市場社会主義はアソシエーションにパレート優越する

 

吉原直毅

一橋大学経済研究所

 

2006128

 

1.      イントロダクション

      以下では、ローマー型市場社会主義経済システムと、所謂アソシエーション経済システムとの資源配分機能としてのパフォーマンスを効率性の観点から比較分析しよう。ここでは議論の単純化のため、ローマー型市場社会主義経済とは、経済の全ての構成員に均等な利潤請求権が賦与された下での、完全競争市場によって資源配分が実行される経済システムであるとしよう。つまり各企業が獲得する利潤は全ての構成員に均等に分配されるという制約条件を除いて、いわゆる標準的な完全競争市場の特性を備えているような経済システムである。他方、アソシエーション経済システムとは、生産単位である企業が労働者管理企業からなり、財の配分は完全競争的市場における複数の労働者管理企業間での競争を通じてなされるものの、労働市場は必ずしも存在しないという特性を有している。

              上記の前提の下で、ローマー型市場社会主義では各企業は利潤最大化を追及し、他方、各個人は均等な利潤請求権が賦与された下で定義される予算制約下での効用最大化を追及する。その結果、この経済における資源配分は、均等利潤分配下での完全競争均衡配分として実現される事になろう。他方、アソシエーション経済では各企業は雇用労働者一人当たりの純収入(つまり売上げ−コスト)を最大化するように生産活動を行い、また書く個人は、上記のような労働者管理企業の収益分配ルールを所与の下で、自分の効用を最大化するように労働供給と財の消費計画を実行する。

              これらの設定の下で、両経済システムの資源配分機能に関する比較分析を、部分均衡モデルと一般均衡モデルでそれぞれ行っていく。比較の評価基準はここでは配分効率性の観点に専ら基づくものとする。

 

2.      部分均衡分析

   以下では、まず部分均衡モデルで利潤最大化企業からなる市場と労働者管理企業からなる市場におけるパフォーマンスを、社会的余剰分析に基づいて比較検証する。ある純粋私的財市場を考える。この市場は完全競争市場であるとしよう。この財の生産活動に携わる全ての競争的企業がアクセス可能な共通の生産技術は、生産関数で表される。ここでは労働雇用量を表す実数値であり、はこの財の生産量を表す実数値であるとしよう。つまり、議論の単純化のために、この財の生産のコスト要因は、労働投入のみであると仮定しよう。生産関数は連続微分可能であり、労働雇用量に対して強単調増加であり、かつであるとする。また、は必ずしも凹関数ではないものの、ある労働雇用量が存在して、よりも多い任意の労働雇用量に対しては収穫逓減な性質を持つ。労働雇用量の解釈であるが、ここでは個々の労働者はいわばアトムレスな存在であり、一人当たり労働供給量は1に基準化されていると仮定しよう。つまり労働雇用量は同時に雇用労働者の人数を表していると仮定する。

              上記の経済環境の下で、今、ローマー型市場社会主義では労働市場も完全競争的であり、賃金率がで基準化されているとしよう。この私的財の市場価格がの下での、任意の利潤最大化企業の目的関数は:

                                             (2.1)

で与えられる。

他方、アソシエーション経済では労働の配分は必ずしも労働市場を媒介するものではないが、生産される私的財は市場で取引される。この私的財の市場価格がの下での、任意の労働者管理企業の目的関数は:

                                                                (2.2)

で与えられる。つまり雇用労働者の一人当たり収益が最大になるように労働雇用量を決定しようとするのが、このモデルの論脈での労働者管理企業である。

              問題(2.1)の解の必要条件は、

                                                                (2.3)

である[1]。他方、問題(2.2)の解の必要条件は、

                                                              (2.4)

である。明らかに、労働者管理企業の生産決定は、市場価格の動向とは独立に、常に労働の限界生産性が労働の平均生産性に一致する点で決まる。他方、利潤最大化企業の生産点は市場価格に依存して可変的である。ところで、市場均衡においては、競争均衡価格をとおけば、常に

                                                                 (2.5)

