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経済研究 第59巻 2008年 要約
Vol.59, No.1 2008

『メインバンクの財務状況と企業行動――中小企業の個票データに基づく実証分析―― 』
小川一夫(大阪大学社会経済研究所)

 本稿はわが国におけるメインバンクの財務状況の悪化が顧客企業の行動に及ぼす影響について実証分析を行った研究である.本研究には3つの特徴がある.第1は、中小企業を対象にそのメインバンクの健全性が企業行動に与える影響を分析した点である.第2は,中小企業を対象に中小企業庁が調査した企業金融環境に関する個票データを使用した点である.この調査では中小企業のメインバンクを識別することができるとともにメインバンクに関する情報が豊富に含まれている.第3は,企業活動を多面的にとらえてメインバンクの財務状況との関連を調べた点である.
 得られた実証結果は以下の通りである.メインバンクの不良債権比率が上昇すれば,顧客企業への貸出は抑制的になり,設備投資,雇用は減少する.また,メインバンクからの借り入れの減少を補うために流動資産が取り崩されるが,同時に将来の資金需要を手当てするために流動性の積み増しが行われる.


『不確実性下における参入抑止投資の分析――リアルオプションアプローチ――』
嘉本慎介(大阪大学大学院経済学研究科大学院生)

 本稿は,リアルオプション理論を応用し,潜在的競争企業の参入費用を上昇させ,参入を抑止する既存企業の戦略的な参入抑止投資の意思決定に不確実性が与える影響を分析する.本稿のモデルでは,参入抑止投資の最適な閾値が,既存企業と潜在的競争企業の意思決定の戦略的な相互作用によって決定される.需要の不確実性の増加は,潜在的競争企業が参入するインセンティブを低下させるため,既存企業が参入の抑止をはかるインセンティブも低下し,参入抑止投資を先送りすることが示される.また,大規模な参入抑止投資ほど,実施が早くなることも示される.さらに,数値計算を用いて,参入抑止投資の最適な閾値と規模に対する不確実性の影響を考察する.不確実性の増加が潜在的競争企業の参入を強く抑止し,参入抑止投資の効果を代替するため,既存企業が参入抑止投資を先送りし,規模も削減することが示される.

『「新しい開放マクロ経済学」に基づく金融政策の国際波及効果――ドル建て取引を仮定した日米ANIES3ヶ国モデルによる分析――』
道和孝治郎 (神戸大学経済経営研究所)

 現在,企業の貿易に対する契約通貨として,主に米ドルが世界で使用されている.特に,我が国とアジアNIES(ANIES)といった2国間においても,第3国通貨である米ドルが主要取引通貨として使用されている.本稿は,こうした現状を踏まえて,ドル建て取引に基づいて輸出取引を行うと,金融政策の国際波及効果がどのように修正されるかを分析するために,近年著しく発展している「新しい開放マクロ経済学(New Open Economy Macroeconomics)」をフレームワークとして用いて分析した.解析的分析と数値解析に基づけば,世界が日本・ANIES・アメリカで構成されると仮定するとき,ANIESの生産や経常収支に及ぼす日本の金融政策の効果が弱められることが示された.一方で,経済厚生に関しては,日本の金融政策がANIESに対して,僅かながらも「近隣窮乏化効果」をもつことを数値解析を行うことで明らかにされた.本稿は,3ヶ国・ドル建て取引という仮定の下で,出来る限り解析的・解釈可能な分析を行い,新たな知見を得ようと試みている.

『マーシャルにおける経済学と倫理 』
西沢 保(一橋大学経済研究所)

 本稿は、マーシャルの経済思想を社会改良の時代における歴史・倫理的思考との関わりで捉え、彼の思想体系のなかで考察しようとする。マーシャルにとって、経済学は富の科学であると同時に人間の研究であり、彼は「理論化された人間の歴史」としての社会科学を構想していた。狭義の経済学の対象を可測的な経済的動機、貨幣尺度に関係づけられる部分に限定しようするが、倫理学から経済学に進んだマーシャルは、「富の増大よりも生活の質の改善」を説き、経済的進歩は生活の質、生活基準の向上との関係で捉えられていた。マーシャルの思想には「生活こそが富である」というラスキンの思想と共通するものがあり、彼は、生活と富、人間と経済を結び付けようとしていた。

