世代間の利害調整に関する研究
(研究プラン全体の包括的説明)
|
|
|
|
|
|
|
|
|
近年、世代間の適切な利害調整を新たに迫られる問題が日本だけでなく、地球的規模において続出している。
第1に、地球温暖化の問題は現在の経済活動だけでなく過去の長期間にわたる経済活動とも密接に関連する一方、温暖化ガスの影響を主に受けるのは数十年先の遠い将来に生存する世代である。そこでは加害者と被害者が同時点には存在しておらず、起因者負担原則を適用しようとしても、過去の世代に適切な負担を求めることはできない。また加害者と被害者の直接交渉で問題を解決することも事実上不可能である。したがって公害の研究等で示された従来の枠組みでは地球温暖化の問題を適切に処理することができない。
第2に、人口構造の高齢化問題は日本をはじめとする先進工業国では21世紀前半における最大の懸案となりつつある。公的制度としての年金や医療・介護は所得の世代間再分配を基本線としており、人口高齢化が進むとともに世代間の利害対立がますます先鋭化しかねないからである。世代間の公平基準が定まらないなかで各国とも場当たり的ともいえる対応に追われており、強大な政治力を有する高齢者に過大な所得再分配が行われ、それによってもたらされる資源配分上の悪影響を心配する声も多い。
第3に、日本やドイツあるいはイタリア・スペインなどの南ヨーロッパ諸国では低い出生率に苦悩する一方、外国人労働者の受けいれにあたって従来より深い知恵が求められている。少子化の進行、外国人労働者の増大、雇用の流動化と就業形態の多様化が進むなかで、従来の各種社会保険制度は根底から揺らいでおり、一部では既に空洞化現象が生じている。その再構成や新たな「公私の役割分担」のあり方をつめる試みが過去20年間にわたって進められたものの、研究をいっそう発展させ、それを具体的な制度設計に応用する余地は現在でも大きい。
第4に、発展途上国でも経済発展と世代間分配の公平性を両立させることは容易ではない。経済発展の初期には世代間の分配状況が悪化しかねないからである。すなわち旧来からある低所得の伝統的産業は主として中高年世代によって担われる一方、発展を促進し、所得の高い新規産業分野には若年世代が大量に投入されがちである。世代間分配が極端に悪化すると、経済発展そのものの芽が摘みとられるおそれもある。
第5に、旧社会主義国が市場経済へ移行したさいに、それまであった社会保障制度が崩壊し、従来の負担が無に帰して社会保障給付は受けられなくなった。その結果、とくに高齢者が市場経済化に強い不満をもつことになった。他方、いったん無に帰した社会保障負担を若者に再びどう受けいれさせるか、高齢者の生活安定資金を公的にどう調達するか等々、世代間の利害調整にかかわる問題は、移行経済国でも緊急性を帯びた問題となっている。
世代間の利害調整を迫られる問題が日本だけでなく地球的規模でいくつか存在するのは上述のとおりである。それにもかかわらず経済学や政治学では、この問題を直接に取りあげて本格的に究明することは、2、3の例外を除くと、これまでほとんどなかった。
世代別の利害が現在どういう状況になっており、将来どうなるか、また利害調整に関する世代別の意向がどうなっているか、の2つを理論・計量分析や意識調査で明らかにすること。そして、それらの分析や調査をふまえつつ、世代間の公平について原理的考察を深めた上で、世代間の適切な利害調整に関する分析フレームを新たに開発し、個別の問題に即した利害調整の方法を個々の国ごとに具体的に提案すること。それらの必要性はきわめて大きい。
地球温暖化対策では1997年に京都議定書がまとめられるなど日本がリード役の一角をこれまで担ってきた。日本がこの問題で先導的役割をはたすことに対する世界の期待は依然として大きい。
他方、人口の少子高齢化をめぐって橋本龍太郎前首相は1996年のリヨン・サミットで「社会保障イニシアティブ」を提唱し、日本がこの問題で主体的先導的役割をはたすと約束した。それをうけてOECDをベースに各国情報の収集が行われ、さらに社会保障大臣会議が1998年に開催された。その会議で当時における日本の厚生大臣小泉純一郎氏が司会役を務め、議論をリードした。社会保障大臣会議に先立って開催されたOECD主催の年金問題ワークショップ(各国の専門家・研究者、国際機関の専門家等150人が参加した会合)では本特定領域の領域代表者である高山憲之が議論の総括と最終コメントを担当した。これらの会議を通じて一定の方向性が打ちだされたものの、具体的な内容をさらに掘り下げる作業は残されたままになっている。日本は21世紀に入った直後から高齢化(65歳以上の総人口に対する割合)という点ではスウェーデンを抜いて世界のフロントランナーに躍り出る。この問題に日本がどう取りくむかについての各国の期待や注目度は政治・経済両面において、きわめて高い。