が成立する。実際、(2.5)式が成立しない状況は、利潤が負となるため、労働雇用量ゼロが問題(2.1)の最適解となり、矛盾する。生産活動によって少なくとも非負の利潤を獲得するのが競争均衡配分の性質である事を考慮すれば、市場均衡では(2.5)式が成立せざるを得ない。その結果、全ての競争的企業の生産技術の同一性を想定している事から、以下の命題が成立する:

 

命題1: 労働者管理企業からなる経済の下での資源配分では、利潤最大化企業からなる市場経済の下での資源配分に比して、総生産量が上回る事は有得ない

 

この財の市場の規模が財生産の「規模の生産性」に比して十分に大きい状況であれば、一般にが成立し、利潤最大化企業は均衡において正の利潤を獲得する状況を見出す事が出来る。ここで、この社会に存する消費者たちのこの私的財に関する総需要関数を逆需要関数で表す事にしよう。標準的な議論と同様、関数は連続でかつ、総需要量に対して単調減少であるとしよう。そのとき、利潤最大化企業によって生産活動が行われる市場経済における、均衡配分における社会的総余剰は

                  (2.6)

で定義される。他方、労働者管理企業によって生産活動が行われるアソシエーション経済における資源配分の社会的総余剰は

          (2.7)

として定義される。但し、ここで関数は全ての雇用労働者が共通に有する効用関数である。雇用労働者数はであり、各雇用労働者は労働量を提供して、収入を享受している。労働量は不効用として作用するので、今、ここで

                            (2.8)

と基準化して差し支えない。その結果、(2.7)式と(2.8)式より、

                (2.9)

となる。

              市場経済の下での社会的余剰とアソシエーション経済の下での社会的余剰を比較してみよう。ここでの必要条件(2.4)から、(2.9)式の第二項である生産者余剰はゼロになる。他方、の仮定より、(2.6)式の第二項である生産者余剰は正である。次に、(2.9)式の第一項である消費者余剰と(2.6)式の第一項である消費者余剰を比較する。逆需要関数の性質との仮定から、が従う。この性質と、より明らかに

である。かくして、が成立する。以上より:

 

命題2: 労働者管理企業からなる経済の下での資源配分が達成する社会的総余剰は、利潤最大化企業からなる市場経済の下での資源配分が達成する社会的総余剰を上回る事は無い。とりわけの場合、前者は後者より厳密に下回る

 

この命題は、部分均衡モデルの下では、財市場における供給が労働者管理企業のみからなるアソシエーション経済と利潤最大化企業のみからなる市場経済のパフォーマンスに関して、社会的余剰概念を用いた厚生分析に基づく限り、一般に後者が前者よりも優れている事を意味する。以上の部分均衡モデルの下では、企業の利潤が社会構成員にいかように分配されるかというルールの違いを考慮する事無く、上記の命題が成立する。本稿で定義しているローマー型市場社会主義は、財市場における供給が利潤最大化企業のみからなる市場経済の特殊ケースであるから、上記の命題2の主張は、部分均衡モデルの下で社会的余剰概念を用いた厚生分析に基づく限り、ローマー型市場社会主義の資源配分機能がアソシエーション経済の資源配分機能よりも、優れている事を意味するのである。

 

3.      一般均衡分析

    以下では、一般均衡モデルで利潤最大化企業からなる市場社会主義と労働者管理企業からなるアソシエーション経済における資源配分機能について、パレート効率性基準に基づいて比較検証しよう。議論を出来るだけ簡単にするために、労働のみが生産要素であり、その結果一種類の私的財が産出される生産経済を、依然として考えよう。但し、以下では財と労働の価格が内生的に決まる事となる。

 

3.1.    基本モデル

この社会における個人の全体集合は有限集合とし、#とする。この社会における一つの労働スキルのプロファイルを:=で記述する事にする。ここでは、任意の個人単位労働時間当たりに行使する、効率単位で評価された労働量を表している。また、は任意の個人の消費に関する選好順序を表現する実数値関数を意味するが、ここではその定義域である消費空間は:=である。ここで、空間は、任意の個人の選択可能な労働時間の集合を意味し、は全ての個人に共通に与えられている、選択可能な労働時間の上限である。他方、非負の実数空間は、生産された財の消費空間を表す。任意の個人の消費ベクトルは一般に、によって記述される。上の選好順序を表す効用関数は、労働時間に対して単調減少、生産される財の消費に対して強単調増加であると仮定される。その様な性質を共有する効用関数のプロファイルが一つ与えられている。この社会全体として存在する生産技術は生産関数

