戦後中国工業成長率の再推定:

1949-1997


ハリー・ウー



1. はじめに

中国の経済はその規模および高成長の両面において、経済学者および政治家の注目を引いている。本論では議論の中心を中国工業の長期的パフォーマンスにおくことにする。というのは、多くの専門家(Maddison,1998;Ren,1997;Woo,1996;Keidel,1992)は最近中国の工業成長率が大いに過大評価されていると信じているからである。

中国国家統計局(SSB)は1980年代の末期から、統計システムをソビエト型の物的生産システム(MSP)から標準的な国民経済計算システム(SNA)へ転換するために、多大な努力を払ってきた。しかし、戦後中国の工業成長を正確に計測評価するまでには、まだ不充分である。これは、中国では長期間にわたってSNAと異なるMPSを使用していたことから起こった方法転換の遅れに起因するものである1)。最近の研究(Wu, 1993; SSB-IER, 1997)は、歪められた価格の産出評価への効果、統計カバレジの不完全さおよびデータ収集制度の不適当さのため、SNAの枠組みに基づいて戦後中国の国民経済計算を再推定する試みが、MPSに強く影響されていることを示している2)

この問題に対処する方法の一つは、産出の数量(産出の金額ではなく)に基づいて独立した物量指数を作成することである。この物量指数アプローチは、かつてMSPを実行する国々では使用されており、公式データの信頼性と整合性をクロスチェックするためのもっとも体系的で総合的な方法と言えよう。この方法は欧米の経済学者によって1950年代における中国経済のパフォーマンスを計測評価する際にも使用された(Liu and Yeh, 1965; Chao, 1965)。



2. 過大評価仮説

産出に関する中国の公式統計の上方バイアスを導く主な要因は、1950年代頃にソ連から学んできた「可比価格」制度にあると言われている。「可比価格」(comparable price)に基づくGDPデフレーターは、現在、五つの公定「不変価格」(constant price)(すなわち1952, 1957, 1970, 1980および1990の五つ)より求められる。この「不変価格」は各産業の代表的商品の特定期間における平均価格として設定されたものといわれたが、代表的商品がいかに選ばれているか、期間ごとの代表的商品の平均価格がいかにして計算されるかについての詳細な情報はいっさいない現状である。基本統計単位に当たる企業は、名目価格表示の産出のみならず、「不変価格」表示の実質産出を報告しなければならないこととなっているが、このやり方は、西側諸国で使われる「不変価格」とは異なる。「可比価格」制度を使ってGDPデフレーターを作成するこうした方法は、価格の上昇を適当に反映せずに、インフレを過小評価すると同時に、成長率を過大評価したと多くの研究者が確信している(Maddison, 1998; Keidel, 1992)。

中国政府の統計関係者でさえ、この実質化アプローチの信頼性に疑問を持っている。湖南省統計局によって行われた研究調査(1989年)は、湖南省についての独立した産業指数を作成した。1983‐87年について、当該研究で得られた実質年平均成長率は9.2%で、上記の「可比価格」に基づいて産出された13.5%より低いのである。

中国の産出統計ひいては中国の実質経済パフォーマンスを過大評価する要因は、次のようなものがあげられる。

 1.非国有企業が名目価格表示の産出を不変価格表示のそれに間違えて報告する。これは、@現行の不変価格が設定された後に、これらの企業が設立されたこと、A報告上の便宜、B不変価格制度に関するこれらの企業の無知、によるものである。

