本稿は、介護保険の存在が個人の効用を増加させるかどうか及び介護保険制度の持続可能性を、出生率内生化を導入した動学的一般均衡モデルで考察を行っている。本稿の分析により得られた結果は次の通りである。介護保険制度が存在しない場合は、将来の介護リスクに直面するために予備的貯蓄の動機が存在する。従って1人当たり所得を比較すると、貯蓄量の多い介護保険制度が存在しない場合の方が、介護保険制度が存在する場合より1人当たり所得が大きいことが示された。介護保険の導入当初は若年世代と老年世代の効用を引き上げるものの、将来の各世代の平均効用は導入前よりも低下することが明らかとなった。介護保険制度の導入により予備的貯蓄の動機を失わせることは効用に正の影響を与えるものの、予備的貯蓄がなくなることにより資本蓄積が少なくなり、所得の低下を通じて効用に負の影響を与える。この後者の効果が将来世代では大きくなるために、将来の各世代の平均効用は低下する。また、実際に介護状態に陥る個人の効用を介護保険制度によって引き上げることは可能であるが、介護状態に陥る可能性が高い場合には介護状態に陥る個人の効用を引き上げることは不可能になり、介護保険制度のリスクプール効果は限定的であると言える。
最後に、介護保険制度の持続可能性についても考察したが、その結果として、出生率が一定の水準よりも低い状態で介護保険制度が導入された場合、時間を通じて、支え手となる若年世代が減り続け介護保険制度が持続不可能になることが示された。