I. インド政治と物価問題

 

独立後のインド政治を俯瞰しながら、筆者はかつて、フタ桁物価上昇率が政権批判の原因となるクリティカル・ラインであると指摘したことがある(1)。この場合、 「物価」 とは卸売物価指数(WPI)によって代表させ、対前年比の上昇率を基準とした。この 「経験則」 はルドルフの政治分析をヒントにしてえられたものである(2)。しかし、物価指数としてはインドではこの他に三種の消費者物価指数(CPI)が作成されている(工業労働者、非肉体労働者、農業労働者)。そして、この4種の物価指数のうち、いずれが政治変動と有意な連関を示すのか、あるいは、これら指数間の関連がいかなるものであるかは、これまで内外のインド政治分析によって試みられたことはなかった。おそらく、有権者の物価反応は卸売物価指数よりは他の消費者物価指数の動きに反映されるであろう。そして、この3種の物価指数間にどのような関連が存在するかを確認することなしには、政治分析の指標としていずれの指数を利用するのが適切であるかの判断はできないのである。

筆者は金子勝氏との共同論文で、こうした反省点をもとに、 「選挙循環」 という視点を基軸にして、80年代以降のインド政治を対象とした政治経済学的分析を試みた(3)。本稿では、この共同論文のなかで用いた物価データの分析を、そのなかで紹介できなかった図表も含めふくめまとめて紹介し、物価動態分析を用いたインド政治分析の新しい手法を紹介したい。なお、上記共同論文との重複をさけるために、本稿では記述が簡略化されており、詳細な分析は同論文も併せて参照されたい。

 また独立後の物価指数の変遷については、本論で詳細に扱うことはしない。それに代えて独立後の物価指数の各シリーズの要点をまとめた付録資料を本論末に添付した。