独立前のインドでは,早くからヨーロッパの製糸技術に接触する機会が,数多く存在した.そしてベンガルでは19世紀の前半に,またカシミールやマイソールでは,19世紀の末にそれぞれ近代的製糸技術が導入された.しかしそれらはいずれも,広く普及や発展することなく,やがて消滅ないし停滞するに到った.
本稿の目的は,こうしたインドにおける技術導入の失敗の要因を探ることに在る.これまでその主たる理由としては,インドの自然条件ならびにそれを規定された多化蚕製糸業の弱点のみが強調されてきた.
しかし本稿では,ベンガル以外の地域をも考察することにより,それらに加え,(1)品質意識の欠如や (2)技術改良を促進するための研究開発努力の不足,あるいは (3)そうした改良活動を背後で支える蚕糸業教育の不十分さなど,社会的諸条件の欠如こそが,むしろより重要であったことが明らかにされている.