒業後一定期間をおいてから(2−3年)支払開始するコースなど考えられる。教育ローンに対して学生側は何の担保もいらない、大学側が返済を保証する。国民年金の支払もこのローンの中から払うことが認められる。

(3)また卒業生と長期的関係を保つことで、卒業したら、その後の関わりは無くなるというのではなく、長期にわたって卒業生の就職に対して責任をもつということになる。大学の生産物である卒業生に長期にわたって製造物責任を負うということでもある。これは逆に卒業生に愛校心を生み出させることになるだろうし、少子化で学生数の減少が見込まれる中、卒業生の中から、大学院への再入学や社会人向けの特別プログラムへの参加を募ることができる。

(4)金融機関にすれば、かなり安全な融資が定期的、累積的に契約できるというメリットがある。大学が保証を与えることで、大学自体が倒産でもしない限り債務不履行のリスクはほとんどないのであるから、これは相当に有望な融資先であると思われる。大学格付の高いところは、この教育ローンを証券化して、リスクを転嫁することも出来る。また、大学格付に応じて金利を変えることも考えるべきであろう。また、学生の卒業後もメインバンクとして使ってもらえる可能性も高い。

この制度のメリットをまとめると次のようになる。

(1)学生自身が自分でローンを組んで教育を受けており、将来の所得で返済しなければならないということになれば、授業を熱心に聞き、学業に精を出し、就職を真剣に考えるようになるだろう。また学費を稼ぐためにアルバイトに精を出し、学業がおろそかになるという矛盾も無くなるだろう。

(2)親のリストラや退職によって学費が払えなくなり、学業を断念しなければならないという問題もこのスキームで回避できる。今後、このメリットはますます大きくなるだろう。

(3)大学にすれば入学後に伸びないタイプの学生を入学させ、質の低い教育をすれば、学生が就職も出来ず、債務不履行が発生し、その金銭的コストが大学に跳ね返ってくることになる。このようなリスクを負うことで、入学試験をおちゃらけたAO入試や一芸入試などではない真剣な審査にし、授業内容の改善など教育の質を高め、学生への付加価値を高め、就職を確実にするように努力するというメカニズムが働くだろう。

(4)現行の奨学金制度は親の所得などで足切りされる事前審査によるもので、学業成績による事後的なチェックがそれほど厳しくないがために、奨学金を得た学生にモラルハザードが発生し、学業に集中しないケースがある。むしろ、大学は事後的に明らかになる成績優秀者に対して、ローン返済免除を与えることを通して、学生の就学期間を通して学業へのインセンティブを維持させることができるだろう。

(5)現在、格付機関が一部の大学に対して行っている大学格付は規模やブランドネームに影響されており、大学の主要な生産物である卒業生のパフォーマンスに基づく格付にはなっていない。教育ローン制度を導入することによって、規模や分野にかかわらず真にいいパフォーマンスの大学が明らかになり、それに応じて大学格付がなされるようになるだろう。これは従来大学が入試難易度で測定されてきたことに対して、大学が付加価値を付けた卒業時点での学生の品質に応じて測定されるという本来あるべき指標に近づくことを意味している。

もちろん、この制度には多くの残された問題がある。

(1)卒業生がローン返済が出来ない状態になった場合に、すべて大学側がそのリスクを負うということになれば、学生は借りられるだけ借りて、あとは債務不履行をするというモラルハザードを発揮する傾向を助長するかもしれない。学生は金融機関との間で厳格な貸借契約を結び、大学はその保証人となるが、学生の債務不履行に対しては厳しいペナルティを課す必要がある。また、退学という事態に対しても事前に返済条件を契約書に書き加えておくべきである。

(2)そもそもこのような制度は入学生の質がある程度確保されている大学に限られる。これは、そのような制度を導入している大学に優秀な学生が集まることにもなる。その他の大学は他のインセンティブ・メカニズムを導入して、学生の学業へのインセンティブ付け、教員の教育へのインセンティブ付けを考えなければならない。例えば、地域に密着したコミュニティー・カレッジとして、社会人教育や高齢者へのセミナーを開くなど、地域の教養拠点として活路を見出すことも考えられるだろう。学生がその大学を出れば、地域への就業が優先されるなどのアレンジもあってもいいかもしれない。