: 但し、,

で表され、このは強単調増加かつ凹な連続関数であるとする。かくして、一つの経済環境は:として定義され、その許容なクラスをで表す事にする。

              ある経済環境の下での実行可能配分は消費ベクトルの組み合わせ:=であって、を満たすものである。環境の下での実行可能配分の集合をで記す事にする。また、資源配分ルールは対応であって、これは各経済環境に対して、実行可能配分の非空部分集合を割り当てるものである。

 

3.2 比較分析

              ここで考察するような静学的で、かつ、金融市場などのようなより複雑な経済構造が導入されていない世界では、ローマー流の市場社会主義経済システムの「クーポン制」などのような制度的特徴が記述される余地は無い。代わりに、この経済モデルの世界では、クーポン制度付きの市場社会主義経済が結果的に実行するであろう資源配分をある特定の配分ルールとして記述するに留められる。そのような配分ルールは、いかなる経済環境の下であれ、常に構成員に均等な利潤請求権が賦与された下で達成されるであろう完全競争均衡配分を達成するものである。すなわち:

 

定義1 (Roemer and Silvestre (1989)): 資源配分ルールは以下のような性質を持つとき、均等便益解(equal benefit solution)と呼ばれる:,

,  s. t.

(i)  s.t. ;

(ii) , ,

但し、は賃金率と利潤分配の下での予算集合であり,

 

我々は、以上に定義した均等便益解が実行する資源配分こそ、ここで考察する経済モデルの限りでは、ローマー型市場社会主義が実行する資源配分に一致するものである、と考えている。均等便益解が実行する資源配分とは、均等な初期賦存下での完全競争均衡配分に他ならなかったのであるから、ローマー型市場社会主義が実行する資源配分はパレート効率性基準を満たす事を、所謂、厚生経済学の第一命題から確認できる。また、ここで考察する経済環境はいずれもいわゆる凸な環境を満たすものとして定義されているから、均等便益解が実行する資源配分は常に存在する事も保証される。

              次に、アソシエーション経済における資源配分ルールはいかように定義できるであろうか?第二節での議論とは異なり、ここでは社会構成員の集合は有限な世界で考えられている。従って、企業による収益分配ルールは、明示的に総収益を人数で等分する形式として定義されよう。他方、各構成員は上記の収益分配ルール所与の下で、自分の効用を最大化するように労働時間供給量を選択するであろう。その結果、配分ルールは以下のようなものとなろう:

 

定義2: 資源配分ルールは以下のような性質を持つとき、アソシエーション解(Association solution)と呼ばれる:, ,

,  s.t. .

 

すなわち、アソシエーション解は、余剰均等分配ルールを所与の下での余剰分配ゲームのナッシュ均衡配分として定義される。このようなナッシュ均衡配分の存在は、生産関数が凹関数である事、効用関数が準凹である事から、各個人の利得関数の準凹性が保証される事によって、確認できる。

              アソシエーション解の実行する配分が満たすべき必要条件は、その配分が内点解であることを前提として、以下の通りである:

                    , .            (3.1)

但し、は、個人の消費ベクトルにおける限界代替率を表す。同様に、均等便益解の実行する配分が満たすべき必要条件は、その配分が内点解であることを前提として、以下の通りである:

                    , .               (3.2)

この(3.2)式は配分がパレート効率であるための必要条件であるので、(3.1)及び(3.2)式から、アソシエーション解によって実行される資源配分は、必ずパレート非効率的であることを確認できる。かくして、ローマー型市場社会主義が少なくとも理論的空間ではパレート効率的資源配分を達成可能である事から、アソシエーション経済は配分効率性の観点においてローマー型市場社会主義よりも劣るという結論になる。

