科学研究費補助金特定領域研究B
研究の目的:A1 (鈴村グループ)


地球温暖化問題は、人類が初めて遭遇した規模の自然科学的・社会科学的な難問である。この問題の解決を困難にしている特徴を列挙すれば、以下の諸点を直ちに指摘することができる。(1)人間の経済生活のすべての面で温暖化ガス(主として二酸化炭素)の排出は不可避的であるため、通常の生活を送るすべての人間が温暖化の起因者とならざるを得ない。その意味において、地球温暖化問題とはすべての人間が起因者となる点にユニークな特徴をもつ外部性の問題なのである。(2)温暖化ガスの蓄積には現在の経済活動のみならず、過去の長期間にわたる経済活動も大きく貢献しているが、その発生の当事者である過去の世代はいまや既に存在していない。このことは起因者負担の原則にしたがって外部性の内部化を図ろうとしても、起因者として内部化のコスト負担を求め得る人々は、本来の起因者のうちのほんの一部でしかないことを意味している。(3)現在排出された温暖化ガスの影響を主に受けるのは、現存する世代ではなくて数十年先の遠い将来に生存する世代であって、彼らは未だ存在していない。したがって、外部性の問題の解決を加害者と被害者との直接交渉に委ねるという方法は、原理的に適用不可能である。(4)地球上の異なる地域の間には経済発展過程に差異があって、温暖化ガスの発生を伴う累積生産量ーーしたがって温暖化ガスの蓄積量に対する貢献量ーーには大きな隔たりがある。このことは温暖化ガスの排出抑制のための措置を巡っては、現在時点ですでにーー過去の温暖化ガスの排出を伴ってーー経済発展を達成した国と今後の経済発展に希望を繋ぐ途上国との間には、大きな利害対立があることを意味している。(5)地球温暖化の進行が地球上の異なる地域におよぼす影響は決して一様ではない。温暖化によって水没の危機に瀕する島嶼国と、従来は永久凍土とされていた地域が工作適地に変わる国との間には、地球温暖化問題に対する意識に雲泥の差があることは当然である。

このように時間的・空間的に大規模な問題を、経済学はいままでに対象にしたことはなかった。経済学が扱ってきたのは、せいぜい過去の公害問題のように特定の地域における特定の現象ーー加害者と被害者が原理的には分離可能であるうえに、両者は基本的には同時点に並存しているような現象ーーに関わる外部性であって、地球温暖化問題のように、過去、現在および将来の経済活動全般が因果的に連鎖しつつ、加害者と被害者が同時点には並存しない現象ではなかったのである。

規範的経済学の観点から見るならば、地球温暖化問題は超長期にわたる異なる世代間の厚生の分配の問題であると同時に、同世代内における厚生の分配の問題でもある点にユニークな特徴をもっている。規範的に望ましい分配とはなにかという問いに対しては、厚生経済学、道徳哲学、法哲学、政治哲学の研究者がさまざまな価値基準が考察してきたが、その多くは地球温暖化問題の論脈では切れ味を喪失するものでしかない。このような問題意識を共有する厚生経済学者、経済哲学者、法哲学者が、地球温暖化問題の経済学と倫理学の構築を目指して共同研究を行うのがこのプロジェクトの目的である。


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