『戦前日本の農家経済調査の今日的意義――農家簿記からハウスホールドの実証研究へ――』
尾関学(一橋大学経済研究所)・佐藤正広(一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センター)

 日本が発展途上にあった戦前期の農家経済調査は,農家の現金・現物双方の生産・収入,支出から始まり,資産,さらに労働などを詳細に調査した.この農家経済調査の構造の背景にある経済学から出発し,今日の開発経済学で用いられるハウスホールド・モデルの源流のひとつである,農家主体均衡論が生れた.それは,京都大学における農業経済学の形成と深い関わりをもっていた.
 本稿では,戦前期の農家経済調査,および農家主体均衡論,それぞれの形成と展開について考察する.それは,西欧からの農業経済学と農家簿記の導入と受容,そして日本での農業経済学と農家経済調査の形成,最後に,第二次世界大戦後に日本で生れた農家主体均衡論が海外へ紹介されていく過程をあつかう.この農家主体均衡論をその源流のひとつとするハウスホールド・モデルによって,発展途上にあった戦前日本の農家の分析を行い,現代の途上国と比較することは,実りのある研究を生み出すであろう.その可能性を有するのが,戦前日本の農家経済調査なのである.

『ロシアの長期人口統計』
雲和広(一橋大学経済研究所)・森永貴子(北海道大学大学院文学研究科)・志田仁完(一橋大学大学院経済学研究科大学院生)


 本調査研究の目的は,帝政ロシア及びソ連・新生ロシアの統計制度・人口統計整備手法を概観すると共に,ソ連崩壊後の新生ロシア領域に基づく人口統計を一次史料に基づいて構築すること,そして帝政ロシア末期から新生ロシアに至るまでの長期的人口動態を把握することにある.先行研究における帝政ロシア期を扱うものとソビエト以降のそれとの間の断絶は大きく,そして原資料に依拠した研究は極めて少ない.最初にロシア帝国における人口統計制度の整備過程に焦点を当て,続いて革命後のソビエト・ロシア,そして新生ロシアの人口統計を見る.主眼を置くのは,(1)一次史料に依拠して100年の期間で獲得可能な限りの統計を揃える,(2)現ロシア連邦の領域への統一を可能な限り試みる,という点である.通史的にロシアの発展を描く上での最も基礎的な情報を揃えることを旨とするものである.


 
Vol.59, No.2 2008

『静学的パネルデータ分析――概観――』
千木良弘朗(東北大学大学院経済学研究科)

 近年,様々なパネルデータが利用可能になったことを受けて,パネル計量経済分析は方法論においても実証研究においても大きく進展している.本稿ではそれらパネルデータ分析のサーベイを行うが,全てを網羅するのは難しいので,方法論についてのいくつかの話題を抜粋してサーベイする.比較的簡単なパネルデータモデルを使うことでパネルデータ分析の意義を明確に紹介すると共に,具体的な手法の使い方とその計量理論的・経済学的背景を簡潔にまとめるのが本稿の目的である.

『定常な動学的パネル分析』
早川和彦(広島大学大学院社会科学研究科)

 近年,パネルデータを用いた実証研究が非常に多くなってきており,この傾向は今後もさらに続くと考えられる.パネルデータモデルには非常に多くの種類があるが,本稿では実証分析でも比較的使用頻度の高い,定常な動学的パネルモデルの計量理論の発展をサーベイする.特に,実証分析ではWithin Groups推定量,操作変数推定量、GMM推定量が頻繁に用いられていることを考慮して,これらの推定量を中心に議論していく.

『非定常な動学的パネル分析』
早川和彦・千木良弘朗・山本 拓(広島大学大学院社会科学研究科・東北大学大学院経済学研究科・一橋大学大学院経済学研究科)

 本稿では非定常パネルモデルの近年の計量理論の発展をサーベイする.非定常時系列モデルは1980年代から膨大な量の理論的・実証的研究が行われてきているのに対し,非定常パネルモデルの研究が本格的に始まったのは1990年代後半に入ってからであり,現在も非常に活発に研究が行われている.本稿では各トピックの代表的な研究を中心に解説し,それに付随する研究を紹介していく.

