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戦前の中国物価推計に関する考察




王 玉茹


中国南開大学経済研究所助教授

一橋大学経済研究所客員研究員

(1997年10月から1998年9まで)



    はじめに

    一、既存資料に対する紹介と評価

    二、戦前期物価推計に関する展望

       T.物価の長期的な動向

       U.支出方面の物価

       V.生産面の物価

       W.貿易面の物価−−輸出入物価指数

       V.賃金指数

     

    参考文献

     

     



     

     はじめに

    筆者は、近年来近代中国の経済発展過程を研究対象としている。四年前中国における価格構造の変動を対象として、『相対価格変動と近代中国の経済発展』(『近代中国価格構造に対する研究』1997年5月)をテーマとして博士論文を完成した。この中では、主に南開経済研究所所蔵の大量の価格資料と、その他の物価統計データと研究成果とを利用し、中国の資源配分、特に中国の市場メカニズムが近代中国経済発展モデルに対して与えた影響を分析したが、物価指数については新たな推計を行わなかった。

    昨年末、尾高煌之助教授(一橋大学経済研究所)より戦前中国の物価推計が必要だという提議があり、筆者は既存の資料のほかに、新たに中国第二歴史當案館の『国民政府統計當案選編』、『民国時期総書目』経済分冊、日本長期経済統計『物価』8巻を参考して、本論文をまとめた。

     

     



     

     

    一、既存資料に対する紹介と評価

      

    1.既存資料

    戦前の中国経済統計データ資料の中では、価格資料は比較的豊富な方であり、大体下記三種類に分かれる。

    第一の種類は官方、つまり政府が編成された資料である。1931年4月国民政府主計処が設立された直後、統計資料の編成に着手し、『統計月報』(1931-1948年計136期)、『中華民国統計提要』(1935,1940,1943,1945,1947年 計5期)、『中華民国統計簡編』(1941,1943年 計2期)、『全国統計総報告』(1945,1947年 計2期)、『中華民国統計年鑑』(1948年)などが出版された。これらの出版物には、主な物価、賃金などの統計データが入っている。

    第二の種類は学術団体によって編成、出版された物価統計資料である。その中で最も有名なのは、南開大学経済研究所の南開指数である。南開大学経済研究所を創立した一つの目的は、中国近現代経済に対する研究である。したがって、創立された1927年以来、物価指数の編成は当研究所の一つ大きな研究項目になっている。中には卸売物価指数、小売物価指数、生活費指数、輸出入物価指数、為替相場指数などがある。これらの指数及び関連研究文章は、創立当時天津、上海の新聞『大公報』副刊『経済週間』に掲載されていた。そして、南開経済研究所は『経済統計季刊』(1932-1937年、後に『政治経済学報』に改名 )、『南開指数年刊』(1934-1936年)、『南開指数専刊』(1949,1950年)を出版し、『銀行月刊』、『清華学報』などにも南開学者の論文を載せていた。これらの研究成果は、後に『南開指数資料匯編』(経済統計出版社 1958年)と『南開経済指数資料匯編』(中国社会科学出版社 1988年)にまとめられた。1983年南開大学経済研究所が編集、出版した『旧中国開石炭鉱的賃金制度と包工制度』の中には開石炭鉱1913-1945年の賃金指数が記載されていた。

    同時期に、北平社会調査所は1928年と1932年に『第一回中国労働年鑑』と『第二回中国労働年鑑』を出版し、これらの中にも賃金指数と物価指数統計が入っている。

    上海社会科学院経済研究所が1958年編集、出版した『上海解放前後物価資料匯編』(1921-1957年)には、36年間の上海の卸物価と小売物価の総合指数、類別指数と労働者生活費指数などが入っている。

    50年代末から60年代初め、中国社会科学院経済研究所の学者らが中国経済史資料シリーズを編集、出版した。陳真他共編『中国近代工業史資料』(北京三聯書店 1957年)、李文治他共編『中国近代農業史資料』(北京三聯書店 1957年)、彭沢益他共編『中国近代手工業史資料』(北京三聯書店 1957年)、厳中平他共編『中国近代経済史統計資料選輯』(中国科学出版社 1955年)などには、各分野の物価と賃金などの資料が収められていた。