              以上の結論は、社会の構成員が一般に互いに相異なる消費選好や労働スキルを持っているような極めて一般的設定の下で導かれたものである。以下では、もう少し限定的な設定にあえて焦点を向けることで、両経済システムのパフォーマンスの比較分析をより鮮明に行う事を試みよう。

今、全ての個人の消費選好は同一の効用関数でもって表されるとしよう。さらに、全ての個人の労働スキル水準は等しくであるとしよう。このとき、アソシエーション解の実行する配分が満たすべき必要条件は、その配分が内点解であることを前提として、以下のように書き換えられる:

                  , .                   (3.1a)

同様に、均等便益解の実行する配分が満たすべき必要条件は、その配分が内点解であることを前提として、以下のように書き換えられる:

                    , .                 (3.2a)

このような性質を満たす資源配分の中に、いわゆる対称均衡配分が存在する事を、全ての個人の効用関数及び労働スキルの同一性から、保証できる。かくして、アソシエーション解における対称均衡配分をで、また、均等便益解における対称均衡配分をで記す事にしよう。

              以下では、簡単化のために、この二つの対称均衡配分に焦点を絞って、それらの厚生比較を行う。第一に、条件(3.1a)と条件(3.2a)より、均等便益解はパレート効率的な対称均衡配分であるが、アソシエーション解はパレート非効率的な対称均衡配分である。ところで、対称均衡配分であるという事は、その配分において人々が享受する効用水準は全て同一である事を意味するので、においてもにおいても、効用の均等配分が達成されている。同じく効用の均等配分でありながら、はパレート効率的であっては非効率であるという事は、結局、以下の事を意味する:

                               .                        (3.3)

また、条件(3.1a)より、

                                                     (3.4)

である。これはある市場価格に基づく各個人の、市場社会主義経済における予算制約式:

                                                       (3.5)

の条件下で、は効用最大化を達成してはいない事を意味する。とりわけ、(3.5)式の条件を満たすようなある配分であって、

    (は十分に小さい実数) &     (3.6)

を満たすものを取れば、そのとき、である。つまり、アソシエーション解の対称均衡配分は、労働供給を増加する事でパレート改善できる。

また、均等便益解の対称均衡配分に比して、労働供給量が多い事も確認できる。その事を確認するために、今、配分における効用関数upper contour set を定義しよう。また、

を定義すれば、である事から、

                                                         (3.7)

が成立する。ところで、の定義から、

                                                         (3.8)

である事が導かれる。よって、が下に凸な集合である事、である事、及び(3.4)(3.8)から、

                                             (3.9)

が導かれる。ここでであるので、(3.9)より、が従わざるを得ない事が解る。かくして:

 

命題3: 全ての個人の効用関数及び労働スキルが同一であるような経済における対称均衡配分を取り上げる。このとき、ローマー型市場社会主義経済の下で達成される対称均衡配分は、アソシエーション経済の下で達成される対称均衡配分に対して、パレート優位である。さらに、アソシエーション経済の下で達成される対称均衡配分の下での労働供給水準は、ローマー型市場社会主義経済の下で達成される対称均衡配分の下での労働供給に比して過小である、という意味において、社会的に最善な労働供給水準に比して過小な労働供給しかもたらさない。

 

4.      結びに代えて

    以上の部分均衡分析、及び、一般均衡分析の双方において、アソシエーション経済の資源配分機能と、ローマー型市場社会主義経済の資源配分機能を、配分効率性の観点から比較評価分析した。結果は、部分均衡分析、及び、一般均衡分析のいずれにおいても、アソシエーション経済の資源配分機能よりもローマー型市場社会主義経済の資源配分機能の方が、パレート優位にあるというものであった。