『政府統計の個票利用と統計法改正――試行的提供の経験を踏まえて――』
山口幸三(一橋大学経済研究所附属社会科学統計情報研究センター)

 我が国の政府統計は,国際的にも高い水準であると評価されているが,個票データの利用については,欧米諸国から遅れていると言われている.個票データの利用が進まないのは,統計法において利用に厳しい制限があるためである.その問題に対して,様々な提言や取組みがなされてきており,その具体的な取組みの一つが政府統計ミクロデータの試行的提供である.本稿は,試行的提供がこの問題にどのように対応したか,どのような意味を持ったかを考察したものである.また,平成19年5月に改正された統計法の下での個票データ利用上の問題を推察するとともに,個票データの利用において今後考えるべき課題を提示した.

『金融機関の経営統合とソフトな情報の毀損』
小倉義明・内田浩史(立命館大学経営学部・和歌山大学経済学部)

 本研究の目的は,金融機関の経営統合が借手企業に関する「ソフトな情報」の収集に与える影響を分析することである. 2005年に実施された「関西地域の企業金融に関する企業意識調査」で得られた中小企業の個票データを用いて分析したところ,合併はソフトな情報の生産を減少させる,という結果が得られた.これは,合併によって経営組織が大規模化,複雑化し,「ソフトな情報」が生産されにくくなるという仮説,および合併に伴う費用削減(リストラ)によって「ソフトな情報」が失われてしまうという仮説に整合的である.

『北米における政府統計個票公開の現状に関する調査報告――米国労働統計局、米国センサス局およびカナダ統計局のオンサイトリサーチを中心に――』
神林 龍(一橋大学経済研究所)

  欧米各国は政府統計個票の公開に際し,プライバシーの確保と利便性の追求とのトレード・オフに直面した結果,オンサイトリサーチと呼ばれる個票利用方法を編み出した.この方法は,特定の場所に設置された特定端末から直接各統計部局のデータ・サーバーにアクセスする.利用可能な場所が極度に制限され,物理的にデータの持ち運びが不可能なものの,固有名が落とされただけの,ほぼ調査個票原票に近い情報を利用することができる点有用とされる.本論文では,アメリカ合衆国労働統計局,同センサス局,カナダ統計局において設置・運用されているオンサイトリサーチの状況を報告する.特に法的な観点および利用に至るまでのプロセスに注目し,彼の地でのオンサイトリサーチの運用実態を明らかにする.


 
Vol.59, No.3 2008

『高齢者の就業構造と消費・貯蓄構造――『全国消費実態調査』のマイクロデータによる分析――』
中村二朗・赤羽 亮(日本大学大学院総合科学研究科・日本大学大学院総合科学研究科大学院生)

 本稿では『全国消費実態調査』(総務省)の個票を用いて,バブル崩壊後の高齢者世帯の所得,消費,資産の格差の動向を確認するとともに,高齢者の就業構造と消費構造との関係を整理した.また『全国消費実態調査』を利用する上で従来ほとんど指摘されてこなかった問題(公的年金給付による月次平均所得のバイアス)及びその改善策も示した.高齢者を含む世帯類型は多様であり全ての世帯を一律に扱うことは困難であるため,主に高齢者夫婦2人世帯を対象に分析した.消費支出の動向は相対的に安定的である一方,就業条件の悪化などにより勤労所得が低下したため,資産を切り崩して生計を補う世帯が増加していることが確認された.さらに,非勤労所得が多い世帯は労働市場から退出して現役時代に蓄積した資産を切り崩して生活している一方で,非勤労所得が少ない世帯は高齢期にも就業を続けることにより生計を維持しつつ,貯蓄を増加させていることが示唆された.
JEL Classification Codes: J14, E21, D31


『世帯の経済資源が出産・育児期における女性の心理的健康に与える影響について――「消費生活に関するパネル調査」を用いた実証分析――』
野口晴子(国立社会保障・人口問題研究所社会保障基礎理論研究部)