    第三の種類は、学者たちの研究成果である。 代表的な著作には、孟天培 (Tienpei Meng)、甘博 (Sideng.D.Ganble) 共著の『二十五年間北京の物価、賃金と生活程度1900-1924年』(国立北京大学出版部 1926年);朱鶴齢の『上海生活費指数』(上海現代経済通信社 1949年);許道夫の『中国近代農業生産と貿易統計資料』(上海人民出版社 1983年;張履鸞の『江蘇武進物価の研究』(『金陵学報』第3卷第1期 1933年);唐傳泗、欧陽侃共著の『中国近代米谷貿易価格資料』(『価格理論と実践』1982年、第1-2期); J.L.Buck の『Land Utilization in China』(商務印書館 1937年);黄国樞、王業健共著の『清代糧価の長期変動 1693-1910年』(T. G. Rawski and L. M. Li Edited, Chinese History in Economic Perspective, University of California Press, 1992);唐啓宇が編集した1867-1922年中国卸物価指数(『第一回中国労働年鑑』 北平社会調査所 1928年);Wertheim が編成した1913-1937年中国卸売物価指数(W. Y. Yang, University of Nanking Indexes, 1941)などがある。

    その他、未公開出版された物価資料もある。例えば商業部物価局が1955年に編成した『抗戦前価格参考資料』七巻、中国社会科学院経済研究所陳其広氏の博士論文『中国近代工農業産品交換の価格比と理論考察』などがある。

     

    2.既存資料に対する評価

    以上取り上げた資料数は、量的に多いように見えるが、長期物価推計をするなら、まだ二つの問題点が残っている。一つは、縦方向から見ると、上記資料は長期系列の資料が少ない。例えば卸売物価指数の大部分はその期間が短かい。もう一つは、横方向の問題で、種類がそろわず、系統性もなく、国民経済計算の体系に即することによって不足な資料が相当ある。それにも砿拘わらず、現有の資料に基づき、統計手段を用いて、合理的に処理分析すれば、基本的な物価指数体系を推計するのは可能である。

     

     



     

      

    二、戦前期物価推計に関する展望

       

    T. 物価の長期的な動向

    中国近代物価の変動総趨勢は、卸売物価総指数と類別指数で表現できると思う。この部分の資料は比較的理想的である。(附表1附表2参照)現有の資料は、唐啓宇の1867-1922年中国卸売物価指数、Wertheim の1913-1937年卸売物価指数、『中華民国統計提要』(1935年版)全国卸売物価指数中に記載されている1912-1933年上海、広州、華北地方の卸売物価指数である。これ以後、1947年までの国民政府の統計刊行物には、全国地域別の卸売物価指数が載せられていた。そのうちに、1912年からは卸売物価類別指数の統計記録があった。このように、この時期の研究のためには、唐啓宇指数とWertheim指数が利用できるし、地域別指数も参考になる。唐啓宇の1912年前の指数を使うなら、後の類別指数ウェイトで類別指数が推計できる。但し、注意すべき点は、1912年前と後との商品構造が違うので、再分析する必要がある。

     

     



     

       

    U. 支出方面の物価

      1.消費者物価指数

    既存の物価指数資料中では、小売物価指数と生活費指数の統計は比較的多量にあるので、 CPI の推計は難しくない。

      1.1 都市消費者物価指数

    小売物価指数と生活費指数のうち、南開指数と上海指数の系列連続性は比較的長い。南開指数は1926年−1952年間、幾つか空白の年度があるのに対して、上海は1921-1957年全期間、類別指数までそろっている。国民政府統計中にも、1937-1947年間小売物価と生活費指数がある。北京の指数については、孟天培、甘博共著の『二十五年間北京の物価、賃金と生活程度 1900-1924年』に論じられていると思うが、筆者はまだ拝読していないので、ここでは議論できない。もし、この中に連続性のあるデータ資料があれば、天津、上海の指数と結びつけることができる。しかし、それか不可能であっても、卸売と小売の価格差のウェイトで卸売物価指数から小売物価総合指数が推計でき、1912年以後の類別指数ウェイトでその次前の類別指数を推計することができる。

    したがって、以上の方法を通じて、1912-1949年の都市消費者物価指数がおおよそ推計できると思う。

      1.2 農村消費者の物価指数

    この部分の既存資料として、J.L.Buck は『中国の土地利用』(商務印書館 1947年)中の1906-1933年中国農民所得と支出価格の変化表には、農民生活必要品小売価格指数と農用家畜価格指数が載っている。ほかに『中華民国統計年鑑』(1948年)に1933-1946年農民支出指数がある。(附表3附表4参照)この二つの指数を繋ぐと、1906-1946年の農村消費者物価総合指数が作成できる。同じく品目別指数については、20-30年代の家計調査資料に基づいてウェイトを確定した後、推計できるが、品目別を詳しくわけでは無理だと思う。その原因としては、中国農村地域は広く、自然条件、経済発展程度が違うし、消費構造にもそれぞれの特徴があるので、品目別物価指数の推計には大きな困難が伴う。しかし、日用品と農業生産用品の品目別推計は可能である。

