(3)第3次産業の生産額の推計

  第1次、第2次産業の研究と比較して、解放前の朝鮮の生産に関する研究は大きくおくれている。李潤根(1971)の推計は先駆的業績として評価できるが、推計期間が 10年間に限定されていうこと、データの展望が同論の他の分野と比較してややきめの粗い点がみられることから、推計期間中に限定してもそのまま利用することはできない。しかし、同書に示された様々のアイデアは今回の推定作業を進める上で貴重なものであった。

 

(3−1)運輸・通信業のサービス生産

 

 解放前の朝鮮の運輸サービス生産は、国鉄・私鉄の鉄道部分と、馬車・荷車・小船等の非近代部門よりなっており、自動車・大型船舶・航空機等鉄道以外の近代的輸送機関の役割は小さかったように思われる。そこで、以下の推定では鉄道と其の他に分割して推計を行う。

 鉄道の運賃収入については『朝鮮総督府鉄道年報』に、国鉄・私鉄別詳細なデータがある。さらにこのデータは路線別に示されているので、南北分割にも利用できる(路線が南北朝鮮にまたがっている時には、各地域属する長さを利用して分割した)。鉄道の付加価値率について李潤根(1971)では 70% としているが、『鉄道年報』の収支表を見るとやや高めと思われるので 65% の付加価値率を採用した。鉄道輸送についての実質値の推定には、客輸送の人キロ、貨物輸送のトンキロデータが利用された(一部時点についてはこの系列が得られないので代替系列で補完している)。実質値の南北分割はデータ上の理由から、名目値の分割比率がそのまま利用された。

 鉄道以外の運輸活動に関する統計は断片的なものを除けばほとんど利用することができない。わずかな手がかりは、毎年推計されている職業別人口の中に「運輸関連」の人口数が与えられていることである。そこで、この人口数から鉄道雇員を差し引いた人員が非近代運輸部門に属すると考えることにし、鉄道部門の臨時雇員の賃金で付加価値を推定した。この部門においても企業の利潤や減価償却が存在することから、この推計方法は過少評価になるが、同時に鉄道の臨時雇員の給与は非近代部門の賃金としては過大評価となっていると思われるので、誤差はかなり相殺されていると思われる。

 通信サービス生産推計の基礎データは『朝鮮総督府逓信年報』から得ることができる。そこでは手紙、小包、電話による収入と取り扱い件数に関する系列が示されている。前者は李潤根(1971)の示唆した 85% の付加価値率を適用することによって名目付加価値に換算するのに使用され、後者は実質系列を計算するための生産指数として利用された。なお、通信の性格から、発信地域を基準に南北分割を行うこよには疑問があるので、人口比率で南北分割をおこなっている。 解放後の韓国の運輸・通信サービス生産は一括された数値で示されている。そこで、解放前後の接続には、溝口(1975)にしめされた交通・通信費の物価指数をデフレータとして使用することにより、実質金額の接続系列を作成した。これらの推計結果は、表3−4に示されている。

  

(3−2)卸売・小売業のサービス 生産

 

 卸売・小売業のサービス生産の推定は、基礎データの不足から非常に困難な作業である。考えられる第1の統計は李潤根(1971)が利用した公設・私設市場の取引額である。この情報は食料,衣類等の取引の動向をみる上で重要である。第2の統計は職業別の人口統計から得られる商業従事人口であり、一定の給与を乗ずることによって商業活動の付加価値の「下限」を見極めることが可能である。第3の統計は営業税に関するものであり、課税対象となる商店の売上高を得ることができる(『朝鮮税務法規提要』、1941、朝鮮税務協会参照)。

 本推定は第3のデータから出発することにする。営業税データは 1929年以降えられており、税額と納税者数を得ることができる。表3−11はこのデータを時系列としてまとめたものである。最初の列には産業分類基準が 1−0形式でしめされており、ついで納税者数と税額がしめされている。課税標準は産業毎にことなっており、税率も相違しているが、商業については売上高の 1万分の12 となっているので、課税対象商店の売上高は納税額から逆算できる。さらに、李潤根が採用している卸売・小売別の付加価値率を参考にして、課税商店の付加価値率を 20% とすることによって、課税商店の付加価値額を求めることができる。

 この推計については、税務統計にみられがちな下方バイアスのほか、非課税商店(商店をもたない行商等を含む)のサービス生産を無視しているという欠陥がある。この内、後者の欠点を補充するための情報として職業別人口を利用して非課税商店の従業者数を推計することが考えられるが、このためには課税商店の平均従業者数をもとめる必要がある。本論では、この人員を4名と想定し、非課税商店の従業者の給与を官庁臨時雇員の給与の 80% と想定して、付加価値をもとめた。さらにこの推計を 1915−28年に延長するにあたっては名目国民総生産の指数を利用した。これは商業活動が国内経済の規模拡大に連動していることを考慮したものである。

 以上の推計作業がかなり大胆なものであることは否定できない。それをある程度補強するために表3−10(B)では上記の3種類の推計方法を比較している。各推計の対象範囲がことなることから、絶対水準には差があることは当然であるが、変動方向はおおむね一致している。

