本稿の目的は,戦前期統計データがどのような環境で作られており,その信頼性がどのようであったかについて述べることにある.大正9年に各道府県からなされた報告によれば,農商務省による生産統計のほとんど,ならびに内務省の港湾統計に関して,「机上の憶測」などという評価がなされている.すなわち末端で調査にあたるべき市町村の担当者が,実地に調査することなく,勘によって適当な数値を報告しているというのである.ではこのような報告を受け,集約して国に報告すべき県の担当者はデータの信憑性を高めるためになにをしていたか.大正5年の栃木県行政文書によれば,彼らは,報告されてきた数値に対し,①表内での整合性の検算,②同年他地域との比較,③同地域前年報告との比較,④常識的と考えられる値との比較という,以上のような方法によってチェックを加えていた.これらの調査は基本的に表式調査で行われており,個票調査のように,調査対象に立ち返って誤りをチェックすることができなかったのである.結果として,これらの統計データは「同時代人であり,その地域について詳しい人が見て,嘘とは思えない」程度の信頼性を持つことになったと言える.