 本研究の目的は,「消費生活に関するパネル調査」(財団法人家計経済研究所)を用いて,世帯資産と所得を中心とした社会経済的状況が出産・育児期における女性の心理的健康に与える影響について実証的分析を行うことにある.  動学同時決定パネル推定の結果,@世帯資産の変化率および世帯資産は,出産・育児期の女性の心理的健康状態に対して有意な影響がない;A年間世帯所得の増加は心理的健康状態を有意に改善するが,効果は非常に小さい;B推定モデルにかかわりなく,退職は女性の心理的健康状態に対してポジティブに,出産はネガティブに作用し,退職と出産の心理的健康尺度に与える効果の大きさは,世帯所得の効果よりもはるかに大きい;C夫の親との同居は妻の心理的健康状態にネガティブに,夫の学歴の高さはポジティブに作用する,という結果を得た.  以上の結果から,比較的若年層の女性の健康に対する効果は世帯の経済資源よりも非経済的要因の方が重要であり,現代社会で多様な役割を担っている女性にとって,就学前児童を抱えながらの就業継続が最も大きな心理的負担となっていることがわかった.
JEL Classification Codes: I00, I10, I119


『パネルデータにおける家計消費の変動要因――測定誤差とデータ集計期間に関する一考察――』
阿部修人・稲倉典子(一橋大学経済研究所・日本経済研究センター)

 標準的な家計消費モデルに従うと,家計消費は所得に比べてスムーズに変化し,その動きはランダムウォークに近くなる.しかしながら,各国のパネルデータに記録されている家計消費変化率の分散は所得変化率の分散よりも大きく,ランダムウォークよりもi.i.d.に近い挙動を示している.本論文では,消費データの不安定性が測定誤差によるものなのか,それとも調査期間が短いためであるかを検証した.分析の結果,測定誤差よりはむしろ,消費支出調査期間の短さが消費変動の主要因であるという結論を得た.Needs-Scan/Panelを用いた食料消費支出の分析では,家計消費がランダムウォークに近くなるのは四半期以上の長期間の集計期間を用いた場合であり,またその場合でも,長期保存可能な食料品への支出はランダムウォークよりもi.i.d.に近い挙動を示した.これは通常の一週間や一カ月の情報に基づく家計消費データでは,消費支出の平滑化やランダムウォーク性の検証を行うことが困難であることを示唆するものである.
JEL Classification Codes: D12, E21, C81


『雇用変動指標の再検討 ――1991〜2005年『雇用動向調査』をもとに――』
神林 龍(一橋大学経済研究所)

 本稿では,厚生労働省『雇用動向調査』の1991年から2005年までの個票を用い,従来の雇用創出・消失の推計に離職者の離職理由の情報を加え,1990年年代の雇用変動指標を再検討した.その結果,いくつかの観察結果が明らかになった.第一に,既存研究の推計方法は事業所間の共通ショックの影響を強く検出する性質があることがわかった.ただし,この要因を考慮しても,1990年代の雇用フローは個々の事業所に固有の要因に強く支配される傾向があるという従来の指摘はおおむね妥当する.第二に,1990年代の雇用創出は好不況に関わらず安定的に推移しており,雇用変動の大部分は雇用消失の増減から生じていることがわかった.当初は大きく異なるとされたアメリカ合衆国と日本の雇用フローの推移が似通っていることを示している.第三に,都道府県間でも雇用フローの推移は大きく異なることがわかった.この違いを説明するには,マクロショックの地域間分配によるものではなく,最低賃金制度に代表される個々の都道府県固有の要素,あるいは個々の事業所に固有の要因が重要であることが示唆される.
JEL Classification Codes: J64, E32, C81


『ランクサイズ回帰の検定について』
小西葉子・西山慶彦(独立行政法人経済産業研究所・京都大学経済研究所)

 多くの実証研究では都市サイズ,企業の資産や売上高の規模などの研究対象がパレート性を持つことを,ランクサイズ回帰で観察してきた.具体的には,順位の対数値をその規模の対数値に回帰することにより,その係数が-1になるかを調べる.また,パレート性の有無には,二次項の係数が0であることも条件になるので,本稿では,二次項を加えたものを回帰モデルとする.パレート性の検証には,一次項,二次項それぞれのt検定と,一次項の係数が-1,二次項の係数が0という複合仮説が成立しているかをF検定で調べる方法がある.しかし,分析対象がパレート分布に従う時,データ数が大きくなると,t値は発散してしまうため通常のt検定を行えないことがわかっており,F検定でも同様の問題が観察された.そこで本稿では,F値の棄却域をシミュレーションによって構成し,ランクサイズ回帰の複合仮説を検証可能とし,パレート性の検定の新たな手法として提案した.
JEL Classification Codes: C12, C16, R12