 商業サービス活動の南北分割に当たっては、南北人口比による分割を適用した。これは利用される統計精度からみて、より緻密な手法を適用してもそれほどの精度の向上が期待できないとの判断によるものである。解放前後の接続にあたっては、解放前に関する本推計を韓国の国民経済計算の卸売・小売業の付加価値を利用し、実質額の接続に当たっては国民総支出に関するデフレータが使用された。この結果は、解放前の全朝鮮の値とともに、表3−5に示されている。同表によると韓国の 1950年代の実質値は解放前の南朝鮮の実質値をかなり上回っている。このことから判断すると解放前に関する推計は若干下方バイアスをもっている可能性がある。

 

(3−3)金融・不動産業のサービス生産

 

 金融業の内、銀行の利子をどのように評価するかは国民計算体系を論ずる場合重要な問題であった。企業への貸付利子は企業の費用として各産業の生産の付加価値に含まれているから、銀行の貸付活動を金融サービスとして評価すると二重計算になる。このために、国民経済計算では「帰属利子」を別途計上し産業の付加価値合計より差し引くことにしている。筆者はこの方式に特に異論を唱えるいとはないが、長期経済統計を扱う場合には、金融サービス付加価値から帰属利子を差し引くことによって作業を単純化することが便利であると考えており、本論でもこの方式を採用している。具体的には、解放前に関する推計では銀行の貸し付けサービスを対象としない。また解放後の韓国のデータについては、金融業の付加価値額から帰属利子を差し引いたものを計上することにする。このような処理の下では、解放前の金融サービスの比重は小さくなる。表3−6では銀行以外の金融業について営業税納税額の1万分の 3を付加価値として想定することにする。

 解放前の不動産業の中心は自己保有住宅の帰属家賃を含む家賃収入である。解放前については、溝口・梅村 (1988) に示された寺崎康弘推計があるのでこれを利用することにした。不動産業の対企業サービスについては情報がないので計上していない。この部分については、表鶴吉(1996)の資本ストックデータを利用する等の工夫によって今後改定する必要があろう。実質化に当たっては個人消費支出に関する住居費の物価指数が使用された。また南北分割は人口比によっている。

 

(3−4)サービス産業の生産

 

 サービス産業の生産を考える場合、政府および民間非営利サービス生産者との区分に注意が必要になる。第2次産業の場合には、政府生産の一部を民間と合算したが、それは政府生産のシェアがそれほど大きくないことによるものであった。しかし広義のサービス生産では政府および民間非営利サービス生産者の役割は大きい。そのために、サービス業の推計にあたてはこの区分に事前に着目しておく必要がある。

 政府および民間非営利サービス生産者のかかわるサービスの中で重要なものとして医療および教育がある。政府が関与するこれらの活動の経費は財政統計にしめされている。しかしこれらのサービス生産を通常の「公務」によるサービス生産と分離することには困難が伴う。本論ではこれらのサービス生産を公務と合算した形で推計をすすめることにしたい。私立学校、病院等の活動は民間非営利サービス生産者の生産に含まれることから、教育、医療サービス生産はサービス産業の生産には含まれない。

 サービス産業の生産は対個人サービスと対企業サービスに分割できる。前者は個人消費支出の「其の他の消費支出」におおむね対応する。一方、対企業サービス生産の全容は把握することができないが、表3−12の営業税統計のうち「サービス産業」に指定されたものの中から明らかに対個人サービスと判断されるものを除いて納税額を合算し、1万分の3 で割って付加価値額を推計した。デフレータは其の他の消費支出に対応する物価指数を利用し、南北分割は人口比によった。

 

(3−5)政府および民間非営利団体サービス生産者の生産

 

 1968 SNAにおける政府サービスの生産は、公務員給与と政府保有資産の減価償却額よりなっているが、後者については大部分が次回の改定作業にまかされている現状を考慮すると、長期系列の推計では当面取り扱わない方がよいと考えられる。一方、公務員給与と人員については詳細なデータがある。表3−13は朝鮮総督府および地方行政機関の職員数 (臨時雇用を含む) と俸給支払額の時系列がしめされている。この値から、第2次産業の生産および交通・通信・流通業に属する職員を除外する必要がある。具体的には、朝鮮総督府に属する鉱業所、専売、交通、通信、米穀検査の職員数および俸給を除外した。実質額は公務員数そのものを利用した。この作業にさきだち、職種別の人数を利用した雇用指数の作成も試みたが、人数そのものの指数と大差なかったので、より単純な方式を採用した。南北分割は人口比により、解放前後の接続も公務員の人数によった。

 解放前の民間非営利団体サービス生産者の主要なものとして、民間医療機関、私立学校、宗教活動従事者、社会事業従事者よりなると思われる。この内社会事業従事者のかなりの部分が公務ないし宗教団体と重複していること、またその時系列を確保することが困難であったことから、今回の作業では推計にふくめなかった。残りの3者については、従業員数がえられるので、職務別にほぼ対応すると思われる公務員給与を乗じて付加価値を推計した。南北分割は人口比により、解放前後の接続は賃金指数によった。