北朝鮮経済の展望


 趙 明哲・張 亨寿



北朝鮮はここ10年間の経済的崩壊によって、建国以来の最大の危機に直面している。北朝鮮当局は、この経済の困難な状況は主として自然災害によるものであると主張しているが、私たちは、この事態は1989年の共産圏の崩壊という、外的な経済条件の厳しい悪化から始まったというのが、より正確な説明になると考えている。旧ソ連圏から北朝鮮への公的資金の厳しい削減は、1989年以降に始まった。しかしながら、外国援助の急速な減少は、北朝鮮経済の構造的な弱さと非効率性という、根本的な問題をさらけ出しただけのようである。

北朝鮮の経済は、ほとんどの部門がもはや正確に機能しないところまで衰退してしまった。政府は力を失い、社会全体が分解の危機に直面しているので、治安が深刻な問題となってきている。生鮮物資、エネルギー、食料、日用必需品、それに外貨の欠乏は過去10年以上にわたって継続的に増大してきた。これらの物資の欠乏は中央の配分機能を衰弱させてしまった。その結果、大多数の国民は自分たちの必需品の多くを農民市場やその他の市場取引に頼っている。さらに、北朝鮮の経済と生活事情にかんする私たちの分析によれば、危機の深刻さは一般に信じられているよりも、はるかに厳しいことが明らかになった。

1997年9月、北朝鮮当局はIMFに対して、1996年における経済水準は1992年の50パーセント以下にまで縮小してしまった、と報告している。また、1人当りGDPが、1979年の1)1920USドルから、1996年には480USドルにまで落ち込んだと発表した。

北朝鮮経済の危機は国内外の諸分野に大きな衝撃を与えた。第一に、国内経済における顕著な変化は、これまで完璧に資本主義的取引を抑圧してきた政府が、今では農民市場の中での私的取引きを暗黙裡に認め、「不法な」個人的耕作をほとんど見過ごしていることである。それまでの食糧分配慣行の瓦解は、私的取引き、仕事からの逃亡、食料と経済的機会のあるところへの移動などに対する統制の弱体化をもたらした。経済危機の始まり以降、公的な分配の部署や公営店を通じて配られる物資の量は極端に減少し、一方、農民市場での取引活動は活発化した。

公的な分配制度の麻痺や、これまで例のない個人市場の増大が、北朝鮮の社会システムの崩壊を引き起こしているのである。密輸、横領、窃盗などの犯罪は、市民の移動と同様にますます増えている。悪化する食料不足は、多数の住民を比較的豊かな地域へ移らせた。以前は、北朝鮮の市民は許可なしには他の地域(道)へ旅行することはできなかったのであるが、当局はもはや、大量の人々が食料や生きる方途を求めて移動することを防ぐことはできないのである。

実際に、1980年代半ば以降、北朝鮮当局は徹底した経済計画を実施できていない。公的機能のさまざまな面での広範囲に及ぶ瓦解は、北朝鮮社会主義国家の計画システムを極度に無力にしてしまった。過去におけるような工業間の連繋はほとんど壊れてしまい、結果的に分散化が進んだ。集権型計画経済を完全に復帰させるという見通しは暗い。当局は、今や最大の主要企業のみを支配しているにすぎず、一般国民には「自立経済」のスローガンのもとに、自活するよう指示している。政府は、個人会社が一部の国と貿易することや、公的認可なしに生産に必要なものを獲得することも認め始めた。これらの進展は経済の分散化をいっそう促進しているのである。

北朝鮮経済の困窮は政府の政策選択肢を狭めている。北朝鮮が現在の経済危機を打破するためには海外援助が必要であり、そして当局は、もはやこれ以上「自立経済」を維持することはできないことを認める必要があろう。政府は過去の「チュチェ思想」の維持から決別して、海外からの投資を以前よりも歓迎する方向に態度を転じている。



表1 北朝鮮の経済指標

  1992 1993 1994 1995 1995
GDP実質成長(年率の変化) 0.3 -26.3 -17.0 -17.3
国家予算(10億NKウォン)          
政府財政収支 0.3 0.4 0.2 0.1 -0.3
  収入 39.6 40.6 41.6 24.3 20.3
  支出 39.3 40.2 41.4 24.2 20.6
外部借入(10億USドル)          
  北朝鮮政府推計 3.6
  外部の推計 12.0
小麦産出量(100万トン) 7.1 3.5 2.5