『現物賃金と経済発展――途上国農村家計の労働供給と食糧確保に焦点を当てて――』
黒崎 卓(一橋大学経済研究所)

  途上国の経済発展における雇用形態の多様性とその機能について,現物賃金が果たす家計の食糧確保という役割に焦点を当てて分析する.まず,経済発展の初期段階において現物賃金が重要であることを様々な資料や統計データから示した上で,既存研究が現物賃金をどのように理論的に理解してきたかを展望する.既存研究で十分議論されていない視点として,食糧市場が薄く,主食価格が変動するリスクに直面する労働者家計に対して,現物賃金が食糧面での安全保障を確保する効果を持つという理論モデルを提示する.この理論モデルからは,家計の食糧需要が硬直的である場合に現物賃金を伴う雇用形態への労働供給が増えることが導出される.ミャンマー農村部のデータを用いたミクロ計量分析結果は,この理論的関係と整合的であった.
JEL Classification Codes: J33, Q12, O12


 
Vol.59, No.4 2008

『賃金・雇用調整と価格決定方法』
有賀健・神林龍(京都大学経済研究所・一橋大学経済研究所)

 マクロ経済学では,物価水準の変動との関連で進められた価格形成行動に関する研究の結果,価格形成行動は労働投入の調整と不可分であることがわかってきた.しかし伝統的な労働経済学では,いうなればWage Takerの仮定のもと,両者の関連について明示的に議論されてこなかった.われわれは,経済産業研究所の協力のもと,欧州中央銀行が行った調査と比較可能な形で,雇用・労働時間調整,賃金調整,製品価格形成行動の三つの論点を同時に観察する企業調査を実施した.本稿はその結果報告である.まず賃金調整について日本調査とドイツ調査を比較した.さらに,日本における賃金調整と雇用調整の関係を整理した.最後に,価格形成行動と賃金調整,雇用調整との関連を考察した.その結果,(1)賃金調整を妨げる要因として最重要視されるのは日独共通で労働者のモラルダウンであること,(2)賃金調整を経ずに雇用調整のみを実施した企業は競争的な労働市場に直面していること,(3)共通製品市場が競争的なほど賃金調整よりも雇用調整が多用されることなどがわかった.
JEL Classification Codes: J31, L11, E31


『企業の出荷価格の粘着性――アンケート調査とPOSデータに基づく分析――』
阿部修人・外木暁幸・渡辺努(一橋大学経済研究所・一橋大学大学院経済学研究科大学院生・一橋大学経済研究所)

 本稿ではわが国の食品・日用雑貨を生産・出荷する企業123社を対象として価格設定行動に関する アンケート調査を行い以下のファインディングを得た.第1に,約9割の企業は原価や需要が変化し ても直ちには出荷価格を変更しないという行動をとっており,その意味で価格は粘着的である.その 理由としては,原価や需要の情報収集・加工に要する費用や戦略的補完性を挙げる企業の割合がそれ ぞれ約3割であり,粘着性の主因である.一方,メニューコストなど価格変更の物理的費用は重要で ない.第2に,価格の変更頻度については、過去10年間では出荷価格を一度も変更したことのない企業 が3割を超えており強い粘着性が存在する.この粘着性は他国と比較しても高い.第3に,アンケー トの回答とPOSデータをマッチングさせることにより,メーカー出荷価格変更時における末端価格 の変更頻度を大きく上回っている.これらの結果は,末端価格の変動の大部分がメーカー企業ではなく 流通企業の行動を反映していることを示唆している.
JEL Classification Codes: E30


『オンライン市場における価格変動の統計的分析』
水野貴之・渡辺努(一橋大学経済研究所・一橋大学経済研究所)

