1996−97年のロシアにおける主要経済指標の動向

アレクセイ・ベーデフ

アナリストの多くは、ロシアの経済危機の最悪の時期はすでに終わったという見解をいだいている。本年度初頭の月率3−5%から年度末には同0.5−1.3%にまで下がった物価上昇率、設定された目標相場圏内で変動するようになった為替相場、比較的に安定している金・外貨準備高などは、安定を示す主な指標である。しかし、ロシア政府や、OECD等の国際機関が、1996年における経済発展についておこなった、相当に楽観的な予想は実現しなかった。生産高は減少し続け、賃金未払危機は悪化し、徴税能力は劇的に低下したのである。

1.低下した経済指標

1996年の最初の3四半期における国内総生産(GDP)は、現在価格評価で1,609兆ルーブルであり、物価を不変とすれば、1995年の同時期にくらべて6%減少したことになる。ロシア経済省の予測によれば1996年には、GDPは5%減少し、GDPデフレーターは148に達するであろうという。工業産出高は6.5%減少し、大・中規模企業のそれは8%減少した。採取産業の状況は、ルーブルの実勢レートで評価したときでさえより有利であるが、全生産高の3分の2をしめる加工業の状況は、より不利である。このような状況の悪化は、ロシア経済の成長がいまだに可能ではなく、その後退の可能性の方がより現実的であることを示している。

燃料・エネルギー部門は比較的に安定している。前年の同時期とくらべて、電力生産は0.6%、石油生産は2%、石油精製工業の生産は4%、ガス生産は0.1%、石炭生産は5%、それぞれ減少している。鉄・非鉄金属精錬、化学、石油化学の各工業の状況は、前年に比べて顕著に悪化した。これらの部門は、1995年には、市場経済移行期のロシアでははじめての、生産高の成長を記録している。しかし、本年の最初の3四半期をへて、これらの部門の産出高は、1995年にくらべて落ち込んでいる。その率は、鉄精錬で4%、非鉄金属精錬で5%、化学・石油化学工業で13%、機械工業で14%、建築資材工業で25%であった。

インフレーション抑制を主目的とする金融政策のために、産業企業はきびしい予算制約を課せられることになった。企業間の支払遅滞は、月率8%の急激な増加をみせた。1995年における未払生産物の比率は平均13%であったが、1996年の最初の3四半期においては、この指数は20%にも上がった。予算に対する遅滞支払の比率は平均月率6%で増加し、1996年9月1日には、予算総計に対するそれの比率は30%近くになった。予算外基金(社会保障基金等)に対する遅滞支払の比率は、月率26%と、もっとも急速に上昇した。物々交換取引、非現金相互清算および約束手形が広くもちいられるようになった。経済状況センターおよびロシア経済バロメーターが企業経営者に配布した質問票によると、1996年における企業間取引の内訳は、バーター取引が37−40%(精錬および燃料・エネルギーコンビナートでは、この比率は50−56%にも達する。)、約束手形が10−12%、現金支払が10−15%、などとなっており、非現金取引の比率は20−30%にすぎなかった。

投資危機も、移行期にある現在のロシアでは重大な要素のひとつである。1996年の最初の3四半期における投資は、1995年の同時期におけるそれとくらべると17%減っている。生産的投資が20−22%というもっとも大きな落ち込みを示した一方、非生産的投資は10−12%ほど下がった。投資の80%近くは、企業の内部資金によりなされている。政府による投資は重要なものにはなっていない。1996年の政府投資計画は、その目標額の30−35%ほどが実行されるものと思われる。1996年のロシアにおける外国からの投資は30−35億米ドルに達するとみられ、1997年におけるその額は35−40億米ドルと予想されている。

連邦財政赤字はGDPの5.4%をしめており、これは目標の3.85%を大きく上回っている。主として国債発行による、国内での資金調達は、財政赤字補填の62%をしめた。同時に、「国内債務返済」への支出はGDPの2.0%にまで増えた。

1996年9月において、経済活動人口(EAP)は7,260万人であり、全人口の49%をしめていた。EAPの9.2%にあたる670万人は、職についていないが職をさがしている人々、すなわち、国際労働機関の定義により失業者に分類される人々であった。公共雇用安定機関に失業者として登録された人々の数は、EAPの3.4%にあたる250万人であった。一部の専門家は、生産高と有効需要とが減少している一方で、ロシア経済は依然として超過潜在生産力、とりわけ超過雇用をかかえていると信じている。その結果、企業の経費は正当化しえない水準にまで上昇し、さらにその結果として、企業の信用状態は悪化し、運転資本が減少して、賃金を定期的に支払えなくなっているという。工業における平均賃金支払遅滞日数は、1995年の17日から、1996年の最初の3四半期には40日にまで増大した。

1996年の最初の3四半期における実質可処分所得は、1995年の同時期にくらべて0.8%減少した。総家計所得の構成は、被雇用者補償が44.0%、社会移転収入が13.3%、資産所得が5.9%、企業活動からの収入が36.8%となっている。市場経済化の最初期には集中的に進行していた社会階層分解は、いまは減速している。ジニ係数は、1995年の0.382から、1996年には0.376と、わずかに低下した。また、上位10%の最富裕層と下位10%の最貧困層の所得の比率は、このあいだに、13.4倍から12.9倍へと下がっている。生存水準以下の収入しかえていない人々の比率は、1995年には全人口の26%であったが、1996年には22%へと低下した。

ロシア中央銀行は、ルーブルの為替相場について、移動目標相場圏を維持することを計画している。ルーブルの実勢レートはいくらか上昇し、そのために輸入の増加が刺激されることが予想される。1996年の最初の3四半期に於けるロシアの対外貿易総額は、1995年の同時期よりも10%増えて1114億米ドル(558.4兆ルーブル)であった。このうち、輸出は8%増えて636億米ドル(318.8兆ルーブル)、輸入は12%増えて478億米ドル(239.6兆ルーブル)であった。貿易黒字は、前年同時期の162億米ドルから、158億米ドルに縮小した。対外貿易の成長を阻害するおもな要因として、ルーブル実勢レートの上昇、貿易関税・物品税の件数の増加および国内需要の低下があげられる。一方、対外貿易を刺激する要因としては、国外市況の好調(ロシアの輸出は原材料主導であることを考慮して)、および企業間の支払遅滞があげられる。

2.経済発展の見通し

政府は、1997年のロシアの経済発展について、ふたつの基本的な見通しを描いている。第一の、楽観的な見通しによれば、GDP成長率は年率0−2%、物価上昇率は同10−13%になるという。第二の見通しでは、GDPは1−3%低下し、物価は21−25%上昇するという。金融政策目標や国家予算を作成するときに、政府は楽観的な見通しにしたがって行動する、ということには注意すべきである。しかし、代替的なアセスメントの多くは、1997年については、第二の見通しにみられる指標の方がより現実的であることを示している。1997年のロシアの経済発展に対する脅威としては、伝統的な政治的不安定とともに、(1)低い徴税能力のためにひきおこされる、継続する財政危機、(2)産業企業の信用状態の悪化、(3)実質家計所得の減少、(4)輸入依存の増大、ルーブル実勢レートの上昇、そしてその結果としての対外貿易収支の悪化の可能性、(5)国内信用市場、特に国債市場の不安定性、といったことがあげられる。1997年のロシアにおいては、楽観的な見通しへの方向づけと、存在する危険の過小評価とによって、安定化政策の失敗と投資環境の悪化とがひきおこされる可能性がないわけではない。

(Alexey Vedev 日本学術振興会特別研究員) [訳・杉野 実]