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オピニオン

●「ロンドン便り(5)」2003年3月20日

 今日は、こちらの教育、研究、資金調達、データアーカイブについて見聞きしたことを書きます。こちらのUCLの経済学部とInstitute for Fiscal Studies(IFS)は所属している学者が数多くオーバーラップしています。それは、IFSに2−3人の教授や助手で組んで専門的な研究センターを作り、そこが外部の研究機関なり政府機関から委託研究なり委託教育を受け負うという形をとって、研究費と人件費を調達するという仕組みになっているからです。これは、独立行政法人化を控えた、日本の大学にとって極めて有益な仕組みのように思えます。具体的に言うと、私の滞在しているCntre for Microdata Methods and Practice (CEMMAP)にはAndrew Chesher, Hidehiko Ichimura and Frank Windmeijerが専属でいて、そこに何人かの研究員とトピックによっては委託教育のためにアメリカなどから特定の分野の専門家が訪問教授として滞在しているという形をとっています。CEMMAPはThe Leverhulme Trustからの資金援助を得て5年の期限付きで設立され、定期的に特別なトピック(例えば、ダイナミック・パネル分析、Quantile regression、プログラム政策評価など)についての講習会を2週間ぐらいの期間で開きそこに受講生をつのることを行うほか、今回は公正取引委員会から、2年間の委員会所属の若手を教育する委託教育契約を結ぶことに成功したのですが、このように政府役人の大学院修士から博士前期ぐらいのレベルの教育を請け負うということも行っています。そのほかにも、純粋な委託研究も受けており、ここが、研究を進める上での金銭的な受け皿となっているようです。そこで、ベーシックな研究費を調達して、純粋な研究は大学本体で行っているようです。言うまでもありませんが、ここにいる学者はほとんどが、Econometrica, Jounral of Econometrics, Review of Economic Studies, Economic Journalなどに多くの論文を発表し、また編集委員をしている本当に一流の研究者であり、決して委託教育や一般的な授業に忙殺されているからとか、資金調達に奔走していて時間がないといった言い訳で研究成果を何も出さないということは許されていません。

 どうして、そのようなことがイギリスで可能で、日本では行われていないのでしょうか。このことは日本のアカデミック・サークルでも真剣に考える必要があると思います。短期的にしか観察していませんし、多くの人から情報を集めたわけではありませんが、次の点は指摘できると思います。

(1)センターを通して委託研究を受け入れる。わが国では大型科研費や21世紀COEを獲得するために大騒ぎしたように、研究費を取るために大急ぎで研究グループを結成するということが行われていますが、こちらでは、分野を特定化したセンターを受け皿として作っており、それに応じて委託研究を受けるという形をとっているために、研究体制がすでに確立されているということ、

(2)大学の事務が分権化されており、教授が関与する分野と事務が決めるべき分野に別れ、教授が比較優位のない分野にまで担ぎ出され、無駄な議論をすることがないようになっているようです。因みに、日本の教授会に当たるものは、一学期に一回開かれるだけだそうです。ただし、イギリス人学者も事務に時間が取られることを嘆いているので、完全に無関与という訳ではないことは付け加えておきます。

(3)UCLの経済学部ではIFSという独立系研究所と組むことで、大学本体が関わることによって生じる手続き上の煩雑さを、簡略化し、面倒な金銭的な契約関係をそちらで処理しているようです。このような仕組みを通して、各センターはジョイント・ベンチャー企業として行動しているようです。


 もう一つのトピックはデータアーカイブについてです。こちらに滞在している間に調べたいと思っていたことの一つにデータアーカイブの仕組みと利用の簡便性についてです。こちらの政府統計をはじめ多くのミクロ統計はUniversity of EssexにあるThe UK Data Archive (UKDA)に委託管理され、そこに英国中の大学が利用登録をして、各大学で担当者を任命し、その人を通してデータ利用者の管理が行われています。データ利用は大学の研究者だけではなく、大学院生も利用できます。しかも素晴らしいことにほとんどのデータがオンラインでダウンロードできるということです。もちろん、個人情報の秘匿のために個人を識別できるものは削られていますが、それ以外には原票のままの情報が公開されているようです。

 アメリカでは(1)センサス局のCenter for Economic Study(CES)と(2)ミシガン大学の社会科学データアーカイブ(Inter-University Consortium for Political and Social Research=ICPSR)が主要なものですが、政府統計はCESを通して、地域データセンターに研究者が赴いてそのセンター内で研究するという厳密な管理が行われており、他方ミシガン大学のアーカイブは登録した大学の研究者および大学院生はデータをオンラインでダウンロードして利用できるという形で、イギリスのUKDAと近い形式に成っています。

 日本では一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センターがミクロデータ分析セクションを設け、現在のところアメリカ・センサス局の管理方式に準じたミクロデータセンターを運用していく予定にしておりますが(因みにミシガン大学形式を採用しているのが、東京大学社会科学研究所附属日本社会研究情報センターSSJデータアーカイブですが、そこで集められているデータは民間ベースで集めあられたミクロデータを中心としており、政府統計は扱っていません)、統計法の柔軟対応が政府の理解で実現できれば、イギリスのUKDAに近い、さらに公開されたデータアーカイブにすることが望ましいように思われます。イギリスのシステムがどのように運用され、法的に、行政的に、どのように可能なのか、さらに調べてみる必要があると考えています。

北村行伸@London
Broad Street, Oxford