 2.基準年(現行の不変価格が設定される年)以降に生産された新製品に対して、基準年不変価格を決める際の複雑さ。

 3.不変価格が決められる製品には、国により価格が低めに設定された製品が多く含まれている反面、市場で価格が高めに設定された商品は少ないというカバレッジの問題。  

 4.在庫品を取り除かずに計算をするという伝統的な処理方法。

 5.生産財の価格を低めに設定するという慣習のため、これが利潤を膨らませることになる。

 6.企業が主管部門に対して、産出を過大に報告する傾向を持っている。というのは、企業の産出の高成長は上部の主管部門から管理能力が高いと評価されるからである。

 7.地方政府は、産出を誇張する企業の行為を放置したり、それを勇気づけるような誘因を持っている。

 8.統計のカバレッジの改善により新しい品目が含められる可能性がある。



表1 業種別中国工業付加価値の年平均成長率 : 1949−97年

(単位 : %)
  戦後経済 経済改革 経済改革   全期間
回復期 以前 以後 経済改革以後のうち  
1949-52 1952-78 1978-97 1978-87 1978-87 1952-97
1 食料品製造業 30.75 6.40 8.78 13.02 5.10 7.40
2 飲料 25.99 9.56 13.70 19.14 9.02 11.29
3 タバコ製造業 18.32 5.92 5.68 10.41 1.60 5.82
4 繊維品製造業 26.04 4.79 6.64 7.08 6.24 5.57
5 衣服 26.47 4.00 17.18 14.63 19.51 9.37
6 皮革製品及び靴類 8.83 8.45 15.77 11.63 18.59 11.49
7 木製品、家具類及び付属品 17.15 3.53 6.88 4.11 9.44 4.93
8 紙類、印刷及び出版業 49.83 9.98 10.10 11.20 9.13 10.03
9 化学製品、石油・石炭製品 17.67 12.32 8.06 6.93 9.08 10.50
10 ゴム、プラスチック製品 29.52 12.90 14.09 12.02 15.98 13.40
11 建築材料、その他 33.21 9.50 10.62 10.69 10.55 9.97
12 非鉄金属及び金属製品 97.71 13.28 6.70 6.45 7.05 10.48
13 機械類、輸送器具 54.37 15.16 8.26 6.48 9.89 12.20
14 電気機械 90.95 17.47 13.40 10.63 15.91 15.73
15 その他の製造業 52.60 8.53 5.98 3.99 7.81 7.45
全製造業 28.41 9.05 9.09 8.21 9.86 9.07
  重工業 37.21 13.00 9.23 7.75 10.58 11.39
  軽工業 25.77 5.80 7.90 9.08 6.85 6.68
工業 27.47 11.88 3.58 3.19 3.93 8.30
公益事業 19.29 14.67 8.14 7.63 8.61 11.87
全工業(本研究) 28.16 9.54 8.49 7.55 9.32 9.10
全工業(SSB:NMPデータ) n.a. 11.46 11.99 10.40 13.45 11.76
全工業(SSB-IER:GDP)* n.a. 11.46 11.99 10.40 13.45 11.76

出所 : 政府の数値はSSB-IER(1997)の表A10。なお、1997年数値はSSBのものを直接に利用している。



3. 推定方法3)

この研究に使われる方法は、基準年次ウェイトを利用するラスパイレス数量指数である。1987年が基準年次として選ばれた。その理由は、1987年中国では最初のSNA産業連関表が作成され、公表されたからである。この研究が進行している間に、いくつかの産業連関表が公表されるようになったにもかかわらず、基準年次として1987年のほうがその後の年次より適していると筆者は考えている。改革前に比べて、改革実施以降の価格のほうが要素価格をよりよく反映しており、また1980年代よりも、1990年代後半に設定された価格のほうが、市場によって決定されるものにより近いといえよう。しかしながら、これは、1990年代の価格が1987年価格よりも、1950年代または60年代の産出をより適切に反映していることを必ずしも意味するものではない。というのは、実質要素価格がこのような長い期間にわたって大きく変化したに違いないからである。

本研究において、各商品の数量データを(製造業の15)業種に集計する作業には、三つの段階が含まれている。まず、第1段階では、1987年産業連関表分類に厳格に一致するような商品グループの数量指数(1980=100)が作成される。第2段階では第1段階で作成される商品グループの数量指数を使って、1987年価格の同グループの総付加価値(GVA, Gross Value Added)を1987年以降の年次までのばす。この作業は、GVA対GVO(Gross Value of Output)比率が一定であるという前提である。これは、@1987年次産業連関表に表された生産技術が時間とともに変わらないことと、A1987年価格ウェイトが研究対象期間を通じて一定である(ここで、1987年価格が以前に産出額を評価する際に生じた歪みに対する是正効果を持っていることに注意されたい)ことを意味している。最後に、第3段階では推定された商品グループのGVAを業種のレベルに集計し、これをもって業種ごとの成長率を産出する。



4. データ

この研究に使われたデータには主として、数量と生産者価格との二種類がある。数量データは『中国工業経済統計年鑑』各年鑑(中国国家統計局工業交通統計司)からのものであり、この年鑑に含まれる製品は、本研究ではCIES項目と名付けられる。CIES項目の数は年により多少異なるが、200種類前後である。またこの研究は、CIES項目のほとんどに対して中国第3次工業センサスからの情報を使ってクロスチェックを行った。

商品グループ間のウェイトを作成するには、詳細な生産者価格のデータが必要とされる。これらのデータは、『戦後・中国工業物価資料』(一橋大学経済研究所から利用可能)と『中国価格年鑑』から得られる。総付加価値(GVA)のデータは『1987年中国産業連関表』からのものである。『1987年中国産業連関表』における産業は、本研究ではCIOT産業と呼ばれ、ISIC分類に組み替えられた。

CIES項目のすべてが、数量指数の作成に利用されるわけではない。データ加工の最初の段階では、代表性に欠けるもの、その他の項目にグループ化できないものおよび時系列データとして著しく欠如しているものを削除した。1949年以降になってはじめて現れる項目もあるし、期間によりデータが欠如した項目もある。これらの項目は、時系列データとして不完全ではあるが、削除されるべきではないため、内挿法と外挿法を使った補完を行った。補完するに当たって、項目そのもののトレンドを使う場合もあれば、それと関連している項目のトレンドを使う場合もある。



