COE第2回国際研究集会の報告


黒 崎 卓



COEプロジェクトの第3年度を終えるに当り、去る1998年2月27-28日に国際シンポジウム「広域アジア圏の長期経済発展、c.1890-1990:比較統計的接近」が開催された(一橋大学佐野書院)。シンポジウムの目的は、これまでの研究成果を集成し国際的検討に委ねることにより、研究活動とその成果の改良とを企画し、国際研究交流を促進することであった。両日とも60名近くの参加者を得て、これらの目的をおおむね達成することができた。


第1日(2月27日)

清川雪彦(経済研究所所長)の挨拶で幕を開け、C. Peter Timmer (Institute for International Development, Harvard University) が「歴史的・比較的観点からのアジア経済成長」という題目で招待講演を行った。講演では、近年の内生的成長モデルに言及しつつアジアの経済成長経験が概観され、その上で今後重要になる統計として貯蓄動員に関する統計、労働力のストックに関する情報の整備などが示唆された。

続く個別報告は、主に日本側研究者が報告し、海外からの招聘者による予定討論とフロアからの質問・コメントという形式で進められた。

最初の報告は川越俊彦(成蹊大学)の「アジアにおける米生産の変化:比較統計的概観」であった。この報告では、国際比較可能な農業統計を推計する際の留意点が整理され、FAO統計をもとにアジア各国の米生産が比較された。これに対する Pierre van der Eng (Australia National University) のコメントでは、意味深い国際比較のためには各地域・国に固有の需給条件、貿易政策、所得水準の変化などを個別に吟味することが必要であること等が強調された。

これに続く黒崎卓(一橋大学)の報告「インド、パキスタンにおける農業発展、c.1900-1990」においては、両国の現在の国境に対応した主要農産物の生産統計試算結果と、これにもとづく長期変動分析の結果が示された。S. N. Mishra (ex-director, Institute of Economic Growth, Delhi) は、この報告に対し、データ解釈上の留意点、多様化指標の問題点などを指摘した。

初日最後の報告「ベトナムGDPの推計:1975-95」は、執筆者のトラン・バン・トゥ(桜美林大学)欠席のため、プロジェクト代表の尾高煌之助(一橋大学)がその要旨を報告し、Jean-Pascal Bassino (Universite´ Paul Vale´ry) がより長期的な視点からこれに詳細にコメントした。


第2日(2月28日)

第2日午前のセッションは、M. Falkus (University of New England, Australia) による報告「戦前タイの国民所得に関する覚え書き」に始まった。コメの生産量にもとづく地域別所得推計に対し、van der Eng等から、商業化されていない自給部門の推計や品質のコントロールなどに関する問題点が指摘された。

続く奥田英信(一橋大学)の報告は「フィリピンにおける金融発展:1946-1997」と題し、同国金融部門の発展プロセスを歴史的に特徴づけた。G. Bautista (Atheneo de Manila University) はこの報告に対し、金融発展と産業政策、マクロ経済発展とを関連づけた視角からコメントした。

午前最後の報告、店田廣文(早稲田大学)による「エジプトの地域人口:1882-1917」では、センサスを資料にエジプトの人口分布パターンが地域別に特徴づけられた。これに対し斎藤修(一橋大学)が同じデータを人口学的な観点から再検討した結果と合わせてコメントした。

第2日午後のセッションは移行経済に焦点を当てた。まず、岳希明・久保庭眞彰(一橋大学)が「戦後中国の経済成長」という題目で、中国統計局との共同研究成果の概要、中国経済の地域格差のパターン等について報告した。中国当局が関わった成果としてこの報告は注目を集め、Harry X. Wu (Hong Kong Polytechnic University)、T. G. Rawski (University of Pittsburgh) 両氏から、使用すべき統計概念についての吟味、データベースそのものの信頼性への疑問、今後の研究課題など多くの点がコメントとして出された。

最後に、旧ソ連地域を対象に、久保庭による「ロシア、中央アジアにおける経済成長:GDPの推計」、望月喜一(北海道大学名誉教授)による「ロシア・極東における長期経済統計:研究展望」の二つの報告がなされた。久保庭報告は、社会主義経済体制崩壊後、急速にMPSから国民所得統計への移行が進んでいる両地域のGDP統計を再推計して公式統計の問題点を明らかにしたもので、これに対し Y. Ivanov (CIS Statistical Committee, Moscow) からその解釈等に関するコメントがなされた。望月報告は経済統計自体が希少な極東ロシア地域に関する報告として注目されたが、N. Mikheeva (Russian Academy of Sciences, Khabarovsk)から基本的な人口統計からして問題点を含むこと等が指摘された。


(くろさき・たかし 一橋大学経済研究所助教授)