HOME » 刊行物 » 経済研究

論文要旨

Vol. 68, No. 2, pp. 132-149 (2017)

『景気変動と世帯の所得格差 --リーマンショック下の夫の所得と妻の就業--』
樋口 美雄 (慶應義塾大学商学部), 石井 加代子 (慶應義塾大学大学院商学研究科), 佐藤 一磨 (拓殖大学政経学部)

本稿の目的は,「慶應義塾家計パネル調査(KHPS)」を用い,景気変動による夫婦の所得,就業状態の変化が世帯の所得格差に及ぼす影響を検証することである.分析の結果,次の3点が明らかになった.1点目は,夫の所得変化について分析した結果,景気が大きく後退した時期において,中高所得層で所得の伸びが滞り,賞与減などを通じて所得の減少を経験した世帯が多かった.一方,低所得層でも失業や転職を通じて所得の減少を経験したものはいたが,景気後退期であっても所得の伸びを経験しているものも多く見られた.これらの結果から,景気後退期に低所得層と高所得層の夫の所得格差が縮小すると考えられる.2点目は,夫の所得変化が妻の就業に及ぼす影響を分析した結果,夫の所得が低下した場合,これまで働いていなかった妻の労働供給が増加するといった形で付加的労働者効果が観察された.この効果はもともとの世帯所得が低い家計において大きいことが観察された.3点目は,夫の勤労所得のみで計測したジニ係数と,妻の勤労所得も足し合わせた所得で計測したジニ係数を時系列に比較した結果,妻の勤労所得は世帯間の所得格差を縮小させること,なかでも2008年の景気後退期から数年間,妻の勤労所得による格差縮小効果が大きいことがわかった.以上の分析結果をまとめると,景気後退期に有配偶世帯における所得格差は縮小するが,その背景には中高所得層の夫の所得低下と低所得層の妻の新規就業が影響を及ぼしていると考えられる.なお,この結果は現役世代の有配偶世帯のみを対象にして得られたものであり,無配偶世帯を含めて計測したジニ係数は,むしろ景気とカウンターシクリカルな動きを示し,景気が回復すると所得格差は縮小し,悪化すると拡大する傾向があることも明らかとなった.景気変動による世帯別,属性別の労働需給の変化が世帯の所得格差に大きな影響を与えている.