文献案内
19世紀後半フィリピン歴史貿易統計について
永野 善子
はじめに
1996年4月に2週間ほどワシントンDCの米国議会図書館(Library
of Congress)とメリーランド州カレッジパークの米国国立公文書館(National Archives
at College Park)において、フィリピン歴史経済統計の所在調査を行なった。
その目的の第1は、アメリカ植民地期における経済統計全般について、所蔵状況をつかみ、必要な資料をマイクロフィルムで収集する体制を確立すること、第2は、とくに貿易統計について、19世紀後半にまで遡って資料の所在を確認すること、であった。
アメリカ植民地期のフィリピン歴史経済統計全般の構造とその概要については、本プロジェクトによるマイクロフィルム購入計画が確定してから稿を改めることとし、ここでは、とりあえず19世紀後半の貿易統計書収集の意義などについて簡単に述べることにしたい。なお、この時期の貿易統計書の所蔵については、1995年8月に筆者が別途フィリピン国立公文書館(Philippine
National Archives)で行なった調査の成果を含んでいることをあらかじめつけ加えておく。
なぜいま19世紀後半の貿易統計を再検討するのか?
まず、「アジア長期経済統計データベース」作成プロジェクトの一環として、筆者が19世紀後半のフィリピン貿易統計の収集に着目した理由について一言しよう。
フィリピン貿易の歴史的構造を概観すると、もっとも興味がわく時期はやはり19世紀後半である。フィリピンは16世紀半ばから19世紀末までスペイン植民地期、続いて20世紀前半にはアメリカ植民地期(1942-1945年は日本占領期)を経験したのち、1946年に独立し今日にいたっている。この間、1920年代以降1970年代前半まで、フィリピンの外国貿易はもっぱらアメリカを相手とするもの(1930年代には日本の綿製品輸出が急速に伸びたのを例外として)であった。
このようにアメリカときわめて緊密な関係をもっていたため、フィリピンは近隣アジア諸国との関係が薄く、東南アジアのなかでもなにかにつけて例外的扱いを受けてきたのである。しかし、フィリピンが他の東南アジア諸国のなかで独自の貿易構造を形成したのは、アメリカ植民地支配下においてであり、19世紀後半もしくはそれ以前は、東南アジア(より広義には、中国やインドをも含めたアジア)貿易圏のなかにしっかりと組み込まれていたのではなかろうか。
筆者は、このような問題意識をもって、19世紀後半のフィリピン貿易統計を追跡している。
Benito F. Legarda, Jr.の研究を手掛かりとして
19世紀フィリピン経済史の先駆的業績として広く知られているものに、Benito
F. Legarda, Jr., "Foreign Trade, Economic Change, and Entrepreneurship
in the Nineteenth-Century Philippines," Ph.D.diss., Harvard
University, 1955がある(なおLegarda論文の改訂版がほぼ完成しており、近々出版の予定と聞く)。
多くの研究がThe Census of the Philippine
Islands:1903の貿易統計を基礎にデータを処理しているのに対し、Legarda論文は、主要商品別の輸出・輸入額と主要相手国別の輸出・輸入額を、19世紀後半に出版された貿易統計書に遡って整理しているところに、すぐれた特徴をもっている。
しかし、同論文には、主要商品別輸出・輸入額の貿易相手国別統計が示されていないため、当時のフィリピン貿易においてアジア地域との取り引きがいったいどのようなメカニズムをもって行なわれていたのかが十分に解明しきれていないのである。そこで、筆者は、いくつかの図書目録を照合しながら19世紀後半の貿易統計書のタイトルを整理し、その所蔵箇所を確認する作業を行なった。とくに米国議会図書館ではAsia
DivisionのA. Kohar Rony氏のご協力を得た。その結果、新たに確認された貿易統計書のタイトルと対象年次は下記の通りである。
@ Balanza general del comercio de las Islas Filipinas,
1851-1855, 1857-1865.
A Cuadro general del comercio exterior de Filipinas, 1856.
B Estadistica mercantil del comercio exterior de las Islas
Filipinas, 1866-1880.
C Estadistica general del comercio exterior de las Islas
Filipinas, 1881-1894.
