科学研究費補助金特定領域研究B
研究の目的:A5 (寺西グループ)


本研究プロジェクトの目的は経済発展と所得分配の問題を世代間分配という新しい視点から分析することにある。経済発展と所得分配の関係は従来、主として階級間格差ないし産業間格差の問題として論じられてきた。たとえばカルドア等は1950〜60年代において階級間の分配が資本蓄積に如何なる影響をもたらすかについて理論的実証的な論争を展開したし、ヌルクセとハーシュマンの間にかわされた均衡・不均衡成長の戦略論争は主として農業と戦略的工業の間の産業間の分配関係の問題であった。グズネッツが逆U字仮説を提示し、発展過程における所得分配の悪化の可能性を示唆したのは、近代化論との関係から在来産業・近代産業間の格差に注目したことによる。また1960〜1970年代における輸入代替政策vs開放政策という貿易政策に注目した開発戦略論争は貿易財産業と非貿易財産業の所得格差の問題でもあった。

これに対して世代間の所得分配の問題はコトリコフなどによって世代会計問題として資本蓄積に関連づけられてきたものの、産業構造と社会構造の変化を含む経済発展との関連においては必ずしも十分な分析がなされてきたとは言えない。しかしながら、今後の日本・アジアの経済発展を考えるばあい、世代間の分配の問題は所得分配と経済発展に関して最も重要な次元に属すると考えられる。それは第一に、アジアにおける高齢化・少子化の進展という現実にかかわる。日本が先進国中で最も急速に人口の高齢化が進展していることはよく知られているが、アジア全域においても高齢化が急激に進行している。このことは、戦後における人口爆発とその後も引き続いた高率の人口増がここにきて一段落し、逆に急激な少子化が生じつつあることによる。第二は、そうした変化のもたらす社会システムの変化の影響である。日本における核家族化は言うまでもないことだが、アジアの多くの国においても伝統的な家族ないし血縁地縁を基盤とした社会的なセーフティネットが急激に破壊されつつあることである。

こうした2つの変化は、ひとつには若年層の労働のインセンティヴを通じて今後、発展途上地域における経済成長に大きな影響をもたらすことが考えられるし、またシステムへの支持が低下する場合には、社会的政治的な不安定性を通じてマクロ経済の安定ひいては資本蓄積行動に重大な影響が生じることが懸念される。これに加えて急激な経済成長のせいもあってアジア地域における環境破壊のスピードは世界的にみて突出しており、世代間の厚生に所得だけではあらわせない深刻な格差が生じつつあることも指摘されねばならない。

こうした観点から、この研究プロジェクトでは、主として日本およびアジアを念頭におきつつ、世代間所得分配と経済発展の問題に、理論実証の両面から経済分析のメスを加えることを目的とする。言うまでもなく、この問題は単なる狭義の経済分析の対象にはおさまりきらない観点を多く含むが、政治的ないし社会学的な視点に配慮しつつ、あえて経済分析に焦点をあわせることで深みのある分析を行い、あわせて政策含意を丹念に抽出したいと考える。


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