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論文要旨

Vol. 67, No. 2, pp. 147-163 (2016)

『自由の価値の物語り--民主主義と死--』
後藤 玲子 (一橋大学経済研究所)

2012年1月札幌市で2人暮らしの姉妹が餓死するという事件が起こった.姉妹はなぜ生活保護を受給できなかったのだろうか.本稿の目的は,個人の合理的な選択に深く入り込んでくる「非選択的要素」を抽出しつつ,この問いを分析することにある.セン型社会的選択アプローチは,社会的決定の手続きが,個人の選好の自由な表明,パレート原理,ならびに個人的決定権の尊重といった条件をすべて満たしながらも,ある個人を死に至らしめる可能性を浮き彫りにした.潜在能力アプローチは,彼女が描きうる将来の潜在能力像は厳しいものであることを明らかにした.申請すれば,「生活」の見通しを高めることと引き換えに「自尊」の見通しを大きく狭める,しなければ後者を高めることと引き換えに前者を狭めるおそれがあった.自分の取り得る行為の選択肢が何であるかを知ることができず,生活と自尊の見通しを描くうえで十分な情報を得られずことができず,選択するうえで不可欠な一緒に思量してくれる相談相手もいなかったとしたら,「本人が申請の意思を示さなかった」ことをいったいいかなる意味で本人の自由意思の行使とみなせる.