 本稿では価格比較サイト「価格.com」において仮想店舗が提示する価格と,それに対する消費者のクリック行動を秒単位で記録した新しいデータセットを用いて,店舗の価格設定行動と消費者の購買行動を分析した.本稿の主要なファインディングは以下のとおりである.第1に,店舗の価格順位(その店舗の価格がその時点において何番目に安いか)が1位でない場合でもクリックが発生する確率はゼロではない.ただし,価格順位が下がるとクリック確率は下がり,価格順位とクリック確率(の対数値)の間には線形に近い関係が存在する.この線形の関係は,消費者に店舗の好みがあり,消費者が自分の好みで店舗群の中で最も安い価格を提示する店舗を選択していることを示唆している.第2に,各店舗が提示する価格の平均値は,ドリフト付きのランダムウォークに従っている.これは価格変動の大部分が店舗が保有する在庫のランダムな増減によって引き起こされていることを示している.ただし,価格が急落する局面などではランダムウォークからの乖離がみられ,各店舗の価格づけの戦略的補完性が値崩れを招いている可能性を示唆している.
JEL Classification Codes: E30, L11, L81, L86


『出生行動における若年者の労働市場と公共政策の役割――市町村パネルデータによる計量分析――』
小椋正立・角田 保(法政大学エイジング総合研究所,法政大学経済学部・大東文化大学経済学部)

 本論文では合計特殊出生率の代理変数として,重みつき出生率Indexを人口動態統計と国勢調査から作成した.そしてこの重みつき出生率を従属変数として出生率の推計を行った.推計結果としてはまず,2000年以降徐々に子供への選好が弱まってきているということがいえる.そしてこの2000年から2005年の間の出生率の低下は,女性の労働市場への進出と,若年男性の労働市場の不安定性という労働市場の要因から来ているものである.また,市町村レベルデータを用いたことによって,サンプルサイズ・正確性の点でより優位であると考えられる.
JEL Classification Codes: J13, J18


『内部労働市場下位層としての非正規』
玄田有史 (東京大学社会科学研究所)

 本稿は配偶者を持たない非正規就業3千名以上の独自調査から,非正規の内部労働市場化仮説を検証した.従来の二重労働市場論によれば,非正規就業は外部労働市場に属し,仕事上の学習機会は乏しく,処遇も経験や個人の能力とは無関係に一律と理解されてきた.しかし分析からは,非正規就業にも職場における継続就業年数と年収に正の連関があり,過去の正社員経験も評価されている証左が得られた.それらは企業内訓練を通じて経験に応じた収入が支払われる年功的処遇もしくは能力に応じた選抜的処遇が行われている事実を意味し,むしろ内部労働市場の下位層と合致する.加えて職場に相談相手がいたり,終業後に飲食を共にする等,正規雇用者と親密な交流がある程,非正規処遇は改善される傾向も見られた.以上から,短期転職を繰り返す非正規への集中支援及び正規・非正規間交流環境の整備等,正規・非正規間問題を内包する世代間雇用問題の解決方向性が示唆される.
JEL Classification Codes: J42, J53, J31


『年金記録問題と基礎年金の見直しをめぐって』
高山憲之・三宅啓道(一橋大学経済研究所・一橋大学経済研究所)

  日本では年金の記録漏れや給付漏れが最近,大問題となっている.記録漏れや給付漏れの主な原因は、間違いが必ず起こることを前提にした点検と修正のためのバックアップ体制が用意されていなかったことにある.また本人申請に基づく「待ちの行政姿勢」も年金記録問題をいっそう深刻なものにしてしまった.情報サービス提供型の積極行政に切りかえるため、各人の現住所情報を全行政機関が共用する体制をつくったり電子政府を実現したりする必要がある.さらに税と社会保険料の一括徴収は世界の流れであり、日本でも社会保険料徴収業務を社会保険庁から分離し、原則として国税庁に実質移管することが求められている.  基礎年金をどのように改めるのかという問題も現下の日本ではホットイシューである.基礎年金を税方式に切りかえると世代間でみた年金負担は平準化する.企業部門の負担が純減するか否かは仮定の置き方に左右される.財源問題等を考慮すると、基礎年金の2分の1を税方式化することが現実的な選択肢の1つとなるだろう.
JEL Classification Codes: H11, H55, H83