書評:アマルティア・セン/後藤玲子『福祉と正義』東京大学出版会

 

吉原直毅

一橋大学経済研究所

 

2009629

 

 本書は民主主義システムを規範的に基礎付ける正義の理論と、福祉的自由を巡る基礎理論及び応用理論に関するアマルティア・センと後藤玲子の近年の諸論文を下に、福祉と正義に関する両者のダイアローグの意図の下、1冊の書籍として再構成したものである。まず序章で、センの経済学について、主に社会的選択理論と合理性の理論、及び広義の自由論と潜在能力理論について、その動機と意義が後藤によって説明される。その後は、「I 個人の権利と公共性」、「II 正義の条件――義務と相互性――」、及び「III 正義の位相」の3部構成となっており、それぞれ最初にセンが問題提起とそれへの自説を展開する章に始まり、続いて、後藤が自身の固有の問題意識に基づいて、センの議論の発展的拡張・応用や独自の理論的整理を行う章が続く。

 

 第I部では、第1章でセンが民主主義に関する2つの見解、公共的投票パースペクティブと公共的理性パースペクティブについて言及し、とりわけ後者の役割の重要性を前者の視野を支える「知的な背骨」と意義付けると共に、民主主義の「公共的理性」的側面を組み込むような社会的選択理論の拡張を主張する。その「拡張」の一試みとして位置づけられるのが、続く第2章での後藤による、センの「整序的な目標=権利システム」構想についての検討である。それはジョン・ロールズの政治的リベラリズムと共通の視座を持ち、社会的諸目標の設定と諸権利の実行領域の調整に関する個々人の理性的判断と公共的熟議に基づく社会的構成員間の重複的合意形成の公共的ルールとして展開される。また、センの論ずる「本人が価値をおく生を生きられる」為に必要な諸手段の保障の制度化としての実質的自由の概念が、「福祉的自由」概念と潜在能力理論に基づいて検討される。

 

 第II部では、まずセンが第3章で、「厚生主義」に代表されるような狭義の帰結主義とも、あるいは「帰結から独立した判断」を要請する義務論とも異なる、「広義の帰結的評価」について論じている。そこでは、事態の評価の際に、それを齎す行為やその動機、その過程等、包括的な描写がなされるべき事、その事態を齎す行為を選択する行為者の立場や責任を無視せずに評価すべき事、及び、評価に際して順序付けの非完備性を許容すべき事が強調される。第4章では、後藤が潜在能力アプローチに基づく「複層的公的扶助システム」についての構想を展開する。そこでは、ある個人がある援助を要する理由を、本人が価値あるものとして評価するものへと遡って理解する、「理由」に配慮した公的扶助が提唱され、そのような困難にどのくらい援助するかについての公共的討議を媒介する評価のシステムが論じられる。3章でセンが強調した上記3点を、日本における公的扶助制度の評価の論脈に応用している、と言えよう。

 

 第III部では、第5章でセンがロールズにおける無知のヴェール下での社会契約論的推論モデルを「閉ざされた不偏性」、アダム・スミスの「不偏的な観察者」モデルを「開かれた不偏性」と整理し、グローバルな正義や基本的人権の考察に際して、「開かれた不偏性」モデルの有効性を論ずる。対して第6章で、後藤はロールズの方法論とセンの方法論とを改めて対比・整理し、センのロールズ批判を踏まえつつロールズ的正義原理モデルをグローバル正義の構想と世代間正義構想へと拡張する事を試みている。また、終章では、後藤がセンの潜在能力理論の視点からのロールズ的格差原理の経済学的再定式化について論じており、また、ヴァン・パレースの「実質的自由」概念とセンの自由概念との対比もなされている。

 

 全体を通して本書は、社会的選択理論によって展開可能な、正義、福祉、自由等に関る諸問題の規範理論的な射程の深さ・広さを、示すものとなっている。センや後藤の社会的選択理論に対する理解と位置づけは、アローや以降の標準的な理解――いわゆる新厚生経済学における理論的展開の延長上に位置づけられる――とは少し異なる色合いの独自性を有しており、とりわけロールズの正義論からの深い影響とそれへの対峙的議論に動機付けられて、その射程は狭い意味での経済学のそれを超えて、正義、自由、福祉等に関する社会科学の本質的課題を把握可能にしている。教科書や啓蒙書ではなく、専門論文から成る研究書というべき性質の書籍だけに、読み応えがあり、初心者には難解であろうが、社会の本質的・基本的問題の解明と解決に関心を寄せる経済学徒であるならば、是非とも精読すべく取り組む価値のある良書である。