表1 19世紀後半フィリピン貿易統計書所蔵状況
対象年次 | LC | USNA | PNA | Harv. | MBU* |
1851 | ◎ | - | - | - | - |
1852 | - | - | - | - | - |
1853 | - | - | ● | - | - |
1854 | - | ○ | ● | - | - |
1855 | - | ○ | - | - | - |
1856 | ◎ | ○ | - | - | - |
1857 | - | ◎ | ● | - | - |
1858 | - | ○ | ● | ○ | - |
1859 | - | - | - | ○ | - |
1860 | ○ | ○ | - | ○ | - |
1861 | ◎ | ○ | ● | ○ | - |
1862 | - | ◎ | - | - | - |
1863 | - | ○ | - | - | - |
1864 | - | ○ | - | ○ | - |
1865 | - | - | - | - | - |
1866 | ○ | ◎ | - | - | - |
1867 | - | ○ | - | ○ | - |
1868 | - | - | - | - | - |
1869 | - | - | - | - | - |
1870 | - | - | - | - | - |
1871 | - | - | - | - | - |
1872 | - | - | - | - | - |
1873 | - | ○ | ● | - | - |
1874 | - | ○ | ● | - | - |
1875 | - | ◎ | - | - | - |
1876 | ○ | ○ | ● | ○ | - |
1877 | - | ○ | ● | - | - |
1878 | ○ | ○ | ● | - | - |
1879 | - | ○ | ● | ○ | - |
1880 | ○ | - | ● | ○ | - |
1881 | ◎ | - | ● | ○ | - |
1882 | ◎ | - | - | - | - |
1883 | - | ◎ | - | ○ | ○ |
1884 | - | ◎ | - | ○ | ○ |
1885 | - | ○ | - | ○ | ○ |
1886 | ◎ | ○ | - | ○ | ○ |
1887 | ◎ | ○ | - | - | ○ |
1888 | ◎ | - | - | ○ | - |
1889 | ◎ | - | - | - | ○ |
1890 | ◎ | - | - | - | ○ |
1891 | ◎ | ○ | - | - | ○ |
1892 | ◎ | - | - | ○ | ○ |
1893 | ◎ | ○ | - | - | ○ |
1994 | ◎ | - | - | - | - |
(凡例)
LC: US Library of Congress, Washington, D.C.
USNA: US National Archives, Washington, D.C
PNA: Philippine National Archive, Manila
Harv: Lamont Library, Harvard University
MBU: Museo-Biblioteca de Ultramar, Madrid
○ 上記図書館もしくは文書館所蔵
● 同所蔵、一橋大学経済研究所資料室マイクロフィルム所蔵
◎ 同所蔵、一橋大学経済研究所マイクロフィルム発注計画中
− 所蔵せず
(注) *ウィスコンシン大学マディソン校Daniel F. Doeppers 教授からの情報による
なお、その他の所蔵先として以下がある。
@ Philippine National Library(Manila)のFilipiniana Section は、1850年代の貿易統計書を数巻所蔵するが、筆者はまだ現物確認調査を完了していない。
A Doeppers 教授がウィスコンシン大学の図書館編纂者によるオンライン検索で得た情報によると、Bililioteca National(Madrid)では、19世紀後半の貿易統計書の大半を所蔵している模様であるが、所蔵図書の対象年次は不明である。
19世紀後半の貿易統計を読む
表1によるように、筆者が調査した限り、19世紀後半の貿易統計書の所蔵先は、米国議会図書館、米国国立公文書館、フィリピン国立公文書館などである。このうち、すでに一橋大学経済研究所資料室に所蔵されているマイクロフィルムをみると、第1に、1850年代から1860年代にフィリピンが中国から絹織物などを輸入していた状況や、シンガポールと貿易取り引きがあったことなどが跡付けられること、第2に、本貿易統計書は、基本的には関税徴収額を明記するために作成されたものなので、それぞれの輸出・輸入品の量および額が克明に記載されているという特徴をもつ。
したがって、この特徴をいかして主要品目の単位あたり価格を算出し、時系列のデータを作成すれば、長期経済統計のデータ・バンクとしても利用できるだろうという、見通しが立つことになる。もっとも、その作業はまだ始まったばかりであり、今後相当難航しそうである。
(ながの・よしこ 神奈川大学外国語学部教授)