      1.3 総合消費者物価指数

    上記の都市消費者と農村消費者物価とを適切に比較分析すれば、総合消費者物価指数を導き出すことができるが、推計したデータが当時の中国経済社会を反映するために最も重要なのは、ウェイトの確定である。ウェイトを確定する時、全国データがなく、変わりに地方の個別データを代用する場合、その代表性を考えなくてはならない。とりわけ、農村と都市には、経済発展のレベルの差があるこれは非常に重要なポイントである。

      2.投資財産物価指数

    これは、戦前の中国物価推計では最も難度が高い部分である。卸売物価類別指数中には建築物価格がなく、建築材料物価指数のみがある。工業統計中には機械設備エネルギーのデータがあるが、価格資料はない。鉄道、道路、水上運輸、郵便方面などの資料も同じく数量があり、価格はない。その物価指数は間接的な推計をするしかできないだろう。既存価格資料のうちは、主に農業生産資料はとして、土地価格資料が比較的理想的である。

     

     



     

       

    V. 生産面の物価

      1.工業製品の物価指数

    上記の卸売物価と小売物価指数から、工業製品価格を食料品、木製品、機械類、繊維類、化学製品類、陶磁器類、金属類、建築材料類、燃料類とその他の部分に分けられる、さらに、上海については、1933-1938年の上海生糸、綿糸、茶、米、小麦粉、砂糖などの価格統計が国民政府統計資料に記録されているので、既存資料を利用して、分析処理すれば、長期の物価時系列が推計できる。

      2.その他の物価

    鉱産物の物価のうちは、長期時系列のデータは開石炭鉱の石炭販売価格の長期統計代表はある。(筆者は、1903-1937年の時系列データを使用したことがある。その後のデータは、開當案や海関資料も参考になる。)他の鉱産物の価格データはない。国民政府統計資料のうちは、20年代からの生産量統計たけである。

    鉄道、道路、航空、水上運輸の運賃指数に関して、国民政府統計資料の中に、1936-1944年の旅客と貨物の運賃指数がある(『統計月報』127-128期)。中国近代交通運輸のスタートは遅かったので、交通運賃の指数の開始はほかの指数よりも遅い。この部分は、約十何年間の時系列データが推計できる。

      3.農産物の物価指数

    前述したとおり、既存の1906-1947年の農村物価指数のうち、農産物の農家庭先価格指数を農産物物価総合指数に利用することができるが、品目別指数がない。しかし、1935年版『中華民国統計提要』との商業部物価局が編成した『抗戦前価格参考資料』(未出版)第一輯の全国農村物価中には、一部の地区と年度の品目別農産物価格があり、これから農産物品目別の価格推計ウェイトがである、主要農産物の長期価格指数が推計できる。

      4.林産物の価格指数

    この部分の資料は、非常に不足である。類別卸売物価指数中に林産品があるが、更に詳しい林産品の品目別分けるの資料がない。国民政府統計資料からは、関連資料が見つからない。中国戦前の国情からみて、農産物物価指数に合併させるのが適当だと思う。

     

     



     

       

    W. 貿易面の物価−−輸出入物価指数

    輸出入物価資料は、比較的豊富である。中国経済管理の近代化は、海関から始まった。資本主義列強諸国は、中国経済を支配するために、まず中国海関をターゲットにし、中国海関の一番高い権力である総税務司をずっと握っていた。したがって、中国海関の統計資料は最も長く、連続的であり、完備している。中国早期の卸物価指数の一部分は、海関統計から推計されたる。

    その他の資料は、南開指数中に1867-1930年の輸入物価、輸出物価、そして輸出入総合物価指数がある。(附表5参照)国民政府統計資料中にはその後の輸出入物価指数と、上海市の輸出入品類別価格指数1926-1933年がある。

    上記の物価指数と海関貿易報告所などの関連資料を利用して、1867-1948年の輸出入物価総合指数と類別指数が得られる。

     

     



     

       

