Abstracts of Kurosaki's Japanese Publications, 1


黒崎卓「農業発展と作付変化---パンジャーブ農村の100年---」『経済研究』第51巻3号, 2000.7: 193-208..
要約: この論文では、農業発展の過程における作付構成変化の役割を、南アジアのパンジャーブ農村における今世紀100年近くにわたるデータを用いて、実証的に考察した。本稿の新たな分析視角は、土地生産性の上昇を、作付構成の変化、とりわけ作物間、地域間、農家間の作付シフトと関連づけて多面的に分析するところにある。実証分析においては、インド、パキスタンという一国レベルのデータと、パンジャーブ地域内の県データ、それに農家のマイクロ・データとを組み合わせて用いた。定量的分析結果から以下のことが明らかになった。第一に、1947年独立後のパキスタン、インド、および独立前のパキスタン地域における農業成長は、作物間の作付シフトに帰せられる部分が小さくない。第二に、パキスタン・パンジャーブ地域の農業発展は、付加価値が高い商品作物へのシフト及びそれらの作物の生産に比較優位を持つ地域や農家へのシフトといった、生産の特化(specialization)が主導する局面にあり、作物構成の多様化(diversification)が発展の重要な役割を果たす局面にはいまだ至っていない。第三に、植民地期においては特化の進み方が県ごとに多様であったのに対し、独立後はほとんどの県で一様な特化が急激に進んだ。この変化は、農産物市場の広域化と連動していると考えられる。

黒崎卓「パキスタン北西辺境州における貧困・リスク・人的資本」『アジア経済』第40巻9/10号, 1999.9/10: 91-114.

要約: 本稿は、貧困の特徴としての低所得と所得リスクに対する脆弱性に着目し、そこからの脱却の鍵として人的資本がどのような役割を果たすかを、パキスタン・北西辺境州のミクロ家計データを用いて描写的に分析した。人口一人あたりの農地が量的にも質的にも限られている調査地の農村においては、人的資本の蓄積が非農業雇用機会の拡大を通じて家計の貧困脱却に貢献していると見られる。また、所得リスクに対処するための様々なメカニズムが欠如していればいるほど人的資本の蓄積が阻害される可能性があること、したがって所得リスクのコストを軽減し人的資本の蓄積を助けるような公的介入、例えば保険的な雇用プロジェクトの実施、初等教育・一次医療の普及などが、長期的に大きな社会的収益を生むと期待できることが示唆された。

黒崎卓・澤田康幸「途上国農村における家計の消費安定化--パキスタンの事例を中心に--」『経済研究』第50巻第2号、1999.4: 155-168.

要約: 本稿は、途上国の経済発展とその農村家計の厚生面への影響を、途上国農村における保険・信用市場のあり方に焦点を当てて分析する。具体的には、パキスタンの農村部に生活する家計の消費が所得変動からどれだけ遮断されているかを、小規模村落調査と全国規模の標本調査データを用い、効率的リスクシェアリング必要条件の統計的検定を行うことにより実証的に考察した。その結果、第一に、村落内部で生じるイディオシンクラティックなショックが予想以上に相互に保険されていること、第二に、パキスタン農村におけるリスクシェアリングが広域になればなるほど成立しにくいことが判明した。本稿の分析結果から、村域を越えてリスクをプールすることを推進するような公共投資・公的介入、例えば全国的な作物保険プログラム、洪水や干ばつなどに対する保険や雇用創設事業が重要な開発含意を持つことが示唆された。

黒崎卓「貧困とリスク--ミクロ経済学的視点--」絵所秀紀・山崎幸治編『開発と貧困--貧困の経済分析に向けて--』(アジア経済研究所、研究双書、1998年、No.487): 161-202.

要約: 途上国経済における貧困のミクロ経済学的メカニズムに関する諸研究を、特にリスク(不確実性)の存在に焦点を当てて展望した。リスクと貧困の間には、消費水準が変動することによって貧困が悪化するという静学的効果、所得変動を避けるために期待所得が犠牲にされるという貧困を継続させる効果、実際に所得が落ち込んだ時になけなしの資産が処分されて一時的な貧困が慢性的なものとして固定される効果などの連関がある。これらの連関は、貧困であるが故に効果的な消費安定化手段がとれないことによって強められている。
 特に、資産の蓄積・取崩が生産投資と消費安定化の二重目的で行われることを厳密にモデルに取り入れた近年の研究は注目される。リスクと貧困の相互連関の中で最も重要なのは、物的なものであれ人的なものであれ、資産形成がリスクと貧困によって損なわれることだからである。しかしながら現存する研究はまだまだ少ない。類似の研究がもっと多様な途上国の事例について行われることを期待したい。
 これらのミクロ経済学的研究は、貧困の動学的分析のために必要な情報についても示唆するところが大きい。特に重要なのは、慢性的貧困を計測する上で、様々な資産に関する情報が決定的に重要なことである。所得水準変動と資産の動向に関する動学的な情報を相互に結びつけて分析することが、貧困メカニズムの理解を深めることにつながろう。

黒崎卓「灌漑水市場の効率性--藤田幸一論文の分析モデルへの代替的提案--」『農業経済研究』 68(4) 1997.3: 207-214.

 「緑の革命」に代表される途上国農業の技術革新は,灌漑地下水のような新たな生産要素の私的取引を生み出した.このような新たなサービスの取引がもたらす,効率性および公正上の経済的含意を分析する枠組みとして,競争的均衡か独占的売買のオーソドックスな二つのモデル(ないしそれらを両極として一般化するクールノー寡占モデル)はきわめて不十分である.現実に起きている途上国での契約の実態に則して,効率性と分配の様々な組み合わせを柔軟に分析できるモデルが求められる.本稿が示した代替モデルは,エィジェンシィー理論およびその一般化であるゲーム論にもとづいている.この代替モデルは,地下水取引がもたらす資源配分上の効率性と経済余剰の分配の両者とを,より一般的な資源配分モデルの枠内で統一的に説明することができる.特定モデルの選択によって分配と公正の関係が一義的に関係づけられる事態を避け,両者のより柔軟な組合せを視野にいれることができるのである.具体的には,限界費用よりも高い地下水料金の設定が,競争的売買の帰結である効率的資源配分と整合的であり得ることが明らかになった.

黒崎卓「発展途上国における農産物価格形成と政府介入--パキスタン・パンジャーブ州における小麦の事例--」『アジア経済』35(10) 1994.10: 31-63.

要約: パキスタンの主食である小麦の流通においては、自由価格の民間流通網が存在する一方で、政府が固定価格での調達・放出を行っている。本稿は、このような制度下で成立する民間の農産物価格がどのような特徴を持ち、政府介入がどう影響しているかを、パキスタン・パンジャーブ州の事例で分析した。農家経営データの分析からは、収穫時の小麦の農家庭先価格が政府支持価格と輸送費用で効率的に説明されること、卸売価格データを用いた空間的統合検定からは、州内の卸売市場間にかなりの市場統合が見出せること、卸売価格と政府放出量の季節性の検討からは、政府放出が自由市場価格の安定に寄与する効果は年によって異なること、などの結果が得られた。このことから、調査地域での小麦市場価格の間の関係は、収穫時から政府放出が本格化するまでの時期においては競争的均衡の必要条件である裁定式にかなり近く、そのかぎりで効率的な価格形成に近いと要約できる。