さらに発展途上国や移行経済国でも世代間の利害調整をめぐって日本の知的支援を強く求めている。
こうした期待と注目に応えるためには、日本のどこかの機関が世界に開かれた中核的研究拠点となって関連する研究を先端的に進める必要があり、本研究の緊急性もことのほか大きい状況にある。
上述のような研究の必要性・緊急性をふまえて本領域では次の6つを研究目的としている。
第1に、地球温暖化問題をめぐる世代間の衡平性をどのように考えたらよいのか、それを経済学と倫理学の立場から原理的に考察し、その考察にもとづいた負担原則を新たに提言する。
第2に、先進工業国における年金・医療・介護の問題をめぐって世代間の利害が今後どうなるかを経済理論的・計量的に明らかにし、その利害を適切に調整する方法を具体的に提案する。そのさい国別の個別状況をふまえつつ、「公私の役割分担」のあり方や制度の切りかえに伴う移行問題の処理方法についても明らかにする。また年金については金融的側面についても考察する。
第3に、少子化の進行が世代間の利害にどのように影響をするかを経済学の立場から理論的・計量的に明らかにする一方、外国人労働者を日本にどのように受けいれるべきかについても諸外国の経験に学びながら具体的に提案する。
第4に、日本とアジアを念頭におきながら経済発展における世代間の利害調整のあり方を理論・実証の両面から究明する。
第5に、市場経済への移行国における社会経済統計を収集して、客観的な世代間利害の構造を解明する。そのさい世界的共通問題と移行国の特殊問題を区別し、移行国における世代間利害調整の経済政策的含意を吟味する。
第6に、世代間利害調整において日本の政治がいかなる問題を抱えているかを具体的に明らかにし、また円滑な世代間利害調整を行うために政治がいかに変わらなければならないかを示す。
世代を切り口にした研究は2、3の例外を除くと、ほとんど試みられていない。
まずL. コトリコフ教授を中心とするグループによる世代会計の研究がある。米国についての先行研究が行われた後、1999年には国際比較プロジェクトの成果が一冊の書物(L. Kotlikoff et al. eds., Generational Accounting around the World, Univ. of Chicago Press, March 1999)に取りまとめられた。日本では本領域に参加している高山憲之・北村行伸・吉田浩の3名が参加した。ただし分析フレームはきわめて単純化されたものにとどまっており(たとえば、かなり大幅な増税や歳出カットをしても将来の経済成長率や利子率は不変にとどまると前提している)、今後、研究内容の格段の深化・拡大が求められている。なお日本における世代会計については経済企画庁で先行研究が既に行われていた。
次にJ.ロールズによる公正基準の発表以来、「世代間の公正」をどう考えるかについての規範的研究がP. ダスグプタ、K. アロー、R. マスグレイブをはじめとする研究者によってこれまで散発的に試みられてきた。ただし現在にいたってもなお議論の内容はきわめて初歩的な段階にとどまっており、本格的研究は試みられていない。
また世代重複モデルの開発という形の経済成長プロセスにかかわる研究には既に、それなりの蓄積がある。ただし所得移転を考慮に入れた研究を含めて、いずれも効率性に着目したものだけにとどまっており、「分配の公平」との関連を有するモデル開発は行われていない。
さらに政治学の世界ではきわめて初歩的なシルバー・デモクラシー等の議論があるものの、世代に着目した本格的な研究は、これまでのところほとんど試みられていない。
なお従来、経済学では異時点間にかかわる資源配分問題を1つの重要テーマとして精力的に研究してきた。そのなかで間接的ながら世代間の利害調整に関する議論が部分的に行われてきた。