5. 本研究の部分結果と議論

表1は、いくつかの選ばれた期間における業種別の推定結果と政府統計との比較を示している。この結果は、公式統計が中国工業成長のパフォーマンスをかなり過大評価する上述の議論を支えるものである。過大評価の度合いは、1952‐78年の間について年率1.9%、1978‐97年の間に年率3.5%であった。以下では、この結果の信憑性を注意深く吟味する。

1987年価格構造が、それ以前の年とそれ以後の年に比べて、数量指数を集計するのにより適しているというのが、我々の仮定であった。また1987年の総付加価値は、中国では最初のSNA産業連関表からのものである。投入・産出比率は、この49年間を通じて変化するものと考えられた。もしも、総生産に対する付加価値率が時間とともに低下するとすれば、我々の推定は付加価値の成長率を過大評価することになり、逆に上昇していればそれを過小評価することとなる。ここで重要なのは、付加価値率低下の場合、工業成長率に関する本研究の過大評価の度合いは、1987年以前よりもそれ以降のほうが大きいことになる。このことは、1987年以降における中国工業の実質成長率が我々の推定結果よりも低いことを意味している。

残念ながら、1987年以前について、適当な産業連関表がなかったため、1987年ウェイトによるバイアスがどれほどあるのかを検討することは不可能である。1987年以降は、1990年と92年の産業連関表がある。これらの産業連関表を詳しくみてみると、付加価値率は、1987年の34.5%から、1990年の30.3%まで下がり、1992年になると、さらに28.6%に下がったことがわかる。もしも、付加価値率が1949‐94年を通じて下がる傾向にあるとすると、我々の推定は確実に中国の工業成長率を過大評価することになる。

中国と東ヨーロッパのような、かつて中央計画経済であった諸国を対象とする研究は、1980年代後半では、これらの国における付加価値率が先進諸国のそれよりずっと低いことを示している。資源の効率的利用を促進する価格システムが存在しないため、これらの国々が原材料とその他の中間投入を浪費しており、鉄鋼とエネルギーの投入も先進諸国より高いのも特徴的である。投入の浪費以外に、これらの国が売れない在庫を大量に抱えている傾向もある。これに加えて、付加価値率が戦前から1990年まで大きく下がってきた。研究によれば、中国経済は、中間投入においてその他の前中央計画経済より浪費が少ないが、先進工業化諸国に比べてより浪費的である。

1987年ウェイトが工業成長率を過大評価するその他の要因もある。一般に言えば、規模の小さい企業は大企業に比べて、付加価値率が低いのである。改革以降、労働集約的郷鎮企業が急速に発展したため、企業の平均サイズは経済改革とともに小さくなってきた。これは、工業セクター全体としての付加価値率の低下をもたらす原因の一つである。

(Harry X. Wu: 伍 暁鷹・香港理工大学)




 

 1)数式化したMPSとSNAとの違いの詳細について、IERからの筆者のCOEディスカーション・ペーパー(準備中)を参照されたい。


 

 2)SNAに基づいた推定は最近、1952年にさかのぼって行われたが、SSB - IER(1997)による推定は、納得できるのもではない。というのは、この推定に示される中国工業GDPのトレンドが古い概念のNMPのそれと同じだからである。SSB-IERに推定されたGDPとNMPとの関係をテストするため、ln GDPt = α + β ln NMPt を推定してみたところ、二つの時系列データはほぼ同じトレンドであることがわかった。推定の決定係数R2は0.9997であった。


 

 3)数式で表示された推定方法の詳細について、IERからの筆者のCOEディスカーション・ペーパーを参照されたい。




参考文献

 Chao, Kang (1965), The rate and Pattern of Industrial Growth in Communist China, University of Michigan, Ann Arbor.

 Keidel, A., 1992, How Badly do China's National Accounts Underestimate China's GNP? Rock Creek Research Inc. E-8042.

 Liu, Ta-Chung and Yeh, Kung-Chia (1965), The Economy of the Chinese Mainland: National Income and Economic Development, 1933-1959, Princeton.

 Maddison, Angus (1998), Chinese Economic Performance in the Long Run, OECD Development Centre, Paris.

 Ren, Ruoen (1997), China's Economic Performance in an International Perspective, OECD Development Centre, Paris.

 SSB-IER, The Historical National Accounts of the People's Republic of China, 1952-1995, State Statistical Bureau of the People's Republic of China and Institute of Economic Research Hitotsubashi University, September 1997.

 Woo, Wing Thye (1996), "Chinese Economic Growth: Sources and Prospects", paper presented at Economics Discipline Seminar, RSPAS, Australian National University.

 Wu, Harry X. (1993), "The 'Real' Chinese Gross Domestic Product (GDP) for the Pre-reform Period 1952-77", Review of Income and Wealth, Series 39, No.1.