出所 : 北朝鮮政府のIMFへの提供資料。IMF(1997)。



最近の南北間の関係進展にもかかわらず、北朝鮮経済の展望は未だに多くの不安材料がある。私たちは、北朝鮮経済の将来の運命を決めるポイントは以下の3点であると考える。

@北の市場開放と弱体化した経済の再建の意図、A韓国の北朝鮮対策、B国際社会の反応、とりわけアメリカと日本の北朝鮮政策。

私たちの分析の前提は、北朝鮮、韓国あるいは他の国の政策は相互に関連付けられている、ということである。たとえば、韓国とアメリカが北朝鮮に対して全面的な援助をを与え続けない限り、北朝鮮が市場経済への移行を試みることは考えられない。逆に、韓国や同盟諸国が全面的に北を援助するとすれば、北が市場の非開放2)に固執し続けるかもしれない、という可能性がある。

現在は、北朝鮮は非社会主義国との外交関係を受け入れる意思を次第に示してきている。もちろん、もっぱら海外援助を必要としていることが原因ではあるが、それだけではない。北朝鮮はまた国内市場への海外投資を推進し、輸出を増やすことによって、外貨準備高の低下傾向を押し上げようと努力している。政府は国民に対し「自立経済」の長所をいまだに賞賛しているが、実際には、海外援助と貿易への依存が増大しつづけている。海外援助と貿易の拡大などの経済的連繋が高まっていることによって、外交活動の重要性は増大している。すでに、外国への経済的依存はかなり深化しているため、政府は時折り外国政府に妥協する姿勢を見せるようになった。以前には、外国政府に対し北朝鮮はどんなことであれ譲歩するということは、とてもありえないことであったが、最近では、北朝鮮の潜水艦が南に侵入したことや、援助食料の横流しについて謝罪した。

この変動の時期に、北朝鮮政府はまだ明確な行動方針を決定していないようである。政策変更の過程では、指導層グループの間に意見の不一致が起こるだろう。すでに、潜水艦の南の水域への侵入の謝罪を決めたときには、外務省と軍指導部の間に緊張がたかまったことが確認されている。この謝罪の決定によって内部的な抗争が明らかになったように、対韓国政策についての変化と不安定性が、伝統ある保守的な軍隊と、経済や外交手段に頼ろうとする指導層との間に深刻な対立を起こすだろう。

要約して言えば、北朝鮮は南に対して二股の政策を続けていくにちがいない。つまり、一方では南との経済的協調を維持し、他方では、南との政治的関係の進展を遅らすための意図的な方法がとられるだろう、ということである。さらに具体的に言えば、このヤヌスの顔(二つの顔)をもった戦略は、一方で、南との経済的結びつきの強化を探りながらも、他方では、これまでの通常の外交手段である瀬戸際政策のパターンも維持していくだろう。しかしながら、北朝鮮政府も認めているように、食料の増援と必需品に対する要求が、他のいかなる利害関係よりも先決問題であり、少なくとも現在は、政治的問題よりも経済が優先事項である。

現在の韓国政府の統一政策は明確である。韓国政府は政治統合よりも緩やかな経済的統合を望んでいる。韓国もアメリカも北朝鮮が急速に崩壊する中でのシナリオを期待しているわけではないが、実際に、南はその可能性に対する対策も準備している。金大中大統領は、北朝鮮に接する態度を新しい「太陽政策」として公表した。従来の政策から大胆に転換した金大統領の基本方針は、経済と政治の分離政策を維持することである。例えば,金大統領は、1998年6月に、アメリカによる経済制裁を緩めることに賛同し、そしてアメリカも原則としてそれに同意したと、発表した。金大統領は、北が市場を開放し変革するように説得するため、アメリカと日本が北朝鮮との経済関係を促進するように依頼した。金大中の新しい政府は、明らかに南北の経済関係の強化の道を作ろうとしているのである。

