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オピニオン

●「新札発行の意義と経済政策」2002年8月10日

本日2002年8月10日付け日本経済新聞で大阪大学の小野善康氏が「時論 新札、景気への効果は疑問」というタイトルで新札発行は無駄な公共事業と同じで、景気刺激効果はないと論じている。新札発行に関して必ず出てくる議論であり、政府発表としては景気刺激効果については全く触れていないにもかかわらず、このような議論を続ける多くの論者に対しては辟易とする。この際、新札をめぐる誤解を解いておきたい。

そもそも新札を発行するということは、(1)様々な偽札が流通しているという問題、(2)紙幣発行に関わる様々な技術の伝承が最低20年毎ぐらいに必要であるということ、(3)ATM、自販機な技術的対応、すなわち、2000円札などの新札に対して速やかに対応できない機械の遅れに対応しようという意図のもとに行われているのであって、景気刺激効果など、そもそも考えていないことは発表当日の財務大臣、経済財政政策担当大臣のコメントからも明らかであった。

小野氏は、「穴を掘って埋める事業なら他に迷惑はかからないが、新札では、現金支払機を設置している銀行、自販機で物を販売している企業、鉄道などに、多大な負担を強いる」という理由で、新札発行に反対している。

この論理の根本的な間違いは経済政策を景気刺激的かどうかだけで判断している点にある。財務省や日本銀行は日々のオペレーションでは景気刺激かどうかということ以前に、日常の経済活動が円滑に行われるように、決済機能を管理監督し、偽札の流通を防止し、外国為替の過度の変動を管理し、短期金融市場で金融機関間で資金の貸し借りが円滑に行われるように心がけているのである。ここでの政策問題は造幣技術の改善とその伝承ということである。これは、政府および中央銀行が社会の中で責任を負っている仕事ではあるが、その実態は表に出てこない。しかし、これは現代社会が貨幣経済を前提としている限り必要な仕事なのである。

小野氏は政府のこのような仕事を全く理解せず、新札を単に価値尺度の手段として捉え、そこに何ら技術革新も学習もないとして、「穴堀り以下」であると決めつけている。百歩譲って、造幣局の技術的な問題を別にして、マクロ経済学的に考えても、現金支払機や自販機を導入する企業にとっては負担であるが、それらの機械を販売している企業から見れば特需である。新札に対応する機械の技術はその他の製品への波及効果もあるだろう。このように見てくれば新札発行を負担増に過ぎないという議論は理解に苦しむ。

いずれにしても、新札発行は景気対策ではなく、技術的に高度な紙幣を発行しつづけることが重要な社会的インフラストラクチュアの整備の一部であり、それ自体が立派な経済政策なのだということを理解すべきである。