ここでの二つの経済システムの主要な違いは、労働市場の有無に関わっている。アソシエーション経済では、労働市場での評価を媒介する事無く、各労働者管理企業の生産成果は、企業の構成員に均等に分配される。他方、ローマー型市場社会主義では、全ての個人は均等な利潤配当を受け取る権利を有しているが、各々の労働報酬は、その労働市場での評価に基づいて行われる。こうした資源配分メカニズムの違いが、両経済システムに異なったパフォーマンスを生み出す一つの源泉になっている事を、我々の分析は明らかにしている。とりわけ、一般均衡分析で行った、対称均衡配分での比較分析においては、社会的に見れば、アソシエーションであれ、ローマー型市場社会主義であれ、全ての個人は等しい労働量を供給し、等しい生産成果の分配(所得)を、均衡において享受している点において、配分公正性の観点からの違いは生じない。つまり、生産成果の分配ルール上の帰結主義的違いはない。にもかかわらず、両者に配分効率性の観点での性能の違いが明確に出ているとすれば、その違いの主要因は、労働市場の有無に求めるしかない事になる。

アソシエーション経済が、総生産成果の労働者への均等分配をルール化する以上、そうした分配ルールは、市場的資源配分メカニズムとは両立しない。にもかかわらず、均等分配ルールを維持しつつ、労働者の労働供給選択に関する分権的意思決定を許容するならば、本稿の定義2で与えたような形式をアソシエーション解として採用せざるを得ないであろうし、その結果は、パレート非効率性としかならない。では、社会の構成員ないしはそれを代表する委員会などによって、労働供給の規制的調整を民主主義的にデザインする事によって、パレート非効率性問題の解消を図るとしたらどうであろうか?この場合、我々は再び、経済計画論争の課題に直面せざるを得なくなる。つまり、我々は均等分配ルールを満たすようなパレート効率的配分が確かに存在する事を確認する事は出来ても、それが既存の経済環境の下では具体的にいかなる資源配分であるのかを計算して導出するのはすこぶる困難なのである。それは、一つは、経済の真の私的情報の収集困難性に関わるものであり、また、そうした情報を仮に得たとしても尚、それらに基づく最適解の計算困難性にも関わってくる。これら全ての困難は、しかしながら、労働市場の導入によって、少なくとも理論上は解決の見通しを立てることが可能なのである。その点に、ローマー型市場社会主義システムの優位性のある一面が確かに存在していよう。

以上の分析は、労働者管理企業システムの困難に関する代表的な見解とは別の視角を我々に与えてくれる。労働者管理企業システムの困難性としてしばしば言及されるのは、その資本財購入ないしは資本蓄積のための資金調達の困難性である。資本集約的産業で企業を興すときに、自己資金でこうした巨大な資本財を調達する事は労働者管理企業の場合、難しいと考えられ、労働者以外の誰かが企業への資金を調達する役割を果たさざるを得ないだろうと考えられる。他方、蓄積資金を100%、外部金融によって賄おうとする場合、外部資金調達者は、銀行であれ、投資信託会社であれ、労働者管理企業の経営や投資的意思決定への影響力を行使する事が出来る。これは、労働者たちによる生産の意思決定権という労働者管理企業の原理の侵食を意味するゆえに、労働者管理企業としてのアイデンティティに関わる問題を導かざるを得ないであろう。また、投資信託や銀行への配当や利子払いなどの恒常化は、結局のところ、マルクス的労働搾取の問題を、労働者管理企業の体制においても生み出してしまう事を意味する。すると、結局、労働者管理企業が原理的に存在し得るのは、資金調達の問題が大きく関わる度合いの少ない労働集約的産業の範囲内に限られるのではないか、という議論にもなる。

              我々の分析は、資本財の存在抜きでの、労働のみを主要な生産要素とする生産経済をあえて考える事によって、上記のような資本財購入資金の調達問題を捨象する事から始めている。そして、こうした問題が捨象されたとしても尚、労働者管理企業から構成されるアソシエーション的経済システムには配分効率性の観点で弱点があることを、我々の分析結果は明らかにしている、と位置づけ可能であろう。そして、そうした弱点とは、労働市場を媒介せずに労働の配分を決めるという、そのアソシエーション型経済システム固有の性質に関わっていると言える。労働市場が存在する限り、疎外の問題は原理的には解消されないであろうが、その解消を原理的に優先する経済システムは、非効率性問題を原理的に抱え込まざるを得ないのである。

 



[1] ここで、記号は、における関数の、変数に関する一階微分係数を表す。