COE形成まわり舞台Q&A

--アジア長期経済統計データベース作成の方法--

尾高煌之助


1.「舞台」の設定

 Q なぜ、今改めてマクロの経済統計なのですか?

 A 国勢を診断する基本データなのに、相互に比べられかつ長期間にわたる時系列統計はまだきわめて不十分だからです。マクロの長期経済統計を整備すれば、広域アジアの実態を知る手がかりとなり、各国の経済運営を診断し、さらに歴史の歩みを振り返って将来の指針を構築する貴重な材料になります。

 Q ここで「データ」と呼ばれるのは、いったいどんなものなのですか。

 A われわれの狙いは、経済の実態に迫るための経済史統計とその背景資料とを、できるだけ体系的に、しかも前後かつ相互に比較可能な形でまとめて一覧に供するところにあります。このプロジェクトのデータとは、このような統計情報を指しています。

 Q もっと具体的に教えてください。

 A まず、(1)マクロ経済という特定の範疇に属する時系列統計を、できるだけ恣意性を排した「価値中立的な」形で整備・結集し、次に、(2)これらの情報を、各国共通の概念枠組み(frame of reference)に沿って加工、推計、さらに統合します。

 (1)で作られる統計情報の集合をデータ・バンク、また(2)から得られる統計情報の集合をデータ・ベースと呼びます。

 Q 共通の概念枠組みとはどんなものですか。

 A 国内総生産(Gross Domestic Product, GDP)、 国内総支出(Gross Domestic Ex-penditure, GDE)、物価・賃金・利子、人口・労働力、それに貨幣残高、が主なものです。

 Q GDPやGDEをまとめるにも、複数のやり方がありますね。

 A はい。それらの概念整理のためには、現在世界的に採用されている国民経済計算体系(The System of National Accounts, SNA)を下敷きにします。  ちなみに、(1)と(2)の成果は、最終的にはワークステーションに収録して、印刷物(冊子体)やインターネットで公開する予定です。

2.「演出」のイメージ

 Q あなた方が何をやろうとしているかが、少し分かってきました。

 A われわれの研究のイメージをつかむには、たとえば人口統計を考えてみてください。

 ある時期ある場所に、人々がどのような密度で棲息していたか、人数は増えていたか減っていたか、年齢構成はどんなだったか、生産人口の何割が労働力として働いていたか、何を生産しどんな生活様式だったか。人口統計は、これらを知るための基礎情報です。

 Q 用途の広い大事な統計ですね。

 A ところが、この重要な統計ですら、長期時系列を揃えるのは容易ではありません。

 Q 人口くらい、どの国でも、すぐ分かるのではないのですか。

 A とんでもない。もっとも基本的かつ網羅的な人口(静態)統計は国勢調査ですが、その執行と数値の精度とは、安定的で強力な政治権力なしには実現しません。ですから、 近代以前に信頼のおける全国的人口センサスがなかったとしても不思議ではありません。

 それに、国勢調査は費用が嵩みます。実施されたとしても、間歇的に、十年に一回程度の頻度で実施されるにすぎませんから、それらの中間時点は、他の統計によって補うほかはありません。そこで、衛生統計、戸口調査、出生・死亡統計、警察調査、徴兵調査、教

 Q 日本でも同じですか。

 A もちろんそうです。日本の第一回国勢調査は、台湾の国勢調査に遅れること15年、大正9(1920)年でした。近代的国勢調査が開始される以前、たとえば江戸時代の人口を調べようと思えば、今のところ、地域的に散在するミクロ的な資料(宗門人別改帳)を使って推定するしかないのですが、近年、その努力の成果には目を見張るものがあります。これは、電算機を使って初めて可能になりました(一例として、速水 融『江戸の農民生活史、宗門改帳にみる濃尾の一農村』NHKブックス、1988年)。

 Q なるほど。

 A それでも、人口統計の場合は、計測する単位(人)が古来不変かつ普遍的ですから、データの精度さえ確定できれば、基礎概念には混乱や誤解は少ないといえます。

 Q かねがね不審に思っているのですが、身体の大きい人も小さい人も同様に一人と数えるのでは具合が悪いですね。飛行機の運賃だって、小錦と寺尾とが同じでは不公平です。

 A そうですね。たとえば、栄養摂取量の比較分析のためには、人口を頭数だけで観察するのでは不十分で、体重、年齢、性別等々についての調整が望ましいといえます。

 Q GDP統計でも事情は同じですか。

 A 経済統計は、人口統計よりもやっかいです。というのは、さまざまな種類の財・サービスを比較するには、共通の価値尺度で表現しなくてはならないからです。共通単位としては、貨幣単位、必要労働単位、基準食糧単位などが考えられます。

 Q 普通は貨幣単位ですね。でも、貨幣にもいろいろありますね。

 A そうです。異なる貨幣単位は、為替相場を使って相互に換算する必要がでてきます。

 しかし、まずなによりも、共通尺度による表記が意味をもつためには、財・サービスが互いに交換可能な状態になくてはなりません。

 Q 市場経済が成立した状況が前提だということですか。

 A はい。市場経済未成立の社会でGDP概念を使うには、慎重でなくてはなりません。

 Q 同じ市場経済でも、新しい商品が登場したり、古くからの商品が消滅したり、同じ商品でも質が改善する場合がしょっちゅうありますね。

 A ですから、財・サービスの相対価値が刻々変化しても不思議はありません。

 Q まるで、物差しが伸び縮みするようなものじゃありませんか。

 A その通り。その結果、マクロ集計量の経済的意味も年々変化する可能性があります。構造変化に満ちた経済社会のありようを、簡単明快な統計数値で代表させようというのですから、容易ではありませんが、それがまた実証分析の醍醐味にもつながると思います。

 Q すばらしい成果を期待しています。

 A どうもありがとう。


(おだか こうのすけ 一橋大学経済研究所教授)