科学研究費補助金特定領域研究B
研究の目的:A3 (高山グループ)


日米欧の主要な先進工業国における公的年金制度の財政は、いずれも「世代と世代の助けあい」を本旨とする賦課方式で運営されている。人口構造の高齢化が進むなかで公的年金の財政運営に頭を痛めている例がこれらの諸国には圧倒的に多い。1996年のリヨン・サミットで当時、日本の首相であった橋本龍太郎氏は「社会保障イニシアティブ」を提唱し、先進工業国の共通課題である社会保障問題に特別の関心を示し、各国が共同して問題解決に取り組む必要性が高いと主張した。その提唱をふまえた形でOECDをベースにした各国調査や国際比較が行われ、ワークショップ・社会保障大臣会議等が開催された。この間に多少の成果は得られたものの、今後解決すべき点も多々残されている。

たとえば、賦課方式であれ積立方式であれ、いずれの財政方式でも単独では望ましい結果が得られない。ただし、両者のどのような組み合わせが望ましいかは依然として不明である。また賦課方式の年金を積立方式の年金に切りかえる際に生ずる諸困難をどのように解決するのかという点についても説得力の高い方法は今のところ開発されていない。

第2に、「給付建てか掛金建てか」という切り口による議論が最近では多い。ただし、どちらか一方だけでは問題が残ってしまう。両者のベストミックスが具体的にどのような姿になるかも今のところ不明である。

第3に、掛金建て積立方式の私的年金を奨励するケースが主要国では近年、一般的である。ただし運用にともなうリスク管理のあり方や資金運用機関に対する規制のあり方についての知識は現在のところ必ずしも十分ではない。

第4に、雇用が流動化しさまざまな雇用形態が生じている一方、女性の就業形態も多様化している。このような雇用の流動化や就業形態の多様化に適合した年金制度のあり方については研究がその端緒についたばかりであり、今後の展開が大いに期待されている。

第5に、年金保険料は賃金を徴収ベースとしているが、そのマイナス面が無視できないほどに大きくなっており、年金保険料の引き上げは今後、長期間にわたって不可能かつ不適切になった国が一般的である。ただし公的年金の財源として他に何を求め、どのように国民を納得させるかについては暗中模索の状況が続いている。

第6に、高齢化のテンポが国ごとに異なるとき、国際的な資金移動のあり方も時とともに変わる。ただし具体的にどのような規模で国際的な資金移動に変化が生じるか。そして、それが国際金融システムにどのような影響を及ぼすか。それらについての研究もほとんど行われていない。

第7に、人口高齢化が進む中で家計のリスクテイクの姿勢や金融商品需要の中身も変わっていく。その中で金融業全体がどのような影響を受けるか。この点についても研究を深める余地が残されている。

本研究では上記の7点について各国比較をふまえた理論的・計量的研究を進める。その目的は(1)財政方式のベストミックスの分析、(2)給付建てと掛金建てのベストミックスの考察、(3)公私の役割分担についての明確な区分と範囲の指定、(4)雇用流動化・就業形態の多様化への適切な対応、(5)リスク管理・金融機関規制の具体的方法の開発、(6)国際資本移動の変化と国際金融システムの影響に関する計量的分析、(7)高齢化に伴う家計貯蓄の変化と金融業への影響に関する計量分析、にある。

本研究の特色は(1)『全国消費実態調査』『国民生活基礎調査』などの個票データを駆使したミクロデータ分析、(2)年金問題の財政・金融両面からの考察、(3)世界の年金専門家との密接な情報交換による高い研究水準の維持、の3つにあり、高齢化のフロントランナーとなる日本からの情報発信によって学術の国際貢献に大いに資したい。


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