また地球温暖化問題、年金・医療・介護をめぐる問題、少子化・外国人労働問題、経済発展と分配の関係、移行経済問題についても個別の問題関心により、これまで多かれ少なかれ内外で研究がなされてきた。ただし「世代間の利害調整」を前面に出した統一的研究は、これまでのところない。
他省庁等で進められている関連研究では、社会保障・人口の少子高齢化および世代間公正基準について厚生科学研究費や国立社会保障・人口問題研究所でも研究が行われてきた。それらの研究を主導した阿藤誠・尾形裕也・後藤玲子の3氏が研究分担者として本領域に参加し、これまでの成果をふまえた研究をつづける。
研究組織は総括班および計画研究班の2つに分けられる。
このうち総括班には(1)運営委員会(領域代表者・計画研究代表者・事務担当者をメンバーとし、研究全体の方針策定および各研究項目の企画調整にあたる)、(2)事務局(領域独自の研究情報ネットワーク基盤を形成する一方、中規模以上のワークショップ・シンポジウム等における事務を側面支援する)、(3)評価委員会(領域内部において必要となる評価をすべて行う)、の3つが置かれる。
個別の計画研究班は上記の研究項目(A1〜A7)ごとに7つ設置される。
平成12年度から平成16年度までの5年間。
世代間の利害調整という観点から社会的要請の強い研究項目を7つ取りあげる。地球温暖化の問題(A1)はまさに地球的規模での研究が必要である。医療・介護(A2)、年金(A3)、少子化・外国人労働(A4)の問題は主として先進工業地域で深刻となっている。他方、経済発展(A5)や体制移行(A6)との関連でも世代間の利害調整に新たな知恵が強く求められている。さらに利害の具体的調整は広義の政治によって行われるので、政治学的分析(A7)を欠かすことができない。
本領域では一橋大学経済研究所に所属する研究者を中核にしつつ、各分野において日本を代表する第一線の研究者が個別の計画研究グループに参加して世代間の利害調整に関する理論的・計量的研究を5ヶ年にわたって進める。研究にあたってミクロデータを縦横に駆使し、また複数の意識調査を実施する。各グループは原則として月1回ペースの研究会を開催し、個別報告と討論をくりかえす中で研究のレベルアップを図っていく一方、必要に応じた研究計画のバージョンアップを弾力的に試みる。また一橋大学経済研究所で定期的に一橋サマー・ワークショップを開催する。さらに研究の過程で、関連する問題における内外の最高権威者にワークショップ・国際シンポジウム等に随時、参加を求め、かれらによる基調報告・討論・コメント・評価を通じて本領域における研究内容の充実・深化と分担課題の拡大を不断に図っていく。
日々、電子メール・インターネットを利用して情報の発信と交換をつづける。その便宜を図るため、領域専用の情報基盤ツールを形成するとともに、領域に関するデータベースを構築する。
各年度ごとに全体会議を少なくとも1回開催し、問題の共通理解を深めつつ、研究内容の質的向上にむけた論点整理を行う。研究成果は逐次、DPにまとめ、内外の学会等で報告した上で、最終的に複数の和文および英文の専門書として公刊する。
我が国は社会科学系の分野では世界に誇れるような創造的な研究が不足していると言われて久しい。このような空白を少しでも埋めるために、上述の研究を通じて世界に通用する、質的にみて最高水準の情報を発信し、我が国における学術水準を格段に向上させる。
申請領域における研究の具体的内容(メンバー構成と人数)および各研究項目の主要研究内容は以下のとおりである。
■総括班(S1)「世代間利害調整に関する総括的研究」(13名)
領域代表者:■計画研究(A1)「地球温暖化問題をめぐる世代間衡平性と負担原則」(8名)
研究代表者:■計画研究(A2)「医療と介護における世代間の受益と負担の国際的な実態およびその利害調整の設計」(11名)
研究代表者:■計画研究(A3)「年金をめぐる世代間の利害調整に関する経済理論的・計量的研究」(11名)
研究代表者:■計画研究(A4)「少子化および外国人労働をめぐる経済理論的・計量的研究」(21名)
研究代表者:■計画研究(A5)「経済発展における世代間の利害調整」(14名)
研究代表者:■計画研究(A6)「移行経済における世代間の利害調整」(8名)
研究代表者:■計画研究(A7)「世代間利害調整の政治学」(5名)
研究代表者: