[8]正の利潤生成に関する私のここでの説明に反対の方は、この総資本財の相対的希少性という想定自体に文句をつけるかもしれません。総資本財の相対的希少性という想定は所与の仮定ではなくて、内生的に説明されなければならないはずであると。さらに正統派マルクス主義の方々は、その内生的メカニズムを説明したものこそマルクスの資本主義的蓄積の一般法則論である、と主張されるかもしれません。しかしここでの説明はいわゆる一時的均衡モデルを想定した議論であって、従って長期的な時間のプロセスの中の一生産期間を切り取って説明しています。その場合には、生産の期首において存在する総資本財の賦存量も総労働人口も所与の条件として説明される事になるわけです。所与の条件の設定の仕方としては他にも様々な可能性がある中で、総資本財の相対的希少性という設定をしたのは、もちろんマルクスの相対的過剰人口論の議論を視野に入れているわけです。このようにマルクス的な人口法則が成立している、時間構造のある生産経済の下では、新古典派経済学のような時間選好概念なしでも、あるいは特定の生産要素への搾取に利潤の源泉を求める議論無しでも、市場メカニズムと私的所有関係だけで正の利潤の成立が説明可能である事を示せれば、当面の議論の目的としては十分なのです。

 さらにマルクスの資本主義的蓄積の一般法則論に関して言及すれば、この議論は直観的に鋭く資本主義の特性を捕らえているように見えるものの、かなりラフな議論であって、現代の観点からすればやはり大幅に書き換えざるを得ないものであると思います。マルクスは「相対的過剰人口の累積的増大」という議論で、産業予備軍が資本主義の成長経済において長期的に存在する事を主張しますが、それは長期的な資本蓄積過程が長期的な資本の有機的構成の高度化の傾向を伴って進行するが故であると説明します。すなわち、中短期で資本構成一定のまま資本蓄積が進行すると資本蓄積率=労働需要増加率>労働供給増加率という状況になり賃金が高騰し剰余価値率の低下、資本収益性の危機になる。そこで技術革新によって資本の有機的構成の高度化を実現する事によって、「資本蓄積率>労働需要増加率」を導き、その結果、「労働需要増加率<労働供給増加率」という関係を維持する事によって賃金を引き下げ剰余価値率を回復させる。このようなメカニズムが働くがゆえに長期的には資本の有機的構成の高度化を伴う蓄積傾向と産業予備軍の累積傾向が導かれる、というわけです。これは技術革新のパターンが「資本使用的・労働節約的技術変化」のみである事を想定した一面的な議論であると言えるわけです。実際には技術革新のパターンとしては「資本節約的・労働使用的技術変化」や「中立的技術変化」等の可能性も考えられるわけで、いずれのタイプの技術革新が生ずるかはその時々の利用可能な生産技術体系のオプションと、所与の市場価格体系の下での資本家の利潤最大化・費用最小化行動によって決定されるわけです。仮にその結果名目賃金率が上がる事になっても、資本節約的・労働使用的技術変化の方が資本家の費用最小化行動に適うならば、そちらの技術を選択するでしょう。さらに高騰した賃金を下げる方向で選択される技術変化が必ずしも資本使用的・労働節約的な方向に向かうとは限らない事は、スラッフィアンが指摘するいわゆる「資本のリスウィッチング問題」からも、従うわけです。資本蓄積の長期的動学理論は今だ、完成されていないと言わざるを得ないでしょう。