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論文要旨

Vol. 65, No. 2, pp. 126-139 (2014)

『創設期の厚生経済学の一側面 —ピグーと優生思想—』
山崎 聡 (高知大学教育研究部人文社会科学系教育学部門)

19世紀の後半に誕生し,20世紀の幕開けと共に興隆した優生学は,当時のイギリスの政治的思考において支配的であった国民的効率を追求したものと看做すことができる.当時の多くの優生学者らは,寛容な政府による援助と多くの誤った慈善事業の存在に対して憂慮した.彼らの主張によれば,それらが合わさって「逆選択」(人口比悪化と国力衰退)が生じる状況を生み出してきた.これらの優生学的主張は,貧者への分配を改善しようとするピグー厚生経済学の精神とは真っ向から対立するものであった.ピグーは,自身の確固とした倫理的見地から優生学に内在するイデオロギーを看破し,優生学的批判から福祉政策を理論的に擁護した.1930年代頃までに,優生学自体も環境を重視する改良型優生学へと変わっていくなど,厚生経済学(福祉政策)に対する風当たりは穏やかになったが,初期の最も風当たりが厳しい時期にその正当性を主張したのはピグーのみであったといえよう.