最近の財政的危機で、韓国の北への援助は不可能に近くなった。新政府は韓国の経済的能力にもっと見合った戦略方針を現実的に検討し直さなければならないだろう。韓国の財政のうち北朝鮮支援に割当てられる少ない額では、北朝鮮経済の再建に影響を与えることはほとんどできない。したがって南からの援助よりも、海外企業や金融機関による直接投資の方が重要となろう。しかし、現代の国際的経済システムの中では、国際金融機関の信頼なしに、実質上私的な投資を北朝鮮に流し込むことは不可能である。この国に巨大な額の投資機会を増やすための最も現実的な道は、まず、国際金融機関に北を認めさせることによって、北朝鮮を公式に国際社会に参加させることである。

また、複数の国際金融機関からの援助は、北朝鮮が経済的に特定の国に依存することを妨げるので、政治的安定が持続可能なことを示しながら多額の海外投資を勧誘することは、明らかに北朝鮮のリーダーシップにとっては理にかなっている。実際に、1997年という早い時期から、北朝鮮は一貫して国際金融社会に参加する意向を表明していた。このような発展を前提にすれば、北朝鮮と国際金融機関との関係改善の可能性は開けてくるように思われる。しかし、北朝鮮がIMFや世界銀行やアジア開発銀行などの金融機関に加わるためには、米朝関係、日朝関係が改善されることが必要である。また南北両国にとっても、それは今後の重要な課題となっていくであろう3)

経済的困難と国際的援助なしで経済再建をするための代替案もないという状況に直面して、北朝鮮は韓国やアメリカに対して大きく市場開放の方向へ動こうとしているように見える。北朝鮮のアメリカや日本との経済的、政治的な関係は、安定した政治体制を持続する限り、悪化するよりも改善するように思われる。一方では、韓国とアメリカは、北朝鮮への膨大な援助の提供という姿勢を見せているようである。

短期的には、北朝鮮は幅広い改革を行う見込みがありそうに思える。また近い将来に、北朝鮮の体制が瓦解することはないだろう。しかし、長期的に見ると、北朝鮮が内部の政治体制を持続しているかぎり、とくに韓国と国際社会が改革の試みを支持しつづけるなら、大規模な改革を実行する可能性もある。改革のシナリオは、両国が一定の平和共存の期間を持った後に、緩やかな経済統合を得ることである。一方、このような大幅な改革の結果、北朝鮮における政治的安定が悪化し始めるようなことがあれば、内部崩壊が起こる可能性もある。


 

 

* 趙 明哲(Myung Chul Cho); 金日成大学 Ph.D., 経済学(ピョンャン、朝鮮人民共和国)、

  金日成大学および中国南開大学にて経済学の教鞭をとる。現在、韓国対外経済政策研究院 (KIEP)。

  張 亨寿(Hyoungsoo Zang); ブラウン大学 Ph.D., 経済学(アメリカ)、

  世界銀行勤務を経て、現在、韓国対外経済政策研究院(KIEP)。

  連絡先:300‐4 Yomgok-dong, Socho-gu, Seoul 137-747, Korea. Phone(822) 3460-1153;

  Fax (822) 3460-1212; E-mail hzang@kiep.go.kr


 

 1) Economics Dictionary,1985(North Korean publication in Korean).


 

 2) 詳細については、Young, Lee and Zang (1998)参照。


 

 3) 具体的な提案については、Zang, Lee and Park(1998)参照。




 参考文献

 International Monetary Fund, 1997, "Democratic People's Republic of Korea―Fact-Finding Report," EBS/97/204, November 12. North Korea, Economics Dictionary, 1985.

 Young, Soogil, Chang-Jae Lee and Hyoungsoo Zang, 1998, "Preparing for the Economic Integration of Two Koreas: Policy Challenges to South Korea," in Marcus Noland (ed.), Economic Integration of the Korean Peninsula, Institute for International Economics, Washington, DC, Chapter 14, pp. 251-271.

 Zang, Hyoungsoo, Chang-Jae Lee and Young-Gon Park, 1998, Preparing for Korean Unification: Agenda for International Cooperation with a Focus on International Financial Institutions, Policy Analysis 98-11, Korea Institute for International Economic Policy, December 1998 (in Korean).