『貧困と脆弱性の経済分析』

黒崎 卓

Last revision: April 9, 2009

勁草書房 開発経済学の挑戦II (ISBN 978-4-326-54601-5)
A5、320ページ、3,570 円 (税込)
2009年1月25日発行




 久しぶりに単著の本を上梓しました。この本のテーマは、開発途上国における貧困問題です。

 世界の途上国の多くには依然として、深刻な貧困問題が残っています。児童の多くが小学校にすら行けず、慢性的な栄養不良が蔓延し、治療法が100年以上前に確立しているような軽微な病気で人々が命を落としていくような問題が、本書の取り上げる貧困と脆弱性の問題です。途上国の貧困削減は、現在、国際開発機関の援助政策の最終目標に位置づけられ、多くの途上国がその目標達成に向けてさまざまな努力を続けています。このために必要なのが、客観的根拠に基づいた貧困の実態分析と貧困削減政策の評価です。本書はこれらに関する近年の研究動向を展望します。類書にない特色としては、家計の動学的ミクロ分析における重要概念となっている脆弱性について、ミクロ経済学の理論と関連づけつつ詳しく議論していることが挙げられます。言い方を換えると本書は、私のこれまでの研究テーマである<開発のミクロ分析>を貧困問題に応用した研究成果をまとめたものです。

 具体的な定量分析のイメージをつかみやすくするために、私が行なった実証作業結果を、実例としてできるだけ提示しました。特に多く用いたのは、パキスタンの北西辺境州(North-West Frontier Province: NWFP)で集めた2時点の家計調査パネルデータです。1996/96年と1999/2000年の2度にわたる面倒な調査につきあってくださったパキスタン人の皆様に深くお礼いたします。また、各章で取り上げるテーマを逸話的に理解する手助けとして、フィールド調査や開発の現場におけるこぼれ話などを、Boxにて紹介しました。以下、目次をリストしておきます。



目次


はしがき

序章 途上国の貧困・脆弱性問題
 0.1 本書のねらい
 0.2 キーワード
 0.3 本書の構成

   第1部 貧困の経済分析の基本

第1章 貧困の概念と計測
 1.1 多様な貧困概念
 1.2 所得貧困アプローチ:貧困の同定とそのミクロ経済学的背景
 1.3 貧困指標への集計
 1.4 パキスタン北西辺境州家計データでの貧困指標の計測
 1.5 結び:複眼的な貧困の計測にむけて
 Box 1.1 家計所得・消費計算における帰属計算の例

第2章 家計レベルの所得貧困の決定要因
 2.1 貧困プロフィール分析
 2.2 ミクロ「貧困回帰分析」の陥穽
 2.3 消費(所得)回帰分析による貧困のミクロ分析
 2.4 結  び

第3章 経済成長,不平等,貧困のトライアングル
 3.1 経済成長,不平等,貧困のトライアングル
 3.2 マクロ,セミマクロ集計データを用いた分析
 3.3 消費の分布全体の動学を考慮した実証分析
 3.4 「貧困に資する成長」研究の課題

第4章 貧困削減政策の評価
 4.1 貧困削減政策のターゲティング
 4.2 政策評価の基本的考え方
 4.3 客観的な政策評価のための諸手法
 4.4 政策評価研究の今後の課題
 Box 4.1 パキスタン農村部における住民参加型開発政策のインパクト

   第2部 貧困・脆弱性の動学的ミクロ分析

第5章 経済階層移動と脆弱性の概念
 5.1 パネルデータで見た貧困の流動性
 5.2 構造的な経済階層移動と脆弱性
 5.3 厚生水準の絶対的低下リスクとしての脆弱性
 Box 5.1 パキスタンNWFP調査での思いがけない「抜け落ち」

第6章 不確実性下の動学家計モデルに基づく貧困・脆弱性分析
 6.1 不確実性下の動学家計モデル
 6.2 動学家計モデルに基づく脆弱性の理論的定義
 6.3 動学家計モデルに基づく貧困・脆弱性の実証分析
 6.4 貧困の多面的側面の計測としての脆弱性分析
 6.5 脆弱性に関するミクロ経済学的研究の今後の課題
 Box 6.1 南インドで出会った医療の問題と家計の脆弱性

第7章 脆弱性の諸指標
 7.1 既存研究における脆弱性の諸指標
 7.2 パキスタンへの応用
 7.3 脆弱性の指標に関する研究の今後の課題

第8章 貧困の一時的要因と慢性的要因への分解
 8.1 慢性的貧困と一時的貧困への要因分解
 8.2 一時的貧困指標が満たすべき特徴
 8.3 パキスタンNWFPデータへの応用
 8.4 一時的貧困と慢性的貧困の要因分解を用いる場合の留意点

第9章 所得ショックに対する消費の「過度の反応」
 9.1 完全なリスクシェアリングを基準とした脆弱性の分析
 9.2 厚生低下に焦点を当てた脆弱性分析
 9.3 パキスタンNWFPデータでの実証
 9.4 今後の研究課題:リスクシェアリング・モデルの拡張
 Box 9.1 フィールド調査で見る家計レベルの食糧確保

終章 途上国の貧困・脆弱性分析の今後
 10.1 途上国の貧困・脆弱性を考える経済学の視点
 10.2 途上国の貧困削減政策を考える経済学の視点

付録 パキスタン北西辺境州の2時点パネルデータ

参考文献
索  引


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