    V.賃金指数

    筆者が博士論文を執筆した際、労力さ費下のは賃金指数に関する資料の収集であった。現有の資料としては、鉱業方面は開石炭鉱(1913-1940年)と中興石炭鉱(1917-1931年)の賃金指数、鉄道方面は広九鉄道と広三鉄道(1912-1926年)の賃金指数(『第一回中国労働年鑑』)、工業方面では広州労働者(1913-1926年)、上海紡績労働者(1910-1937年)、北京建築労働者(1826-1925年)、広東台山労働者(1912-1925年)、農業方面では、江蘇武進(1908-1932年)、広東台山(1913-1925)年とBuck(1906-1933年)の中国農業賃金指数がある。(附表6参照)国民政府統計中には、1937-1943年の農民労働者賃金指数と上海(1930-1936年)の各業種労働者の賃金統計が入っているほか、一部の業種と年度の労働者賃金統計がある(男性労働者、女性労働者、未成年労働者、長期勤務者、短期労働者、シーズン短期労働者など)。これらの資料に基づき、企業史の関連資料を参考した上で、長期的な職種別、職業別の賃金指数が推計できるだろう。ただし、個別年度、個別地域及び職種別、職業別のデータをウェイトにする場合、当時の地域がおかれた社会経済状況を考察する必要がある。

    以上は、戦前中国物価推計に関する考察である。筆者の能力、時間的制約などの理由、第一次的な試みにすぎない。戦前中国物価推計の信頼度と利用価値とを高めるには、まず中国戦前の経済発展過程を全面的に把握することこそ、中国の実情に接近早道であると強調したい。

     

     



     

     参考文献:

    1. 南開大学経済研究所:『南開指数資料匯編』北京統計出版社 1958年。

    2. 孔敏 主編:『南開経済指数資料匯編』中国社会科学出版社1988年。

    3. 中国科学院上海経済研究所、上海社会科学院経済研究所共編:

       『上海解放前後物価資料匯編』(1921-1957年)上海人民出版社 1958年。

    4. 商業部物価局編:『抗戦前価格参考資料』 1955年(未出版)。

    5. 汪清彬他編:『第一回中国労働年鑑』北平社会調査所 1928年。

    6. 必信他編:『第二回中国労働年鑑』北平社会調査所 1932年。

    7. 陳其広著:『中国近代工農産品交換の価格比と理論考察』(博士論文 未出版)。

    8. 陳真他編:『中国近代工業史資料』北京三聯書店 1957年。

    9. 李文治編:『中国近代農業史資料』北京三聯書店 1957年。

    10. 彭沢益編:『中国近代手工業史資料』北京三聯書店 1957年。

    11. J.L.Buck著 張履鸞訳:『中国農家経済』商務印書館 1936年。

    12. 唐傳泗 欧陽侃共編:『中国近代米谷貿易価格資料』

         (『価格理論と実践』1982年 第1-2期)。

    13. 巫宝三著:『中国国民所得 1933』中華書局 1947年。

    14. 厳中平他編:『中国近代経済史統計資料選輯』中国科学出版社 1955年。

    15. 許道夫編:『中国近代農業生産と貿易統計資料』」上海人民出版社 1983年。

    16. 南開大学経済研究所経済史研究室:『旧中国開石炭鉱の賃金制度と包工制度』天津人民出版社 1983年。

    17. 楊端六他編:『65年間中国国際貿易統計』中央研究院社会調査所 1937年。

    18. J.L.Buck著:『中国土地利用』商務印書館 1937年。

    19. 上海社会科学院経済研究所経済史研究室:『栄氏企業史資料』上海人民出版社 1962年。

    20. 上海社会科学院経済研究所編:『中国近代麦粉工業史』中華書局 1987年。

    21. 国民政府主計処統計局:『中華民国統計提要』1935,1940,1943,1945,1947年。

                      『中華民国統計簡編』1941,1943年。

                      『全国統計総報告』1941,1945,1947年。

                      『中華民国統計年鑑』1948年。

                      『統計月報』1938年9月-1941年4月;1941年9月-1948年10月。

    22. 南開大学経済研究所編:『経済統計季刊』1932-1933年。

                      『政治経済学報』1934-1937年。

                      『南開指数年刊』1934-1936年

                      『大公報』副刊『経済週間』1928-1937年。

    23. 王玉茹:『近代中国価格構造に対する研究』西人民出版社1997年。

    24. Yen-Chien Wang: Secular Trends of Rice Price in Yangtze Delta, 1638-1935. T.G. Rawski and L.M. Li edited, Chinese History in Economic Perspective. University of California Press, 1992.

    25. T.G. Rawski: Economic Growth in Prewar China, University of California Press, 1989.

    26. Wang Yuru: Capital Formation and Operating Profits of the Kailuan Mining Administration, 1903-1937. Modern Asian Studies, Vol.28, Part I, 1994.